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第10話:七瀬蓮の憂鬱

 次の日の放課後、バロックで和夢は蓮とバトルしていた。


 蓮は背筋を伸ばし、静かにカードを持つ。その佇まいは凛として落ち着いており、余計な動作が一切ない。対して和夢は、手札と場を交互に見ては頭を掻き、眉を寄せながら何度も悩んでいた。


「そしたら≪飛行≫持ちのベビーブラックブレイズとミニブラックブレイズでアタックします」


「ミニブラックを≪飛行≫持ちの≪疾風の女神キュリオテス≫でブロック。もう片方は通しだ」


 和夢の攻撃を最小限に抑える、最適な対応。それが当たり前のように繰り出される。


「……ターンエンドです」


「あたしのターン、ドロー――」


 蓮は引いたカードを見て、一瞬だけ考えた後、決断する。


「……おっ、一ターン早まったな。コストを払って≪剣の女神エクスシア≫を召喚。≪速攻≫持ちのこのカードで攻撃」


「ぐっ、フルアタックしているのでガード出来ません。負けました」


「ありがとうございました」


 淡々とした言葉。だが、その一つ一つには確かな自信と落ち着きがあった。


 蓮は姿勢を正したまま、静かに目を閉じ、ゆっくりと頭を下げる。その仕草には一切の無駄がなく、まるで一つの所作のようだった。和夢もそれにならって頭を下げる。


 それから、和夢は腕を組み「う~ん」と唸った。


「やっぱり蓮先輩はカードの使い方が的確ですね」


「……まあ、和夢後輩のデッキの中身も分かってるからな。そのデッキは≪ブラックブレイズ飛空隊≫さえ止めれば、ステータスの低い天使でも打点負けしない」


「手札にどれだけ妨害カード持ってました?」


「二枚だな。一枚は飛空隊用で、コストの高い一枚は素のブラックブレイズ用だな」


「なるほど、じゃあどちらにしても勝ち筋はなかった感じですか~」


 完敗だった。和夢は両腕を広げて天井を仰ぐ。


(やっぱり蓮先輩はすごいなあ……)


 そう思う和夢を横目に、蓮はわずかに眉を寄せた。何かを考え込むような表情を浮かべると、ゆっくりと猫背になり、手元のカードを眺めながら口を開いた。


「なあ、和夢後輩」


「はい?」


「今のバトル、どう思った?」


「どう思ったと言いますと?」


「いや、何て言うか……その……うがああぁー‼」


 突然、蓮が奇声を上げ、両手で髪をわしゃわしゃと掻き乱す。そして机に突っ伏し、顔を伏せたまま、ぼそぼそと呟いた。


「…………あたしとバトルして、楽しいか?」


「え?」


「和夢後輩は自分のデッキが出来たばかりだ。なのに、あたしのパーミッションのせいで、やりたいことが何もさせてもらえない。楽しくないだろ……?」


 そう言うと、蓮は「ハアアァ~~」と深くため息をついた。


 その言葉に和夢はきょとんとした顔をする。


「え? いやいや、僕、凄く楽しいですよ」


「……でも、あたしは後輩のデッキ内容を全部知ってる。だから、止めどころも全部わかってるんだぞ?」


「それを言ったら、僕だって蓮先輩のデッキはだいたい覚えてますよ。負けたのは、僕がまだ上手くデッキを使いこなせてないからです」


「…………まあ、口ではどうとでも言えるよな」


 そう言いつつも、蓮は俯いたまま完全にネガティブモードになってしまう。


 和夢は少し困ったように蓮を見つめた。


(本当にそんなことないんだけどな……)


 だがどれだけそう思っていても、実際バトルでは伝わっていないようだ。


(確かに、口ではどうとでも言えるよな…………よしっ!)


 和夢はゆっくりと手を伸ばすとサイドのカードを引き寄せる。そして音を立てないように弄っていくと蓮に声をかけた。


「蓮先輩、もう一度バトルしてください。今度はさっきのようにはいきませんから」


「…………変わんないと思うけどな」


 そう言って蓮はデッキをシャッフルし始める。だがその猫背姿はいつもの凛としたイメージからはほど遠かった。和夢は心の中で気合を入れる。


(カードゲームは相手がいて初めて成立するゲームだ。だからこそ蓮先輩にも僕と同じくらい楽しんで欲しい)


 互いにデッキをシャッフルするとバトルが開始された。



 試合も中盤。だが先ほどの試合とは違い、和夢の盤面にはベビーブラックブレイズしかいない。ブラックブレイズ飛空隊も二枚無効化されており、小型のビートダウンとしては明らかに火力不足だ。蓮はターンをもらうとカードをドローする。


(引いたのはエクスシアか。後輩のデッキにはまだ飛空隊が一枚ある。だが引いて来る確率はかなり低い。いや、例え引いてきたとしてもダメージレース的にあたしの勝ちだな。一気に終わらすか)


