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第57話:一期一会のテーブル

 午後四時二十分。カードショップ『キャッスル』には、夕暮れ前の静けさが漂っていた。


 大会の参加者は十人ほど。顔見知り同士のようで、店内にはどこか和やかな空気が流れている。


(……やっぱり、時間帯のせいかな)


 和夢は、少し寂しげな店内を見渡す。


 午後四時開始という開催時間は、学生にはやや遅すぎるのかもしれない。もし自分が一人暮らしでなければ、最後まで残るのは難しかっただろう。そんな事情を思えば、この静けさも納得がいく。


 大会は順調に進んでいた。和夢は邪魔にならないようにと、少し離れた場所から試合の様子を見つめていた。


 その時だった。ある対戦卓に目が止まり、視線が引き寄せられる。盤面に広がったカードに、思わず息を呑んだ。


(あれは……『ルミナスルート』だ)


 対戦者のひとりが使っているのは、前環境で猛威を振るった強力なコンボデッキ、ルミナスルート。多彩な展開ルートを持ち、爆発力のある構成だ。


 実は、和夢の鞄の中にも、そのルミナスルートが収められている。家では何度も回してきたため、展開の流れが自然と読めてくる。


(この感じだと、次のターンでコンボ完成……でも、相手の動きは?)


 ターンが切り替わる。相手はレコードカードをセットし、落ち着いた様子でカードを繰り出した。


「手札から《亡霊の皇帝アトラナス》を召喚。さらに場にアトラナスがいるので《死者の王冠》を手札または墓地からアトラナスに装備。《死者の王冠》の効果で墓地から指定したアンデッドを全て蘇生させます」


 アトラナスの登場により、盤面の空気がじわりと変わる。相手は続けざまに宣言した。


「さらにアトラナスの効果でアトラナス以外のアンデットモンスターの攻撃力がアップし『速攻』が付与。この効果により蘇生されたモンスターはこのターンの終了時に破壊されます」


 盤面が、一変した。


 死者の軍勢が次々とフィールドに舞い戻り、重く鈍い風が吹き抜けたかのような空気が広がる。まるで、戦場に死者たちが蘇ったかのような情景だった。


 相手プレイヤーは、その勢いに飲み込まれるまま反撃の機会を失い、勝敗は一瞬で決した。


(最新弾のテーマ『ネクロヴェール・リザレクション』。バロックでエレナ先輩が選んだデッキだな。こんなに一気に展開できるのか……)


 胸が高鳴る。未だ見ぬカードの力に心を奪われ、体の奥から戦いたいという衝動が沸き起こってくる。


 その時だった。背後から、小さな呻きのような声が聞こえてきた。


「ぐぅ……もう少し早く来ていれば間に合ったのだがな……」


 和夢は驚いて振り返る。そこにいたのは、息を切らせた老人だった。


 年齢は七十を超えているだろうか。だが、その姿には不思議な存在感があった。


 白髪は流れるように美しく後ろに撫でつけられ、深みのあるダークトーンのロングコートを羽織っている。上質なシャツとベスト、腰に垂らした金のポケットチェーン。足元には、よく手入れされた革靴。


 まるで時代を越えてやってきた老学者か、名のある芸術家のようだ。


「間に合わなかったのですか?」


 思わず和夢が声をかけると、男性は少し驚いたように目を見開いた後、優しく微笑んだ。


「うむ、部下の目を誤魔化して何とかここまで来たのだがな。何とも口惜しいことだ」


 拳を握るその手には、浮き出た血管が力強く膨らんでいた。その本気の悔しさに心を打たれた和夢は、少しだけ考えて、言葉を口にした。


「でしたら、自分とバトルしませんか? まだLRは始めたばかりで大会の代わりと言うには心もとないですけど……」


 しばしの沈黙のあと、老人は柔らかな笑みを浮かべた。


「捨てる神あれば拾う神ありだな! 君のその心優しさ感謝するぞ」


 そして豪快に笑いながら、まっすぐレジへと向かっていく。


 きっと席料のつもりなのだろう。最新弾のパックをいくつか手に取り、再び席へと戻ってくると、楽しげに口を開いた。


「いやはや、今日は本当に運が良かった。最近はなかなか遊べる機会も少なくてな」


「LRは長いんですか、あっ、えっと……僕は高坂って言います」


「そう言えば名乗りがまだだったな。わしの名前は義道よしみちだ。気軽によっちゃんと呼んでもいいぞ」


「そ、それは流石に……えと、義道さん」


「なんじゃいけずだな。よっちゃんでええのに」


 そう言って、義道はまた朗らかに笑った。


(あれ、何だろう? こんなやり取りを少し前にもしたような……?)


 だが記憶を手繰るより早く、義道は話を続けた。


「えっとLRの付き合いだったな。それはもう長いも長い。LRが正式に発売するずっと前からの付き合いだからな」


「そ、そんなにですか。凄いんですね」


「まあそんな話はええじゃろう。いつ、うるさいのが来るかもわからんし、早速バトルをしようじゃないか」


 義道はそう言って、コートの内ポケットから風格ある革製のデッキケースを取り出した。


 和夢も自分のケースに手を伸ばす――が、一度その手を止める。


(今日まだ回してない環境デッキは、あと一つ……義道さんは大会に出たくて来たわけだし、環境デッキの方が喜ばれるかな?)


 ちら、と義道の方を見る。彼はまるで思いを読んだかのように、満ち足りた笑みを浮かべて言った。


「この出会いは偶然が織りなした一期一会。二度はないかもしれないバトルだ。だからわしは高坂君の一番好きなデッキと戦いたいぞ」


 その言葉に、和夢の迷いはすっと消えた。


「だったら――――答えは一つです!」


 和夢が手に取ったのは、エレナから贈られた特別なケースに収められたデッキ。


 自身の“大好き”が詰まった、ブラックブレイズドラゴンのデッキだ。


「よろしくお願いします。義道さん」


「よろしく頼むぞ高坂君」


 互いに初期手札を構え――静かに、だが熱をはらんだバトルが始まった。



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