第117話:その炎は嵐と化す
額にじんわりと汗が滲む。まるで自分自身が、赤峰嵐の放つ鋭いバーンカードの炎にじわじわと焼かれているような感覚だった。
テーブル越しに向かい合う嵐は、変わらず落ち着いた表情で、まるで余裕すら漂わせている。彼はまさに“炎の化身”――和夢の頭に浮かぶイメージは、いつの間にか彼のその姿と重なっていた。
喉の奥がきゅっと締めつけられ、和夢は嵐の残りの手札を鋭く睨みつける。
(赤峰さんのバーンデッキは、常にこちらに選択を突きつけてくるんだ。どのカードを通すのか、どのカードを通さないのか……コントロールデッキの基礎くらいは知ったつもりでいたけど、蓮先輩はいつもこんなにヒリヒリをしてるんだな)
蓮の強さに改めて感嘆しつつ、和夢は自分の場を見渡す。
(もしこのままターンを終えたら、次のターンで確実に焼き尽くされてしまう……いや、でもあえて手札を温存して妨害の可能性を匂わせるのも手かな? でも、そうして延命できたとして、次のターンに何を引けば……)
手札と山札の枚数を計算し、和夢は決意を固めて一枚のカードを場に出した。
「……コストを払って、《ブラックブレイズドラゴン》を召喚します。対応がなければ、このままエンドフェイズに移ります」
それを見た嵐は微かに目を細め、すかさず応じる。
「大型モンスターが出たなら、俺も使わせてもらおう。エンドフェイズに手札から《報焔招来》を切る!」
「……!」
その瞬間、和夢の身体に痛みが走った。
(まさか、ここで相手のコスト依存の火力カードが来るとは……いや、今の環境で大型モンスターが半数もいるなら、入っていておかしくない。完全に計算が狂った。このダメージは致命的だ……)
「……僕は手札の《ブラックブレイズカウンター》を発動。《報焔招来》を無効にします」
嵐は冷静に、しかし笑みも浮かべず宣言した。
「対応なし。さて、俺のターンだ。ドロー!」
アニメの主人公さながらに、大きくカードを引き上げる嵐の姿が和夢の視界に映る。
(手札はこれで四枚。ここであのカードがなければ……)
「俺は【飛行】持ちの《バーニングホーク》で攻撃!」
「ブロックはしません」
「なるほど、その心意気は良し。《バーニングホーク》の効果、このカードが相手にダメージを与えた時、さらに追加ダメージを与える!」
「ダメージ、受けます」
「ここで手札から《フレイムシャワー》を発動。対応がなければ、もう一枚、《フレイムシャワー》も続ける」
「……対応はありません」
「さらに、《インフェルノボルト》も発動だ!」
「うっ……!」
《バーニングホーク》は攻撃力も効果ダメージも最低限。フレイムシャワーもインフェルノボルトも低コストの火力カード。なので、それらの火力をすべて合わせても、先ほどの《報焔招来》程度のダメージにしかならない。
しかし問題はダメージの大きさではない。このターン、和夢は戦闘以外で四回もの効果ダメージを受けてしまったことだ。嵐の目が一層鋭く光る。
「さあ、行くぞ! 手札から《ファイヤーストーム》を発動! このターン、相手が戦闘以外のダメージを四回受けた場合にのみ使える。このターン受けたダメージを、再び相手に与える!」
やはり持っていたか。和夢は肩を落とし、呟いた。
「……負けました」
「ありがとう高坂君、楽しかったよ!」
その声に、和夢も自然と頭を下げる。対戦の余韻がまだ指先に残っている。張り詰めた集中が溶けるように、和夢の肩がわずかに落ちた。
「さっすが師匠、快勝じゃないっすか‼」
静かな空気を切り裂くように、梨央が笑いながら駆け寄ってきた。テンションの高さは相変わらず、だが彼女なりに真剣に見ていたのだろう。笑い声の奥にはわずかな驚きと興奮が滲んでいた。
「あと高坂さん、プレミしてましたよね! 《バーニングホーク》、あれ、ブロックできましたよね? だって【飛行】持ちのブラックブレイズが残ってるんっすから」
嵐が呆れたように「やれやれ」とため息をついた。
「……まったく、これだからお前は」
「えっ、な、なにがっすか!? ちゃんと見てましたよ!? だって《バーニングホーク》をブロックしない理由はないっすよね⁉ そのせいで《ファイヤーストーム》の発動条件が揃ったんっすから‼」
嵐は和夢のほうに視線を向け、軽く顎をしゃくった。
「高坂君、教えてやってくれ」
「……はい、分かりました」
和夢は小さく息を吸い、嵐の墓地を確認してから、慎重に言葉を選びながら説明を始めた。




