第19話:好きの形
金曜日の昼休み。和夢はお昼ご飯のパンを片手にあてもなく廊下を彷徨っていた。何となく人の少ない方に向かっていると、その背中に声を掛けられる。
「和夢後輩、こんなところで珍しいな」
「……蓮先輩」
「そんな難しい顔してどうした? おっ、あれか。また誰かにデートにでも誘われたとかか?」
蓮は茶化すような顔で「まあそんなわけねえか」と言葉にする。和夢はどんよりとした顔つきになると、ゆっくりと頷いていった。
「……それが、そうなんです」
「おっ、おお、そうなのか……いやそれにしたってしけた面し過ぎだろ」
「それは……」
和夢は口を開こうとして辺りを見渡す。廊下にはまばらにだが生徒が何人かいた。蓮は和夢が何かを言い淀んでいることがわかると、クイッと親指を後ろに向けた。
「とりあえず場所を変えるか。和夢後輩も知っての通り、とっておきの場所があるからよ」
「…………はい」
蓮に引き連れられその場を離れる。移動先はもちろん生徒会室だった。
蓮が入れてくれた緑茶を一口含むと、ほのかな苦みと爽やかな香りが口の中に広がる。体の芯からじんわりと温かさが染み渡っていくと、肩の力がふっと抜けていく気がした。
「今日はあたし以外に誰も来る予定はない。あたしで良ければ話を聞くけどどうする?」
「それは、えっと……」
果たしてこの話を蓮にしてしまってもいいのだろうか。和夢がそう悩んでいると、蓮は「あー」とわざとらしく声を出す。
「もしかして……明日香と何かあったのか」
「えっ⁉ あっ、その……」
「ライムの感じ、昨日は二人でバロックにいたんだろう。それくらい予想はつく」
「それはそうなんですけど、でも僕も何て言っていいのかよくわからなくて」
「だったら昨日あったことを教えてくれねえか。和夢後輩からしたら相談しづらいかもしれねえけどさ……あたしにとっては二人とも大切な後輩だからよ」
普段の蓮では考えられないほど、ハッキリ『大切』だと言葉にする。蓮はそのまま恥ずかしがる素振りもなく言葉を続ける。
「それとよ。何があったかは少しだけ予想がつくんだ。だから力になりたいんだ」
「……分かりました。よろしくお願いします」
そう言って和夢は昨日の出来事を順序だてて話していく。最後にデートの約束をしたことを話すと、和夢は手を握りこんで自分の太ももを殴りつけた。
「僕が悪いんです。≪断崖の壁≫は明日香さんのデッキに明らかに有利だって分かっていたのに使ってしまったから」
「それは違うぞ。確かに≪断崖の壁≫は明日香のデッキのメタカードだ。だがそれは速攻のない飛空隊ビートで勝つために悩んだ結果だろう。後輩がどれだけ考えてあのカードに辿り着いたかは、直接相談を受けたあたしが一番よく知ってる」
「でもそれで友達と楽しくゲームが出来なくなるなら入れる意味なんて……」
「勘違いしないでやってほしい。確かに明日香が不機嫌になったのは結果として変わらない。これは当然褒められたことじゃない。だけど明日香は和夢後輩に対して苛立ってるわけじゃないんだ」
「と、言いますと?」
「……うちのメンバーはなかなか難儀な奴が多いんだよ」
そう言って蓮は説明を続ける。
「和夢後輩はあたしたちとLRをやって楽しいか?」
「もちろんです! 皆さんのおかげで僕いま毎日が楽しいんです」
「それじゃあ和夢後輩がデッキを組もうってなった時に、あたしが言ったこと覚えてるか?」
「えっと、そこまで本気にならなくても大丈夫だからなってやつですか?」
「ああ、その通りだ。あの時も言ったけど、あたしも本気でデッキを組んでいるし、プレイ中も全力で戦ってる。でも正直そこまで勝ち負けにこだわっているわけじゃねえんだ。あたしはあたしのパーミッションを楽しく回せればそれでいいからな」
蓮はそこまで言うと困ったように肩をすくめ話を続ける。
「あたし達三人の中で一番勝ちにこだわってるのはエレナだ。まあそれはあいつの目標を考えれば自然な流れだと思う。だけどデッキに対して一番こだわりを持っているのは間違いなく明日香だ。何でかは言うまでもないだろう」
「……可愛いカードが好きだから」
「ああ、そうだ。あたしも女神カードを使うという拘りはある。だけどそれ同じくらいパーミッションという戦術が好きなんだ。まあそう言うわけであたしはカード単位で拘りはない」
