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第51話:相手役は突然に

 目的の駅に降りると何やら人だかりが多い気がする。皆、遠間から公園を覗き込んでいるようで和夢の視線も自然とそちらに奪われた。


(あれ、公園の中心で何かしてるな?)


 公園の一部は立ち入りが制限されている。周りにはスタッフのような人が立っており周辺を囲っていた。


 その中央には撮影セットが設置され、照明や背景パネルが整えられている。スタッフがモデルの衣装や髪を整え、カメラマンの指示に応じて忙しく動き回る中、フラッシュが絶え間なく光っていた。


(ファッション誌の撮影なのかな? 僕と同じくらいに歳なのにみんな凄いな……)


 レンズの前に立つ彼女たちは皆、自分よりもずっと大人に見えた。それほどまでに彼女たちの真剣さがこちらにも伝わってきていた。


「絶対にあの人たちの邪魔にならないようにしないとな」


 和夢は次々と押し寄せる人の波を抜け出そうとする。その瞬間だ。後方から聞き覚えのある声が響いた。


「ああぁぁぁっ! 和夢君、そこにいるの和夢君だよね‼」


「…………えっ?」


 本当に自分が呼ばれたのかが分からず、素っ頓狂な声を上げてしまう。和夢が声の方に振り向くと、明日香が物凄い勢いでこちらに走ってきた。


 明日香は普段からオシャレである。だが今日の彼女はいつもと雰囲気が違った。


 暗めのグレー色のプリーツスカートが風に揺れ、淡いピンクのカーディガンが柔らかい雰囲気を引き立てる。ベージュのバレエシューズが軽やかな印象を添え、全体を清楚で上品にまとめていた。


 普段の元気で明るい雰囲気とは違う彼女を見て思わずドキリとしてしまう。だがそんなふうに混乱している和夢とは逆に、明日香の表情は鬼気迫るものがあった。


「和夢君お願い。ちょっと力を貸してもらえないかな‼」


「力ですか? えっと何か荷物を持つならもちろん力になりま――――」


「ありがとう! それじゃあこっちに来て‼」


「そ、そっちって、部外者が勝手に入っちゃ」


「関係者がいいって言ってるんだから大丈夫なの! とにかくお願い和夢君‼」


「は、はい!」


 もうこうなっては明日香に従うしかない。腕を引かれるままに撮影現場の簡易テントまで連れていかれる。明日香はそこにいるスーツ姿の黒縁メガネの女性に向かって話しかける。


「同じクラスの男子で名前は高坂和夢君です! どうですか真紀まきさん‼」


「どうですかって明日香、この子にちゃんと説明したの?」


「大丈夫です! 和夢君は力になってくれるって言ってくれました‼ それにもう時間がありませんよね」


「それはそうだけど……はぁ、とにかく明日香はメイクさんのところに行って」


「分かりました! それじゃあよろしくね和夢君‼」


 と言って明日香はもう一つの簡易テントの方に行ってしまう。


(えっ、これどうしたらいいんだろう?)


 真紀と呼ばれた人の方を見ると、彼女もまた和夢に目を向けていた。お互い、居心地の悪い表情をする。だがしばらくすると真希は「……全くあの子は」と言って、和夢を上から下へと見ていった。


「体つきはかなり細身だけど問題なし、背格好は……うん、ブーツでごまかせるわね。えっと、高坂君だったわよね。明日香とは知り合いなの?」


「あっ、はい。明日香さんとは同じクラスで友達です」


 その言葉を聞くと真紀は頷きながら和夢を一瞥する。


「明日香さんに和夢君、ね」


 真紀は資料のようなものに目を落とす。そしてペンを持つ手がさらさらと動き何かを書き込むと、軽くため息をつくように口を開いた。


「なるほど、友達ね。それなら話は早いわ。高坂君、ちょっと急な話なんだけど、明日香の撮影の相手役をお願いできないかしら?」


「…………えっ!? 相手役って、それに今撮影っていいましたか⁉」


 真紀の言葉を受けて、和夢は思わず素っ頓狂な声を上げる。まさか、明日香が時折口にしていたバイトがモデルの仕事だったとは――その事実だけでも衝撃だったのに、よりによって自分がその撮影に関わるなど、まったく予想していなかった。


「そ、そんな、モデルなんて僕にはとても……」


 和夢は両手を軽く振りながら、慌てて言葉を返す。こんな大勢の人に囲まれて、大事な現場に飛び入り参加なんて、自分には無理だ――そう思わずにはいられなかった。


 だが、そんな彼の不安を受け止めるように、真紀は静かに、けれど冷静に言葉を続ける。


「ごめんなさいね。今日来るはずだった男性モデルが急に来られなくなってしまって。でも今回は、自然な距離感と空気感をテーマにした特集なの。明日香を中心に撮るから、高坂君には雰囲気を添える存在でいてくれたら助かるわ」


「雰囲気を添える、ですか?」


「たとえば後ろ姿とか、横顔の輪郭とか。明日香の視線の先に“誰かがいる”って分かるだけでいいの。君の表情や顔は写さない構図で撮影を進めていくから安心して――――だから」


 その言葉とともに、真紀は丁寧に頭を下げた。


「どうか私たちに力を貸してもらえないかしら。普通ならこんなこと一般の方に頼むべきじゃないって分かっているわ。でも明日香が信じて、ここまで連れてきた高坂君だからこそ、私はお願いしたいと思うの」


 大人の女性が真剣に頭を下げる――その姿に、和夢はおろおろと戸惑ってしまう。だが同時に誠意の重さをひしひしと感じていた。だからこそ、和夢は逃げずに応えようと覚悟を決める。


「頭を上げてください! わ、分かりました……僕で力になれるか分かりませんが一生懸命やらせていただきます!」


 和夢は胸の前で両手をぎゅっと握り力強く答えていく。その言葉を聞いて真紀の肩の力が少しだけ抜けたようだ。真紀は「ありがとう」と言うと、手を振り別のスタッフに指示を飛ばした。


 和夢は案内されるまま、緊張の面持ちで簡易更衣室に入っていくのだった。


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