第37話:見た目が良ければ性格もいい彼女達
シートに腰を下ろすと、その柔らかさに驚かされる。まるで雲の上に座っているようだ。
車内はどこか甘く、上品な香りが漂っており、一瞬で非日常の空間に包まれた感覚がする。触れた手元の革は肌触りが良く、手でそっと撫でるたびに高級感が伝わってくる。
(これが……お金持ちの車……⁉)
和夢は心の中で呟く。日常では決して味わえない特別な感覚が、車内のすべてから伝わってきた。
和夢は緊張したまま、向かい合わせに座るエレナに声をかける。
「こ、この度はこんな凄い車で本当にあり、ありがとうございます」
ガチガチの和夢を見てエレナの隣に座る明日香が苦笑いを浮かべる。
「やっぱり初めては緊張しちゃうよね。私もそうだったよ~」
「あらあら、わたくしの家の車ですので何も気にすることはありませんわよ」
エレナとしては、この車は借り物ではないと伝えたいのだろう。和夢は改めてエレナに目を向ける。
(喋り方や佇まい、それにシェフの発言から分かってたけど、エレナ先輩って凄いお嬢様だったんだな)
どこを触っても汚してしまいそうで、和夢はあたふたしてしまう。そんな彼を見て、隣に座る蓮は、パンパンとわざとらしくシートを叩いて見せた。
「落ち着け和夢後輩、いくら見学だけって言っても、今からこれじゃ大会まで体力もたないぞ」
「そ、そそそ、そうですね。一回落ち着きます」
和夢は仰々しく深呼吸をする。そして早鳴りの心音を少しだけ落ち着けた。
「えっと、今日は大会って言ってましたけど、どこに向かってるんでしょうか?」
和夢の言葉にエレナが答える。
「今日は少し離れた場所にあるカードショップヘイヴンに行く予定ですわ」
「カードキャッスルじゃないんですね?」
と、当然の上がるであろう疑問を口にする。その瞬間、対面に座るエレナと明日香はフッと視線を逸らした。代わりに隣の蓮が「やれやれ」と答える。
「キャッスルにはよく通ってたんだよ。店舗も大きいし駅からも近いしな」
「じゃあどうして別の店舗に?」
和夢がそう聞くと、蓮はくいっと顎で二人を指した。
「和夢後輩も知っての通り、エレナと明日香は見た目も良ければ性格もいいだろ? それが問題なんだよ」
「え、問題……?」
和夢は少し首をかしげた。どういう意味か、まだ理解できていない様子だ。蓮はため息をつき続ける。
「エレナも明日香も普通にカードを楽しんでただけなんだけどさ、周りの男どもが自分に気があるんじゃないかって勘違いしたんだよ」
「えぇ? ただバトルをしてただけ何ですよね??」
和夢は驚きを隠せずに目を見開く。蓮はそのまま話を続ける。
「そう、ただカードバトルをしてただけだ。最初は普通に大会に出ていただけだ。だがいつの間にかみんなエレナや明日香の動向に注目するようになっちまってよ」
蓮は軽く肩をすくめる。和夢は対面に座るエレナと明日香をちらりと見る。
「わたくしは普通に感想戦をしただけなのですが……」
「も、もちろん私もそうだよ!」
「まあ本当に二人ともただ普通にしてただけなんだよな。けど、周りの男たちが勝手に期待してさ、自分に好意があるんじゃないかって勘違いし始めたんだよ」
蓮は苦笑いを浮かべる。和夢は、ふと蓮の方を見た。眉をひそめて、小さく首をかしげる。
「二人ともって言ってましたけど……蓮先輩は大丈夫だったんですか、そういうの?」
その問いに、蓮は吹き出すように鼻で笑った。
「は? 見てわかんだろ。誰がどう見たって“近づくな”オーラ全開の女だろ、あたしは」
「え、でも……」
言いかけて、和夢はほんのわずかだけ黙り、真剣な表情で蓮を見た。
「でも僕、蓮先輩ってすごく優しいと思います。面倒見もいいですし、何より二人と同じで、蓮先輩も可愛らしい外見じゃないですか?」
だからこそ、何か被害があったのではないかと、和夢は真剣に心配している。その声は誰が聞いても、嘘偽りは感じられなかった。
蓮はわずかに目を見開き、そして、ぷいと視線をそらす。
「あ、あたしは可愛くねえよ……でもまあ、一度輪に入れた奴には優しいのかもな」
「――――蓮先輩、輪に入れてくれてありがとうございます!」
和夢はニコニコ笑顔で蓮にお礼を言う。蓮は気恥ずかしさで少しだけ頬を染めるが、その様子をエレナと明日香はジト目で見ていた。
「あらあら蓮~、その言い方ですと、蓮だけが和夢さんに特別な扱いをしているように聞こえますわよ~」
「そうですよ蓮先輩~~、私達だって和夢君には特別に優しいんですからね~~」
圧のある笑顔が蓮に迫っていく。蓮は冷や汗をかきながら、背中を押し付けるようにシートの奥へと身を引く。
「うふふ蓮ったら、何を焦ってるのでしょうね」
「本当、なんででしょうねエレナさん」
二人の小悪魔的な笑みがますます強まる。蓮はその光景にさらに恐怖し、あまりに窮屈になった空間から逃れるために、腕を組んでわざとらしくため息をついた。
「もうあたしをいじるのはこれくらいでいいだろ。ほら、和夢後輩もこのままじゃ疲れちまうし、気楽に行こうぜ」
和夢はそんなやり取りを見て少しだけ笑ってしまう。だがそのまま蓮の言葉に頷き、再び車内の雰囲気に馴染もうと努力した。
「そうですね。蓮先輩のおかげで少し気が楽になりました」
「ん、そりゃよかった」
「蓮~~~」
「蓮先輩~~」
「だあああ、だから違う、違うって‼」
車内には笑い声が響き、緊張感が少しずつ和らいでいく。和夢は、少しずつ心地よいリズムに身を任せ、車のゆったりとした揺れに癒されていくのだった。




