第30話:それで本当に通るのか⁉
お昼休みに入り生徒がまばらになる中、和夢は自分の机でぼーっと突っ伏していた。思い出すのはゴールデンウィークの最終日。和夢の両親がマンションに来た時のことだ。
(僕のお年玉とかその他のお金……結構な金額は入ってたな)
正直、親が預かると言ったお金が本当に戻って来るとは思っていなかった。それだけでも驚きなのに、その日両親は和夢に深々と謝罪をしたのだ。
(今までずっと勉強ばかりで厳しくしてきてごめん、か。確かに今になって思えば厳しい環境だったよな。お姉さんとの約束とブラックブレイズがいなかったら……正直今の自分があるかどうかも分からないくらいに)
そう言えばと和夢は冬華学園の合格が決まった時を思い出す。
(あの時は父さんも母さんも憑き物が落ちたような顔してたもんな。二人共きっと色々とあったんだろうな)
もちろんそれを聞き出そうとは思わないし、今となっては冬華に入れて本当に良かったと思っている。
(それに塾に通わなかったら、お姉さんにも出会えなかったしな)
「……さて、そろそろ」
「もう大丈夫かな、和夢君?」
「えっ、ええっ、明日香さん⁉」
いつの間にか明日香の顔が目と鼻の先に迫っていた。和夢は驚きのあまり体を後ろにそらすと、その勢いで椅子から転げ落ちそうになった。その反応を見ると明日香は可愛らしく頬を膨らませた。
「あー、なんかその反応傷つくなー」
「えっ、いや、その、明日香さんが嫌とかそう言うのではなくて、ただ単純に驚いたというか、むしろ明日香さんだからここまで動揺したと言いますか」
和夢はしどろもどろになると申し訳なそうに目を伏せる。そんな和夢を見て明日香は「ぷっ」と吹き出すと、軽やかな笑い声を上げた。
「ふふっ、ごめんごめん。全然そんなこと思ってなかったんだけど、なんか和夢君の反応が可愛くてつい」
明日香はニコニコしながら、いたずらを成功させた子供のような顔で和夢を見つめる。そんなふうに明日香は可愛い顔を見せながら話を続ける。
「もし良かったらお昼ちょっと空いてないかな?」
「もちろん大丈夫です。お昼は持って行った方がいいですか?」
「うん、それでお願い。それじゃあ行こ、和夢君」
明日香に引っ張られると教室から出る。すると扉のすぐ近くで、圧倒的存在感を持つ金髪の女性が何かを待つように立っていた。和夢はその姿を見るとすぐに声かけた。
「あれ、エレナ先輩こんなところでどうしたんですか?」
「和夢さんにご用がありまして生徒会室へと思っていたのですが、大丈夫でしょうか?」
その質問に明日香が答える。
「私達も生徒会室に行こうと思ってたので大丈夫です」
「それなら良かったですわ」
(なるほど、目的は生徒会室なのか)
と軽く心の中で確認し、何も言わずにそのまま流れに従った。。エレナを先頭に移動し、三人は生徒会室へと足を運ぶ。すると部屋の中には蓮の姿があった。
「おっ、何だ全員揃い踏みか、ちょうど良かった。もし和夢後輩に会えたら、ちょっと頼みたいことがあったんだ」
「あら、蓮もなのですか?」
「エレナもってこと、明日香もか?」
「そうですね。ちょっと和夢君にお願いしたいことがあって……」
三人は互いの顔を見合わせると、本当に少しだけ居心地の悪い顔をする。三人がゆっくり席に座るのを見ると、和夢も遅れて席に座った。
(いったい、三人とも僕に何の用があるんだ……?)
ゴクリと喉を鳴らし三人の様子を見ていると、明日香がまず声を上げる。
「そ、それでは先に居た蓮さんどうぞ」
「いやいや、ここは生徒会長のエレナが先だろう」
「最初に和夢さんを連れ出した明日香さんにこそ、その権利があると思いますわ」
三人はお互いに「いやいやいや」と何かを譲り合っている。
和夢は三人の奇妙なやり取りを見守る。すると、ふとした瞬間、三人がまるで打ち合わせをしていたかのように同時にカバンから何かを取り出した。
「えっ……?」
三つのお弁当箱が和夢の前に並べられた。三人の目が、何か期待を込めたように和夢を見つめる。まずエレナが話す。
「実は……今日もシェフが作りすぎてしまいましたの。和夢さん、もしよろしかったらお召し上がってくださいませんか?」
エレナは優雅な手つきで蓋を開ける。その中には、美しく盛り付けられた料理がびっしりと詰まっていた。次は明日香だ。
「私も……ついつい多く作っちゃってさ。よかったら食べてほしいな」
少し照れくさそうに笑いながら、可愛らしい盛り付けの弁当を差し出す。色鮮やかな野菜や小さなキャラ弁風のデコレーションがされていた。
二人の姿を見ると蓮は軽く肩をすくめる。
「……いやいやいや、まあ、あたしもなんだけどよ」
シンプルでありながら上品さと温かみのあるお弁当を和夢に見せた。
和夢は三人の弁当を前に、呆然と見つめていた。だがすぐに申し訳なさそうにシュンとしてしまう。
「僕が先週お昼をいただいてしまったせいで三人とも間違えたんですよね……本当に申し訳ないです……」
本気で反省している和夢の言葉に蓮はあんぐりと口を開ける。
「お、お前、その反応……正気か……」
「でも先週の僕のせいで皆さん勘違いしてお弁当作り過ぎてしまったんですよね?」
「えっ、いや、それはそういう設定ではあるけどよ」
「それとも何か他に理由があるんでしょうか?」
和夢の人を疑うことを知らない少年のような無垢な目を見て、蓮は「うっ⁉」と顔を逸らしてしまう。彼女達三人はお互い顔色を窺うと、エレナが口を開いた。
「実は……うちのシェフが時々お弁当を作りすぎてしまうことがありますの。だからそう言った時は、和夢さんにお昼を食べてもらえたら大変助かりますわ」
畳みかけるように明日香が続ける。
「そうそう、うちも冷蔵庫の残り具合で作り過ぎちゃうことがあるんだよね。だから和夢君が食べてくれると嬉しいかな!」
最後に蓮がもうどうにでもなれという顔で付け加える。
「そういうわけで、和夢後輩は人助けだと思って気にせず食べてくれればいいんだよ」
苦しい。あまりにも苦し過ぎる。エレナは目を泳がせ、明日香は固い笑みを浮かべ、蓮はもう隠すことなく手で顔を覆っていた。和夢は三人とお弁当を交互に見ると、なるほどとポンと手を叩いた。
「確かに僕も一人暮らししてて、買ってきた食材とかが中途半端になることって結構あります」
「か、和夢後輩……?」
「そう言うことでしたら、男の僕がありがたくいただきますね!」
「――――って、それで本当に通るの、もごもごごっ⁉」
蓮の口をエレナと明日香が抑えていく。二人は畳みかけるように早口で声を上げる。
「そ、そういうことですので、よろしくお願いし致しますわ和夢さん」
「よ、よろしくねー和夢君」
「も、もがもが、おかしいもが!」
声をあげる蓮を抑えつけエレナと明日香はズイズイっとお弁当を勧めた。
「ありがとうございます――――いただきますっ!」
そう言って弁当を前に手を合わせ、感謝の言葉を伝える。蓮は二人の手から逃れる。そして無垢な和夢の姿を見ると「……後輩の将来があまりにも不安過ぎる」と頭を抱えていくのだった。




