第11話:二人のデートと実質無料のカード
放課後の生徒会室。和夢は最後のプリントをまとめると、エレナがそれをホッチキス止めする。約一時間、ようやく全ての作業が終わった。エレナは和夢に向かって頭を下げる。
「本当に助かりましたわ和夢さん」
「いえ、全然ですよ。と、言いますかこの量の作業をエレナ先輩一人でやろうとしてたんですか?」
先日話したとき、蓮も明日香も今日は予定があると言っていた。そして今日、廊下でプリントの束を抱えたエレナを見て、生徒会の仕事かと思ったがこの様子では違うようだ。
エレナは「そ、それは……おほほほほ」と口元に手を添えると、びっくりするぐらい目を泳がせる。
(こういう嘘が付けないところもエレナ先輩の魅力なのかもな)
蓮と明日香に用事があるからこそ、エレナは一人で請け負おうとしたのだろう。その優しさが分かるからこそ、和夢は少し意地悪な言い回しをした。
「今日のこと、二人には話さない方がいいですか?」
「そ、それは……出来れば内緒でお願いしますわ」
「だったら黙っている代わりに、今後忙しいことがあったら僕に手伝わせてください」
「えっ、和夢さん?」
「僕はいつでも大丈夫なので頼ってもらえると嬉しいです」
「で、ですがそれでは和夢さんの貴重な時間を奪ってしまうことになりますわ」
「もしエレナ先輩がそう思ってくれるなら、余計に僕に手伝わせてください。それでもし時間が浮いたら……LRで遊んでもらえたら嬉しいです」
和夢はそう本心を伝えると、恥ずかしそうに視線を逸らす。エレナは一瞬目を見開き、意外そうな表情を浮かべる。そして、すぐに口元に手を添え、柔らかく笑みを浮かべた。
「うふふ、そう言われてしまっては断る理由がありませんわね。またこのような事がありましたら、よろしくお願いしますね和夢さん」
「――――はいっ、いつでも頼ってください!」
和夢は元気よく答え、勢いよく胸をパシッと叩いた。しかし、その後、少し咳き込みながら「こほっ、こほっ…」と軽くむせてしまう。小さな体が反応しているのを感じながら、恥ずかしそうに手で口を押さえつつ、顔を赤らめる。
エレナはその姿を見て、思わず微笑みながらも、ふと思い出したように提案を口にした。
「和夢さんは土日はどうなさるおつもりですか?」
「日曜日はバロックに行く予定ですけど、土曜日は少しだけ遠出をするつもりです」
「と、おっしゃいますと?」
「スリーブとデッキケースが足りないので、四駅先のカード屋を見に行こうと思っていまして。なので予定が合うようでしたら日曜日はよろしくお願いします」
和夢はそう言って深々と頭を下げていく。エレナは和夢の話を聞くと嬉しそうに目を細めた。
「もしよろしければ、わたくしも土曜日に一緒にカード屋に行ってもよろしいでしょうか」
「僕と……エレナ先輩でですか?」
「はい、二人きりでデートをしましょう」
エレナの声には柔らかな甘さが含まれつつも、その裏には少しからかうような響きがあった。エレナは優雅に笑みを浮かべつつ、軽やかに一歩和夢に近づく。
「どうでしょうか和夢さん?」
本気の言葉でないことは分かっている。だがエレナにデートと言われて断れる人間がいるだろうか。和夢は口をパクパクさせながら絞る出すように「……よろしくお願いします」とだけ言葉にするのだった。
◆
土曜日。和夢とエレナは目的地である『カードキャッスル』を目指していた。
二人が道を歩いていると、ガヤガヤとした喧騒が一瞬だけ止まる。あからさまな視線はない。だが誰もが何かを感じ取ったようにエレナを見ていた。そんなエレナの姿を和夢は改めて見る。
(まあこれで注目されない方が嘘だよな)
エレナの服装は襟元に小さなリボンがあしらわれた白いブラウスと膝丈のフレアスカート。シンプルだが上品なデザインは、それ故にエレナの容姿を際立たせていた。
和夢が覗き込んでいたからか、エレナはとくすっと笑いながら、明るい表情で答えた。
「和夢さん、先ほどからどうかされましたか?」
「いや、なんていうか、あの、すごく上品と言いますか」
「はい?」
「お洋服、凄く似合ってて、その……綺麗です!」
「あらあら、ありがとうございますわ」
羞恥心で潰されそうな和夢とは逆に、エレナは大人の余裕を見せいていた。
(まあエレナ先輩ならこれくらい言われ慣れてるか)
気の利いた事一つも言えずに、自分は何て子供なのだろうかと心の中で頭を抱えた。
(ああぁー! この調子で僕は今日やって行けるのかー‼)
和夢はこの後のことを思うと、不安でいっぱいになっていった。
◆
「す、凄い! この階全部カード屋なんだ!」
カードキャッスルに到着すると、和夢は目を輝かせ「わぁー!」と小走りで移動する。
「ここの壁から壁まで全部LRのカード! 光ってるカードってこんなにあるんですね!」
「和夢さん、和夢さん。あそこにはストレージというコーナーがありまして、一枚三十円でカードを購入することも出来ますわ」
「三十円って実質タダじゃないですか! え、エレナ先輩、ちょっと見て来ても」
「ええ、時間はいくらでもありますから」
「――――あ、ありがとうございます!」
と言って和夢はペコリと頭を下げると、ストレージのコーナーに滑りこんでいく。
(本当に色んなカードがあるんだな。あっ、これブラックブレイズに使えるかも、これも、これなんかも可能性感じるなぁ~)
最初の不安は何のその。七年間憧れていたLRの前では和夢はいつでも少年に戻っていった。和夢はストレージとショーケースのカードを目一杯堪能し、いくつかのカードを購入する。さらにエレナのアドバイスのもとサプライ品を購入すると、満足満足とデュエルスペースに腰を下ろした。
「あぁ~、たくさん買いました。すっごい幸せですけど、もぉー何も買えませんね」
もちろん無計画に有り金をはたいたわけではなく、必要最低のお金は残している。だがブラックブレイズ関連のカードを揃えたばかりなので、これ以上の出費は人としてアウトだ。そんな幸せそうな和夢を見て、エレナは視線に笑みを浮かべた。
「和夢さんは本当に楽しそうにカードと触れ合いますわね。見ているわたくしも嬉しくなりますわ」
「何と言ってもLRは僕の長年の夢でしたからね。でも、だからこそ、あの日エレナ先輩に会うことが出来て良かったです。本当にありがとうございます!」
これまでの感謝を込めて深々と頭を下げる。そうして顔を上げエレナの表情を見ると、和夢は一瞬言葉を失った。
「え、エレナ先輩?」
エレナの目には淡い涙の色が宿り、口元がわずかに震えていた。何か失礼なことを言ってしまっただろうか。和夢が恐る恐る伺いをかけると、エレナは目元を拭った。
「何でもありませんわ。ねえ、和夢さん」
「は、はい」
「わたくしのほうこそ……あの時お会いできたのが和夢さんで本当に良かったと思っていますわ。これからも、よろしくお願いしますわね」
エレナの表情が何を意味しているかは分からない。強いて言えば、バロックで三人がブラックブレイズドラゴンのカードを肯定してくれた時と雰囲気が似ていたかもしれない。
だが憶測で考えても仕方のないことだ。和夢出来るのは今の気持ちを口にするだけだ。
「はい、こちらの方こそよろしくお願いします!」
エレナの言葉を力いっぱい肯定する。エレナはそんな真っ直ぐな和夢を見て嬉しそうに微笑みを浮かべるのだった。




