第34話:その時は、あたしが一緒にいてやるよ
蓮とのバトルでは、常に頭をフル回転させなければならない。
一手、一手の選択が、まるで細い糸の上を歩くような感覚だった。普段の対戦でも当然プレイミスは許されないが、今の戦いはそれ以上に、些細な判断の違いが致命的な結果を招きかねない。
(慎重に、でも大胆に……蓮先輩相手には、その両方が必要だ)
さらに、今回はただ勝ち負けを競うだけの戦いではなかった。蓮のプレイングには、どこか重みがある。ただ強さを追求しているだけではなく、何かを伝えようとしているような感覚。
(蓮先輩……何を考えてるんですか?)
和夢は手札を握りしめ、次のターンに備えながら、蓮の狙いを探るように視線を向けた。
バトルはここまで、和夢が優勢。蓮のパーミッションデッキは確かに強力だが、要求されるリソースが多い。その隙を突くように、和夢は小型モンスターと低コストの強化カードで場を固め、1:1交換を優位に進めていた。
(≪ブラックブレイズ飛空隊≫みたいな中コストより、軽いカードのほうが妨害されても痛くない。このまま押し切れる……!)
「僕はコストを払って≪シールドジャイアント≫を召喚。場の≪飛行≫持ちのミニとベビーでアタックします」
「そのままライフにダメージ」
「僕のターンはエンドです」
息を吐いた和夢は、額ににじんだ汗を手の甲でぬぐう。
(にしても……長期戦だ。集中しっぱなしで頭が熱い)
大きく深呼吸して、もう一度盤面を確認する。
(僕の場には、ミニとベビーが一体ずつ。そしていま出した≪シールドジャイアント≫。蓮先輩の場にいるのは、エクスシア一体だけ)
さらに、墓地にはエクスシアが二枚。つまり、残りのデッキには≪速攻≫持ちはおそらく残っていない。
(……仮に出されたとしても、ライフにはまだ余裕あるし、≪シールドジャイアント≫で守れる)
勝ちが見えはじめている。けれど和夢は知っていた。エレナも明日香も、「ここで勝ちかも」と思ったタイミングで、アニメの主人公みたいな逆転をやってのけたことを。
だからこそ胸が高鳴る。真剣勝負の緊張と、何が起きるかわからないワクワクが、内側からこみ上げてくる。
そんな視線を受けても、蓮は微動だにせず、淡々とカードをドローした。
「……悪いな和夢後輩、あたしにはあの二人みたいにドラマチックなドローは出来ないんだ」
一拍、間を置いて、蓮の瞳が鋭く見開かれる。
「いやそもそもそんなドローに頼る気はない。あたしはあたしの信じた戦術で最善を尽くすのみだ。いくぞ、あたしはレコードをセット、そして全てのレコードを支払って≪始まりの女神ゼロ≫を召喚」
テーブルの上にカードが滑り出されると同時に、場の空気が変わった。静かに、でも確かに、勝負の流れが動き出していた。和夢はそのカードに目を凝らす。見たことがない。今まで蓮のデッキに入っていた覚えもない。
「僕の知らないカード⁉ 蓮先輩がサイドから入れたカードですね」
「ああ、そうだ。≪始まりの女神ゼロ≫は攻撃力が高く、さらに≪貫通≫能力を持つ。だがこのカードは攻撃もガードにも参加できない」
和夢は一瞬、面食らった。攻撃もガードもできない? だとしたら、なぜ今この場面で出す必要があるのか。けれど、そこに意味があるのだと彼はすぐに気づく。
「デメリットだらけのカード、でももちろんそれだけじゃないんですよね」
「ああ、もちろんだ! 和夢後輩、お前のワクワクにあたしが応えてやる!」
言葉と共に、蓮の指先がカードを軽やかに示す。その目は、盤面の先を明確に捉えていた。
「≪始まりの女神ゼロ≫の効果、このモンスターを召喚する際、支払ったレコードの数だけ山札からカード捲る。その中に女神カードがある場合、それを手札に加えることが出来る! あたしのデッキはボトムに送ったカードを除き残り十一枚、確率は六割強だ」
言葉の熱量が、カードの重みを際立たせる。盤上にはまだ姿を見せていない“何か”が、息をひそめて潜んでいる――そんな予感に、和夢の心臓が高鳴った。
蓮の指先が、テンポよくカードをめくっていく。ちらりと見えたキュリオテス――違う。彼女は構わず次のカードに手を伸ばした。
「――よしっ、あたしは≪無限の女神インフィニティ≫を手札に加える。≪無限の女神インフィニティ≫が通常ドロー以外の効果で手札に加わった時、効果発動。場の≪始まりの女神ゼロ≫を含む女神モンスター二体以上を墓地に送ることにより、このカードを即時召喚する!」
