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第54話:淡い桜をこの手に握って

 ロケ弁で早めの昼食を済ませた和夢は、明日香と別れ今度こそカードキャッスルへ向かうことにした。


 普段は表通りからカードキャッスルはすぐだ。だがロケバスのから降りた和夢はその駐車場から、あえて中通りを歩いていった。


(表通りは若者向けの街って感じだけど、ここら辺は結構昔ながら商店街って感じなんだな)


 中通りの商店街はどこか懐かしい空気が漂っていた。アーケードの鉄骨には色褪せた看板が並び、木箱にぎっしり詰まった野菜や果物には手書きの値札がぶら下がっている。


 古いけれど人の温かみを感じる、そんな商店街だった。


 帰りに何か甘いもので買って帰ろうか。そんなことを和夢が考えていると、どこか聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「だあぁー! やっぱり走りづれえなぁー‼」


 和夢は驚いて声の方へ目を向けた。すると、道の向こう側で、小走りに駆けてくる一人の少女の姿が目に入った。


「……えっ?」


 そこで和夢はもう一度驚かされ目を見開く。そこには蓮の姿があった。だが彼女の姿は普段とはまるで違う姿だった。


 蓮は動きにくそうに足元を気にしながら小走りをしている。その格好は、なんと上品な着物姿だった。淡い桜色の地に繊細な花模様があしらわれた着物を身にまとい、足元には慣れない草履。頭には紫陽花の髪飾りがシンプルながら華やかに添えられている。


 そんな蓮は何か急いでいるようで、少し慌てた様子で駆けていた。


「……蓮先輩?」


 和夢は無意識に名前を口にする。蓮はその声に気づいたようで、足を止めてこちらを振り向いた。


「かっ、和夢後輩か……!」


 蓮の目が一瞬見開かれるが、すぐに少しばつが悪そうに視線をそらす。そして、手にした竹製の小さなバッグをぎゅっと握りしめながら、軽く頭を下げた。


「な、何だか変なところ見られちまったな」


「いえ、変どころか物凄く似合ってますけど? えっと確か今日は家の用事って言ってましたけど??」


 和夢がそう言うと蓮はハッとした表情を浮かべ口を開いた。


「ああ、そうなんだよ。今日は家の用事。お茶会があってさ、その準備で色々やってんだ」


「お茶会ですか? 蓮先輩の家っていったい……」


「わりぃ、いま足りないものがあって、急いで買いに行かなきゃいけねえんだ。詳しい話はまた明日な!」


 そう言うと、蓮は軽く手を挙げて振り向き小走りで立ち去ろうとした。しかし、走りに適さない草履のせいだろう。その足元は不安定で、一瞬、体が大きく傾いた。


「あっ!」


 和夢は反射的に声を上げるとすぐさま蓮に駆け寄る。そして彼女の腕をしっかりと掴んだ。転倒する直前で体勢を立て直した蓮は、驚きと恥ずかしさが入り混じった表情を浮かべていた。


「……大丈夫ですか、蓮先輩?」


 和夢が心配そうに尋ねると、蓮は顔を赤くしながら視線をそらし、ぎこちなく頷いた。


「わ、悪い……助かった」


「草履で無理に走ると危ないですよ。えっと、蓮先輩が本当に急いでいるのは分かりました。僕に何か手伝えることはありませんか!」


 困っている蓮を、そのままにしておけるはずがない。和夢は真っ直ぐな目で、迷いのない言葉を投げかける。すると蓮は、一瞬だけ躊躇するように視線を泳がせた。だがその後、「んっ」と小さく声をもらして手を差し出してきた。


「さっきみたいに、転ぶとさすがにアレだし……手、握っててくれないか……」


「もちろんです! 任せてください!」


 その申し出に和夢は即答した。微塵のためらいもなく、蓮の手をしっかりと握る。その手から伝わる温もりと、思いのほかしっかりとした握力に、蓮はふいに目を見開く。そしてほんの少し頬をほんのりと染めた。


「…………そういう真っ直ぐなところ、ちょっとズルいよな」


「え? なんか言いました?」


「な、なんでもねぇよ! ほら、手伝うって言ったからには、きっちり働いてもらうからな‼」


 蓮は顔を赤く染めたまま、強がるように胸を張る。そう言葉にする蓮は、既にいつもの調子を取り戻していた。


「和夢後輩、こっちだ。しっかりサポートしろよ!」


「はいっ‼」


 草履のせいで歩幅が安定しない蓮の歩みは安定しない。和夢はそんな彼女に自然と合わせながら、その手をそっと支え続ける。


 そうして二人は並んで駆け出し、商店街を走り抜けていくのだった。



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