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第38話:震える指先とあなたの声

 カードショップ・ヘイヴン。その扉を開けた瞬間、和夢ははっとしたように足を止めた。店内に一歩踏み込むだけで、空気が変わったことがはっきりと分かる。


 いつものような和やかな雑談やカードの効果を説明する声が聞こえてこない。代わりにあたりを満たしていたのは、静寂と緊張感の入り混じった張り詰めた空気だった。


 前に訪れたショップ・キャッスルでは、和気あいあいとした雰囲気に満ちていた。店の隅で子どもたちがはしゃぎながらカードを見せ合い、大人たちも笑顔で対戦を楽しんでいた。その光景を思い出すたび、自然と頬が緩んだものだ。


 だが、今日のヘイヴンは違った。まるで全員が、これから始まる何かを待ち構えているかのようだった。目に見えない緊張の糸が天井に張り巡らされ、少しでも油断すればその糸に触れてしまいそうな、そんな鋭さがあった。


 戸惑いを隠せないまま店内を見渡す。視線の先には、黙々とデッキを確認しているプレイヤーたちの姿がある。どの顔にも笑みはなく、代わりに真剣な眼差しが宿っていた。


「これが……大型大会の空気か……」


 自分の声すら、場違いな気がして自然と抑えてしまう。和夢は目立たないように店の隅へ移動し、控えめに立ち尽くした。


 そのとき、店の奥から小走りに戻ってきたのは明日香だった。いつも通りの元気な笑みを浮かべ、和夢の隣につく。


「凄い人数ですけど、これってみんな参加者なんでしょうか?」


 和夢の問いに、明日香は息を整えながら頷いた。


「今日は店舗の全部を使っての大型大会だから、多分そうかもね」


「これが全員……LRのプレイヤーなんですね」


 再び視線を巡らせる。中学生くらいの少年が袖をまくってカードを並べていたり、社会人風の男性がスマホとカードリストを交互ににらんでいたり、プレイヤーたちは皆、思い思いのやり方で静かに準備を進めていた。


 中でも、ふと目を引かれたのは女性プレイヤーたちの姿だった。年齢層も服装も様々だが、共通しているのはその真剣なまなざしだった。


 一人の女性は、友人らしきプレイヤーと談笑しながらも、手元のデッキをリズミカルにシャッフルしていた。もう一人、眼鏡をかけた年上の女性は、カード一枚一枚をじっくりと見つめ、唇を噛み締めるようにして集中していた。その横顔には、静かな情熱と覚悟が滲んでいた。


「女の人も結構いるんですね……」


 無意識のうちに漏れたつぶやきに、隣からちゃっかり声が飛んできた。


「あ~、和夢君が他の女の人見てる~、浮気者だ~~」


「ち、違いますよ! 明日香さん達みたいな女性のプレイヤーも凄く堂に入ってるなって――あれ、明日香さん?」


 軽口を返しかけて、ふと和夢の目が真剣になる。明日香の表情が、いつもの明るさとはどこか違っていた。頬に浮かんだ僅かな緊張、目元の硬さ、握られた手のわずかな震え。


「だ、大丈夫ですか明日香さん⁉」


 問いかけると、明日香は少しだけ肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。


「もっちろんだよ、って言いたいところだけど……ここに来るまでは全然気にしてなかったんだけど、やっぱりあの時以来の大会だから、少し緊張してるみたいかな」

 

そう言って見せた彼女の手は、わずかに震えていた。だがそれも仕方のないことだろう。


 明日香が最後に大会に出たのは、約半年前。しかもその最後の試合で、明日香は自らが思う可愛いを否定され、つい最近まで失意の底にいたのだから。


 彼女の胸の奥で、まだ治りきっていない波紋がじんわりと広がっているような――そんな気がした。


「えっと、なにか、ぼ、僕にできることってありますか⁉」


 思わず早口になる。自分でも焦っているのが分かる。明日香のために何かしたいのに、何をすればいいのか分からないのが歯がゆかった。


 そんな和夢の言葉に、明日香はふっと目を伏せた。視線を足元に落とし、言いかけた言葉を喉の奥で押し留める。そして、自分のスカートの裾をきゅっと握った指先が、小さく揺れる。


 沈黙が降りた。数秒にも満たないその時間が、異様に長く感じられた


 やがて、明日香は小さく息を吸い込み、和夢のほうを見上げる。その瞳には、決意とも言えるような光が宿っていた。


「あーあ、そんなこと言ってくれちゃうんだ……じゃあお願いしようかな」


 明日香は、そう言って和夢の手をギュッと握った。突然の触れ合いに、和夢の心臓が一際大きく跳ねる。


 彼女の指先は少し冷たく、かすかに震えている。だけど、その手には確かに意志が込められていた。


「えっ、あ、あの……僕にできることって、これでいいんですか?」


 混乱のあまり、情けない声が出る。でも、明日香はにこっと微笑んだ。どこか照れたような、けれど温かい笑顔だった。


「うん、これがいいんだよ――エレナさんと蓮さんが戻ってくるまで、あとちょっと、ね」


「わ、分かりました……」


 和夢は赤くなりながらも、握られた手にそっと力を込めた。指と指が重なり、互いの鼓動を感じる距離。言葉よりもずっと、心が伝わる気がした。


 明日香は、そんな彼の手を受け止めるように握り返しながら、ふいに目線を逸らした。その頬には、ほんのりと紅が差していた。

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