息を呑む和夢。迷いのないその一連の動きは、もはやカードゲームというよりも、完璧に仕上げられた舞台の演出のようだった。
「凄い、凄い凄い凄い! 冷静沈着だと思ってた女神デッキがまさかこんなふうに展開するなんて‼ えっと、確率ってボトム送りにしたカード以外の十一枚からインフィニティ一枚を引いてくる確率ですか?」
「その通りだ。インフィニティはピン刺しだからな」
「そうか、そう言うことか。場の女神の比率を上げるために、蓮先輩はコントロール必須と言われるプラフマーをデッキに入れてないんですね」
「そういうわけだ……まあそれはそれとして、やっぱり世界観はちょっと合わないんだけどな」
そんなやり取りに、二人は自然と笑い合った。
「さあ効果処理行くぞ。インフィニティが自身の効果で場に出た時、このターン使ったレコードを全て回復する。さらにインフィニティは墓地に送った女神モンスターのステータスと能力を得る。≪速攻≫≪貫通≫を得たインフィニティで攻撃!」
「≪シールドジャイアント≫でブロックします」
「なら≪貫通≫の効果で超過分のダメージを受けてもらう。そしてさらにインフィニティの効果発動。場のレコードが六枚以上あるとき、それらを全て払うことでこのカードはもう一度攻撃できる!」
「追加攻撃⁉ 対応は……ありません‼」
それはまさに、全てが計算され尽くされた逆転劇。無駄も迷いもない、美しいまでの構築と運用――和夢のライフは、きっちり0になった。
戦いが終わり、静寂が戻る。和夢はその余韻を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと息を吐いた。
蓮はカードを片付けながら、ちらりと和夢の顔を見て、少しだけ口元を緩めた。
「やっぱり、お前はその顔をしてる方がいいな」
「え?」
不意を突かれた和夢が、驚いて蓮を見返す。彼女は淡々と片付けを進めながらも、ふと視線を上げて和夢に話しかけた。
「新しいカードが出るときの、和夢後輩はいつも楽しそうな顔をしてる――前にエレナが言ってたんだ。和夢後輩にもっとLRを楽しんでもらいたい。だからいつか大会に連れていきたいって」
「エレナ先輩が……?」
その言葉を聞いた瞬間、頭を金づちで殴られたような衝撃に襲われる。和夢のショックを受けた顔を見て蓮が続ける。
「あんまり気負わずサクッと一回行ってみればいいんだよ。それで大会の雰囲気が気に入れば、皆で一緒に行ってもいい。それにもし大会の雰囲気が合わなかったらよ」
そこで言葉を止めると、蓮はふっと唇を緩めた。まるで「任せておけ」と言わんばかりの落ち着いた眼差しで和夢を見つめる。
「そん時はあたしもバロックに残るからよ、二人で一緒に遊んでようぜ」
そう言って蓮は力強くも包容力のある笑みを浮かべた。
「で、でもそれじゃあ蓮先輩が……」
「前に話しただろう。あたしは環境とか勝ち負けなんかは二の次で、あたしの大好きなデッキを楽しく回せればそれでいいってさ。前のあたしはエレナと明日香が大会に出るなら出る。それくらい気持ちだったんだ」
そこまで言って蓮は少しだけ苦い顔をすると続ける。
「でもちょっと前まではそれも出来なかった。エレナは大会に出たがってたけど、明日香は例のことがあって大会から離れてたからよ。あたしは優柔不断だから、どちらにもついてやれなかった。そのうち生徒会があんなことになって、ってそれはまああたしの口から話すことじゃねえな。忘れてくれ」
蓮は肩を軽くすくめ、何事もなかったかのように話を切り替えた。
「だから和夢後輩の好きにしていいんだ。明日香が大会に出たくないって言えば、あたしがエレナに付き合って、和夢後輩が一緒に残ってやってもいい。だからとりあえず、エレナのことは誤解しないでやって欲しい。あいつはただ、あいつの中にある『楽しい』って気持ちを和夢後輩に伝えてただけなんだからさ」
言われてみれば当たり前の話だ。あのエレナがただ強さと勝つことを説くはずない。和夢は下唇を強くかむ。
「僕、エレナ先輩に謝らないと」
「そうしてやってくれ、まあ、あいつも言葉足らずだったからおあいこだけどな」
「確か今日はバロックでしたよね。行きましょう蓮先輩」
「ああ、そうすっか」
善は急げと二人はすぐにバロックに向かうのだった。




