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第46話:初めてのBOXと優しさの重み

 準備を済ませバロックへ向かうと、すでに三人は到着していた。


「ふ~ん、ふふ~ん♪ ふふふふ~ん♪」


 明日香は試験勉強から解放された喜びが全身にあふれているのだろう。満面の笑みを浮かべながら、箱のようなものを三つ重ねて持っていた。


「おっ、和夢後輩も来たか。試験期間振りだな」


 蓮も普段より明らかに機嫌が良さそうで、明日香と同じく三つの箱を持ち、机の上に置いた。


「あら和夢さんごきげんよう。お久しぶりですわね」


 店内奥から凛とした透き通るような声が響いた。振り向くと、エレナがきめ細かな金髪を揺らし、気品のある表情で――嘘みたいに大きな段ボールを持ち上げられず、四苦八苦していた。


 蓮は呆れたように声をあげる。


「いつも言ってるけどよ。段ボールから出して一個ずつ持って来いよな」


「そ、そんな⁉ それではカートン買いの感動を噛みしめられませんわ‼」


「まあ、気持ちは分からなくもねえけどよ……」


「と、とにかく手伝いますねエレナ先輩」


 和夢はエレナの傍らに立ち、段ボールを一緒に持ち上げた。見た目よりは軽いとはいえ、それなりの重量感が腕に伝わってくる。


「あ、ありがとうございます和夢さん」


 息を切らしながら、エレナは顔をしかめ、少し肩をすくめた。


「無理しないでください。僕が持っていくんで」


 和夢はにこりと笑い、段ボールを両手でしっかり持ち直す。そのまま軽々と持ち上げ、安定した足取りで運び始めた。


「す、凄いですわ……」


 エレナは和夢の様子に思わず目を丸くする。普段の柔らかい雰囲気とは違い、予想以上に力強い動きを見せたことに驚いているようだった。


「和夢さんって…………やっぱり、男の人ですのね」


 エレナは感嘆の声を漏らし、両手で軽く頬を押さえた。


「えっ、あ、はい。僕はずっと男ですけど??」


 きょとんと振り返る和夢に、エレナは笑みを浮かべて首を横に振るだけだった。


「ふふっ、そういう意味ではないのですが……ただ、和夢さんが凄く頼もしいと思っただけですわ」


「そうですか……あっ、今後も重い物とかあったらすぐに僕を呼んでくださいね。学校でも外でも必ず手伝いに行きますから」


「さすが和夢さん。その時は、お言葉に甘えてお願い致しますわ」


 エレナは軽く会釈し、嬉しそうに微笑みかけた。


 和夢が段ボールを机の横に置くと、明日香も蓮も席に着く。三人はそれぞれ手に持っていた箱を机の上に並べた。


「うわぁ、これすっごくかっこいいですね!」


 箱は光沢のあるフィルムで包まれ、その表面は微かに光を反射している。大きく描かれた迫力満点のキャラクターたちが、まるで飛び出してきそうだった。


 和夢がワクワクとパッケージを見つめると、蓮がポンと手を叩いた。


「ああ、そうか。和夢後輩はBOXを見るのは初めてなのか」


「こういうのが売ってるのは知ってましたけど、実物を見るのは初めてですね。あれ? でもバロックでは通信販売しかなかったはずでは??」


 和夢が疑問を浮かべると、蓮に代わって明日香が答えた。


「通販でもパックの販売はしてるんだよね。まあ、どちらかというとパックを剥いてバラ売りしてる方が多いんだけどね。で、その流通ルートで私たちの分も注文してもらってる感じかな」


 明日香の言葉にエレナは胸に手を置く。そして感謝の気持ちを込めた表情を浮かべた。


「わたくし達がこうして楽しくLRをプレイできるのは、全てバロックという店と店長さんのご厚意のおかげ。ですから、こういった場面で可能な限り還元しているのですわ」


「なるほどです。そしたら僕も注文しておけば良かったな……」


「お店とメーカー間の注文期間は短いですからね。今度の新弾の時は、わたくし達と一緒に注文をいたしましょう。それでは、はい、和夢さん」


 エレナがそう言って、柔らかな手つきで和夢の手のひらにBOXを一箱、ポンと置いた。


 まるでケーキでも差し出すかのような気軽さで、しかしその箱は、ずっしりとした重みを持っていた。


「これはわたくしからのプレゼントですわ」


「えっ、い、いやいやいや、もらえませんって。これって確か五、六千円しますよね⁉」


「はい、そうですわね」


 金額の大きさをあっさりと肯定するエレナ。その涼やかな声音に、和夢はぽかんと目を見開いた。


 あまりにも当然のように受け止められてしまい、思わず体ごと跳ねるように手を引っ込める。


「いえいえ、本当にもらえませんって」


「そう言わずにもらってください和夢さん。LRの新弾発売日、一人寂しくカートン開封をしなくて済んだのは、今ここに和夢さんがいるおかげですもの。そのご恩を考えたらBOXの一つや二つではとても返せませんわ」


「どういう理屈ですか⁉ 僕がいなくても蓮先輩も明日香さんも普通にいますよね⁉」


 反論しながら視線を向けた先では、蓮も明日香も、まるで気まずそうに目を逸らした。そこには冗談でもからかいでもない、わずかな沈黙と、苦笑いだけがあった。


 だがそれも仕方のないことだろう。和夢は知らないのだから。彼がバロックに来るようになるまでの数ヶ月間、バラバラだった三人が揃ってBOX開封をしてこなかったということを。


 全員が揃ってBOXを開封する。それが心の底から嬉しいエレナは、その気持ちのままグイグイとBOXを押し込んでいく。


「わたくしの感謝の気持ちですので受け取ってください! それにカートンの購入は経費なので問題ありませんわ‼」


「経費ってなんですか⁉ いえいえいえいえ、そんなこと言ったらエレナ先輩には返せないくらいいっぱいお世話になってますよ――れ、蓮先輩~、明日香さん~」


 助けを求めるように二人に目を向ける。だがエレナの気持ちが分かるからこそ、二人は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


「諦めろ和夢後輩、そうなったエレナは梃子でも譲らないぞ」


「か、和夢君ふぁいと~」


(そ、そんなっ!)


 頼りにしていた二人からの敗北宣言に和夢は驚愕した。


(エレナ先輩からしたら、本当に感謝のつもりなんだろうけど……ううむ)


 贈り物に込められた、単なる物の価値以上の、あたたかな想い。さらにそこには、和夢が仲間外れにならないよう配慮された優しさもにじんでいた。


 だからこそ――断るのが難しい。


 だが和夢は、ほんの少しの勇気を込めて言葉を口にした。


「――――‼ で、でしたらこのBOXを僕に買い取らせてくれませんか‼」


「あら、このままプレゼントいたしますのに」


「やっぱり初めてのBOX購入は自分のお金でしたいんですよね! そのほうがワクワクとドキドキがあるといいますか…全力で楽しめそうなので‼」


 一瞬、エレナは黙り込んだ。やがて、どこか申し訳なさそうに眉をひそめた後、柔らかな笑みを浮かべて首肯する。


「た、確かにそれはそうですわね! そんな和夢さんの気持ちも分からずわたくしったら……」


「いえ、エレナ先輩の僕を想う気持ちは本当に嬉しかったです。ありがとうございます!」


 和夢は、まっすぐに礼を述べ、そして丁寧にエレナへ代金を手渡した。


 その様子に、蓮と明日香はほっとしたように顔を見合わせ、「おお~」と小さく拍手を送っていくのだった。


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