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第31話:戦う覚悟とその先の未来

 そうして昼食をとり始めてしばらく経つと、エレナがふと思い出したように手を叩いた。


「そういえば、またバロックかライムで話そうと思っていたのですが――――久しぶりに全員で『遠征』に行こうと思うのですけど、いかがでしょうか?」


 エレナの言葉に、生徒会室の空気が一瞬で張りつめる。彼女の声には、これまでの穏やかさとは異なる、鋭い意志がこもっていた。蓮が静かに顔を上げ、明日香を見つめる。


「あたしは……皆が行くなら行くし、行かないなら行かない。けど……明日香はどうだ?」


 蓮の目には一抹の不安が過る。蓮は無意識に指先を弄りながら、明日香を見た。しかし、そんな蓮の心配を吹き飛ばすように、明日香は弾けるような笑みを浮かべる。


「私ならもう大丈夫です! 実を言うと、そろそろ私の新しい『可愛い』を、色んな人に見せつけたいと思ってたんですよね」


 明日香は自信満々にピースサインを作る。その表情はどこまでも輝いて見えた。蓮はそれを見て、肩の力がふっと抜け、わずかに背筋が緩む。


 そんな様子を見ていた和夢は、疑問で首をかしげた。


「皆さんの言ってる遠征って、なんですか?」


 当然のように出る疑問に、エレナが答える。


「バロックから離れ別店舗の公式大会に出場すること、それが遠征ですわ。目標はもちろん、勝つこと。ですが――」


 エレナは少しだけ目を細め、続けた。


「ただ勝つだけではなく、自分の大好きなカードで勝つ。それがわたくしにとっての本当の闘いですわ」


 エレナの言葉には、まるで自身の内に秘めた強い信念が滲んでいるかのようだった。


「わたくしたちのデッキは、ただ強いだけではありません。そこにはわたくしたちの気持ちやこだわりが詰まっています。それを使いこなし、勝利を掴むことこそが、わたくしにとっての真の価値ですの」


 和夢はエレナの言葉に聞き入り、自然と声を漏らす。


「好きなカードで勝つ……」


 和夢はその言葉を噛みしめる。そして改めて思う。エレナにとって、カードゲームは単なる遊びではなく、自分の全てを込める表現の場なのだ。


 エレナは視線を和夢に向けながら、さらに続けた。


「勝利を掴むのはもちろん大事ですわ。ですが、わたくしにとっては本当に好きなカードで勝つこと、そこに意味があります。わたくしのデッキはわたくし自身の一部であり、それを使いこなすことはわたくしの誇りでもありますから」


 エレナの声には確固たる決意が見て取れた。彼女のカードに対する愛情と誇りが、ひしひしと伝わってくる。


 エレナがただ強さを追求しているのではなく、自分の「好き」で戦い続けることに価値を見出している。そのことを和夢は本当に意味で理解した。


 そんなエレナの姿を和夢は素直にかっこいいと思った。同時に蓮との過去の会話を思い出す。


(確かあの時、エレナ先輩が三人の中で一番勝ちにこだわってるって言ってたな。でもそうか……エレナ先輩たちは、自分の大好きなデッキで勝つために、日々研鑽を積んでるんだよな)


 目の前にいる三人が、ただカードゲームを楽しむのではない。その先にある勝利のために努力を重ねていることを、和夢は改めて実感する。


 それは和夢にとって遠い世界のように感じられた。和夢は、カードゲームができるだけで十分満足していたのだから。


(僕は……ただ楽しく遊ぶこと以上のことは考えてなかった。そんな僕が大会に出ても、三人や他の出場者に迷惑をかけるだけだよな……)


 三人のおかげで、和夢は自分が成長したことを実感していた。


 しかし、それはバロックという小さなコミュニティでの話だ。大会という大きな舞台に立つには、知識も経験も圧倒的に不足していることを自覚していた。


 さらに、大会に挑むための「理由」が今の彼にはなかった。


(僕って……カードゲームを始めて、その先どうしたいんだろう……)


 心の中で渦巻く問いに、答えはまだ見えない。


「和夢さん?」


「えっ、あ、はいっ!」


 突然名前を呼ばれて、和夢は慌てて返事をする。エレナが心配そうに和夢を覗き込む。


「大丈夫ですか? 顔色が少し優れないみたいですけど?」


 三人の視線が一斉に和夢に向けられ、その優しい眼差しに和夢は焦る。慌てて両手を広げ、無理やり笑顔を作りながら片手を上下に振った。


「いやいや、本当に大丈夫です! えっと、皆さん、大会頑張ってくださいね!」


「あ、あの……和夢さん……」


「僕、皆が勝てるように心の中で全力で応援してますね!」


 和夢はいつもより大きな声で、精一杯の笑顔を作る。しかし、その声はどこか空回りしており、無理に明るさを装っていることは誰が見ても明らかだ。


 だが、三人を応援する気持ちに偽りはない。それがわかるからこそ三人はそれ以上、何も言うことができなかった。


 エレナと明日香は和夢の笑顔に応えるように小さく頷いたが、どこか戸惑いの表情を浮かべていた。二人の言葉は喉元まで出かかったものの、それを押し込んでしまう。そして再び、生徒会室には静寂が訪れる。


 さっきまでの和やかな空気とは違う、薄い緊張感と気まずさがその場に漂い始めていた。和夢はご飯を食べながらも、心の中でモヤモヤとした感情が膨らんでいくのを感じていた。


 その心の揺れに、蓮はただ一人気づいていた。彼女の鋭い目は、和夢の無理に作った笑顔と、その奥にある揺れる感情を捉え、じっと見つめていた。

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