 ドローカードを加えるまでに思考を終えると、すぐに行動に移る。


「コストを払ってキュリオテスを召喚、さらにコストを払って≪速攻≫持ちのエクスシアを召喚。エクシアでそのままアタック」


「ガードしません。そのまま受けます」


「……ターンエンドだ」


 これで次のターン二体で攻撃して終わりだ。蓮がそう思っていると、和夢は申し訳なさそうに顔を伏せる。


「……すみません蓮先輩」


「うん?」


「僕が弱いばっかりに蓮先輩には退屈な思いをさせてしまってますよね」


 和夢がそう言うと、蓮は慌てたように釈明する。


「そ、そんなことねえよ! あたしがパーミッションなんか使ってるから、バトルが楽しくないだけで」


「さっきも言いましたけど、僕は蓮先輩とのバトル本当に楽しいですよ。それにパーミッションで的確にカードを捌いていく姿は本当にかっこいいと思ってます」


「そ、そんなことねえよ」


 偽りのない真っすぐな誉め言葉に蓮は目を泳がし、小さく俯く。そうして下を向いたからだろう。蓮は自身のレコードを見て「あっ」と声を漏らした。和夢はカードをドローする。


「今までの蓮先輩なら妨害用に絶対にレコードを残していました。今ここで攻めさせてもらいます! レコードをセット、手札から≪舞い降りる竜神≫を発動、このターンドラゴンを呼ぶためのコストがダウンします‼」


 和夢は手札にあるアニバーサリー版のブラックブレイズを見つめ、さらに宣言する。


「僕はコストを払って手札から≪ブラックブレイズドラゴン≫を召喚! さらに手札から≪部隊再編制≫を発動、墓地にある≪ブラックブレイズ飛空隊≫を場に置きます‼」


「なっ、≪部隊再編制≫だと、そんなカード今まで見てねえぞ」


「はい、さっき負けた時にサイドデッキと換えさせてもらいました! 何も言わずにすみません‼」


「……明日香の入れ知恵か、や、やるじゃねえか」


 言葉では悔しがって見せるが、蓮の口調はどことなく楽しそうだ。≪速攻≫を持たないブラックブレイズはこのターン攻撃できない。だがステータスの高いドラゴンはガードに残ってこそ真価を発揮する。


「僕のターンはエンドです」


「…………あたしのターンだな」


 蓮は静かにカードをドローし、心の中で素早く計算を巡らせる


(素のブラックブレイズに対応する手段はあたしのデッキにはほとんどない。飛空隊が場に出ている時点で時間をかけても勝ち目は薄い。まずい……このターンでなんとかしないと……)


 冷静に見える蓮だが、内心は焦燥感に駆られていた。ほんのわずかな動きで未来が決まる。その思考が凝縮された一瞬。


 蓮は深く息を吸うと、ドローしたカードを手に取る。


「……あたしはコストを払って≪昇天の女神≫を発動。場の女神モンスター、エクスシアとキュリオテスを墓地に送り、山札の上から八枚確認。その中の一枚を手札に加える」


 カードを確認する間の時間、蓮の目は鋭く、表情はひどく真剣だった。まるで目の前の運命を受け入れるために、心を引き締めるように。


「……よしっ」


 蓮はカードを手に取り、渾身の力で次の一手を決定する。


「コストを払って≪蒼穹の女神デュナミス≫を召喚! デュナミスの効果発動。このカードをタップ(横にする)することで、自身の元々の攻撃力をダメージとして相手に与えることができる。これで、ライフはちょうど0だ!」


 蓮の声には緊張が滲み出ており、次の瞬間がまさに運命の一手だった。


「……くぅ~~、負けました~~」


 和夢の口からその言葉が漏れると、蓮は無意識に息をついた。


「…………ふぅ」


 勝利の瞬間、蓮は力を抜き、緊張感から解放される。しかしその安堵感の中には、やりきったという満足も感じられる。


 バトルが終わると、和夢は蓮に伺うように声をかけた。


「あ、あの、僕は今のバトル凄く楽しかったんですけど……蓮先輩はどうだったでしょうか」


 蓮は震える自分の手を見ると、それをギュッと握りこむ。そして憑き物が落ちたような顔で和夢に応えた。


「……まあ、悪くなかったな」


「なら本当に良かったです!」


「ところでだ。どうして和夢後輩はずっと飛空隊ビートダウンを使ってるんだ。あたしの構築したデッキはどうしたんだよ」


「それがスリーブをまだ持ってなくて、明日香さんにスリーブをもらった分しかデッキを組めないんですよね」


「あー、確かに、バロックにはサプライ品は置いてないからな。だったらこれやるよ」


 そう言って蓮は自分の使っている物と同じ、黒のスリーブの束を和夢に差し出した。


「そ、そんな僕ばっかりもらってばかりで申し訳ないですよ」


「……大丈夫だ。あたしも十分もらったからよ」


「僕が? 何を??」


「な、何でもねえよ。ほら、それやるからさっさとコントールを組む! 早くしろ‼」


「は、はい、わかりました!」


 有無言わさない勢いで、和夢はお揃いの黒スリーブを受け取る。まだ慣れないスリーブ入れに苦戦している和夢を横目に、蓮は「……本当にこの後輩は」とため息をつく。


 だがそれはどこかほっとしたような、喜びが混じったため息だった。

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