蓮はそこで一息置くと、人差し指を立てる。
「エレナはクリアシャインで勝つことに拘りを持ってる。こう言うと明日香と似ている気がするが、エレナはクリアシャインで勝つためならどんなカードも使うし手段も選ばない。まあ元々クリアシャインは無印のライバルのカードだから公式のサポートも手厚いんだけどな」
ここからが本題だと蓮は二本目の中指を立てる。
「明日香はデッキのカード全てに拘りを持ってる。故に可愛くないカードはあのデッキには入らない。だからこそ明日香のデッキはもう頭打ちになっちまってるんだ。アニメも無印が終わり、主人公もヒロインももうとっくに交代してる。和夢後輩のブラックブレイズと同様、カワケモカードはもうそんなに強化をもらえてねえんだ」
「……そうなんですね」
「去年のいつ頃だったかな。あたし達三人で大会に出たんだ。その帰りに明日香にとあるカードを見せられて聞かれたんだ。私のデッキにこのカードが入ってたらどう思いますかって。それは当時話題になったパワーカードだった」
「それで先輩たちはなんて?」
「あたしは『勝つためなら多少の拘りを捨てても入れるべきだ』って言った。エレナは『拘りは大切にするべきだ。三人で一緒にカワケモの構築を考えよう』ってことを言ってたかな」
そう言って蓮は静かに目を伏せ唇を噛む。その時のことを強く悔いているのは一目瞭然だった。
「あたしとエレナの意見が別れるのは互いに予想していた。そうやって明日香がどう転んでも逃げ場を作ってやったつもりでいたんだ。だが明日香が望んだ言葉はそのどちらでもなかった」
「それじゃあ明日香さんは」
「明日香のデッキは去年の大会の時のまま何も変わっていないはずだ。そんな明日香にあたしたちは何もしてやれなかった」
蓮は寂しそうな顔をし続ける。
「……和夢後輩には信じられないかもしれねえけどよ。あたしたちが今の頻度で再びバロックに集まるようになったのは、実はつい最近――和夢後輩が顔を出すようになってからなんだ」
「ええっ⁉ で、でも皆さん全然そんな感じしてませんでしたけど……」
そう口にした瞬間、和夢はバロックで初めて三人が揃った日の会話を思い出す。
「このお店に全員で集まるのも久しぶりですわね」
「ここ最近バラバラなことが多かったですしね~」
「……あたしは元々そんなに外に出る方じゃないけどな」
「あの時の会話は本当に言葉通りだったんですね……」
「ああ、あの日は本当に久しぶりにバロックで全員が揃ったんだ……明日香は去年からあんな感じで、エレナもあの頃は大会の結果が振るわなくて、随分と悩んでたみたいだからな」
「そうなんですね……」
「でもまあエレナのことはいいんだ。ここ最近は調子良さそうだし、今でもクリアシャインデッキを使っててあたしも安心できた。だから明日香もこのままって思ってたけど、まあそれは流石に楽観視しすぎてたな」
蓮は深く息を吐くと、和夢をまっすぐに見つめる。その瞳には、痛みと同時に一縷の望みが込められていた。
「だけど和夢後輩と出会ってから、明日香は昔みたいにLRを楽しんでいる。そんな和夢後輩に明日香は話を聞いて欲しいって言ったんだ」
「……蓮先輩」
「救ってくれなんておこがましいことは言わねえ。だけど明日香とは真っ直ぐに向き合って欲しいんだ」
蓮は背筋をピンと伸ばし深々と頭を下げていった。一瞬、どう答えるべきか、和夢は言葉が見つからなかった。だがそれでもどうするべきはか分かっていた。
「正直なんて言っていいかは僕にも分かりません。でも分からないは分からないなりに、しっかりと明日香さんと向き合って見せますね!」
そう言って和夢はお昼のパンを口に詰め込んでいく。そして気合を入れるとすぐに立ち上がった。
「ライムじゃあれなんで、僕いまから明日香さんと明日の予定について話してきます!」
「ああ、頼んだぞ」
「はいっ!」
和夢は生徒会室から飛び出していく。その背中が見えなくなると、蓮は深いため息をついた。
「和夢後輩がいてくれたから、あたしたちはまたあの頃みたいに戻れた。だから頼んだぞ…………あぁー、情けねえなあたしはよー」
そう言って蓮は力なく天井を見上げると、「ふぅー」と息を吐いていくのだった。




