第35話:本音の涙と本気の言葉
バロックにつくとテーブルにはエレナと明日香がいた。だが二人はバトルをしている様子もなく、ただ静かに座り込んでいた。だが扉の開く音を聞いたのだろう。その視線は和夢と蓮に向けられた。
「エレナ先輩、僕――――」
「和夢さん、本当に申し訳ありません!」
エレナはその場から立ち上がると、和夢の言葉を遮るように声を張り上げる。そのまま和夢に近づくとエレナは深々と頭を下げた。
「わたくし、和夢さんを追い詰めるために言ったわけではなく、単純に和夢さんにもっとLRのことを好きになってもらいたくて…………わたくし、わたくし…………」
エレナはそう言いながらぽろぽろと涙を零していく。その涙にエレナ自身が一番驚いているのだろう。戸惑いながら目元を抑える。
「ご、ごめんなさい、わたくし泣くつもりなんて本当に、こんなのズルいですわよね」
そう言って両手で顔を覆い俯いてしまう。和夢はあたふたと助けを求めるように、蓮と明日香を見る。二人は「行け、行け!」「ゴーゴー‼」と身振り手振りで伝えて来た。
(えっ、いや、そんなこと言われても……)
だがエレナのこのままの姿を、放ってはおけない。和夢はゆっくりと深呼吸をして、一歩、彼女の前に進み出る。そして、しっかりとした声で語りかけた。
「エレナ先輩、泣かないでください。僕、謝るつもりでここに来たんです。エレナ先輩はいつだって僕のことを思ってくれているのに、それをちゃんと受け取れなくて……本当にごめんなさい」
そのまっすぐな声に、エレナはぴくりと肩を震わせた。やがて、ゆっくりと顔を上げる。
晴れ晴れとした和夢の顔を見て、エレナは少し驚いたように目を瞬かせた。そして、涙を滲ませた瞳で彼を見つめる。
「和夢さん……」
「蓮先輩から教えてもらいました。エレナ先輩が本当に伝えたかったこと、そして僕に分かってもらいたかったこと。エレナ先輩が僕にLRをもっと楽しんでほしいって気持ち、今なら分かります。僕、勝ちにこだわることにプレッシャーを感じてたけど、先輩が伝えたかったのはそういうことじゃないんですよね」
和夢はそう言って、エレナの肩に優しく手を置き直し、そのまま微笑んだ。
「僕、エレナ先輩たちと一緒に大会に行ってみたいです」
和夢はそう強く言い切るが、次の瞬間弱々しく肩をすぼめる。
「あっ、でももしかしたらそういう空気が合わないかもしれませんし、その時はほんとごめんなさいです。で、でも三人頑張って欲しいという気持ちは誰にも負けないつもりです‼」
エレナは涙を拭いながら、和夢の言葉を聞いていた。彼の不器用でありながらも真摯な気持ちが伝わってきたのだろう。彼女は小さく息を吸い込み、微笑んだ。涙に濡れた頬がほんのり赤く染まっている。
「和夢さん……本当に、ありがとうございます。和夢さんの気持ちを聞けて、わたくし……とても嬉しいですわ」
エレナの声は、いつもよりも少しだけ震えていた。だがそれでもその感謝の気持ちは明確だった。そして、彼女は優雅な仕草で涙を拭き取ると、軽やかな笑顔を浮かべた。
「……良かった」
和夢は小さく呟き、少しだけ視線をそらす。すると、その視線の先に蓮の顔があった。彼女は和夢に目を向けると、にっと笑う。
「よくやったな」
蓮は口の動きだけでそれを伝えてくる。その落ち着いた表情に、和夢もまた小さくうなずき返す。
(良かった、ちゃんと気持ちが伝わって)
心の中で安堵を感じつつも、和夢はエレナに視線を戻す。彼女はまだ少し涙が残っているものの、完全に立ち直ったようで、優雅に座り直しながら和やかな雰囲気に戻っていた。
明日香もほっとしたようにエレナの隣に立ち、にっこりと笑みを浮かべる。蓮はゆっくりと和夢に近づくとパンパンと手を叩いた。
「さてせっかく四人集まったんだ。今のうちに日曜日の予定を決めちまおうぜ。ほら、座った、座った」
と言って蓮は得意げに胸を張る。そして無理やり三人を座らせていくと、和夢の隣にしっかりと座り込んだ。
胸を張って、無邪気に笑う姿は、普段のクールで冷静な彼女とは少し違って見える。和夢はその姿に、思わずくすっと笑い声を漏らしてしまった。
そんな和夢の反応に、蓮はちょっとムッとしたような顔をして口を尖らせる。
「何だよ、笑うなよ! あたしは今日一番の功労者だぞ」
「はい、そうですね。蓮先輩、ありがとうございます。本当に助けられました」
和夢が素直に感謝の言葉を口にすると、蓮は少し照れくさそうに頬を掻き視線を逸らした。彼女の頬がほんのり赤く染まっていく。
「ま、まあな! これくらい、当たり前だろ。後輩の面倒見るのも先輩の務めだからよ」
蓮がそう言いながらも、視線を和夢に向けないのは明らかに照れている証拠だろう。エレナと明日香がその様子を見て、こっそりと顔を見合わせ、小さく笑みを交わす。
「蓮さんって、いつもはクールだけど、こういう時ほんと可愛いですよね!」
明日香が思わずそう口にすると、蓮はさらに恥ずかしそうに手をぶんぶんと振りながら抗議する。
「や、やめろよ! 可愛いとか言うな! そんなこと言われても嬉しくねーし!」
けれど、言葉とは裏腹に、蓮の頬はますます赤く染まっていく。エレナも微笑みながら優雅に声をかけた。
「蓮、あなたはその素直じゃないところも含めて、とても魅力的ですわよ」
「エレナまで……あーもう見るな見るなー‼」
蓮はぷいっと顔を背けるが、その照れ隠しがむしろ彼女の可愛らしさを際立たせていた。
そんな和やかな雰囲気の中、四人は次の日曜日の予定を話し合い始めるのだった。




