第99話:三つの選択とその答え
校内にはどこか緩んだ空気が漂っていて、窓から入り込む夏の風がカーテンを小さく揺らしていた。
沙良の一件から既に数日が経っており、明日には夏休みに入ってしまう。今日の授業は午前中で終わり、残りの時間で生徒会の仕事納めだった。
一昨日あたりから明日香は今までの空気に戻っていた。前よりも少し距離が近い気がするが、それだけ仲も深まったということだろう。
(だけど問題は……)
和夢は覗き見するようにチラリとエレナのほうを見る。エレナは何かを考えるように視線を落としていた。時折、真剣な顔つきでこちらを見つめてくる。
けれど目が合うと、はっとしたように視線を逸らし、少しだけ顔を赤らめたまま離れていってしまう。
(それも一度や二度じゃない。今日までで両手両足で数えきれないほどだ)
知らず知らず何かエレナに失礼なことをしてしまったのだろうか。和夢は助けを求める様に蓮のほうを見る。蓮は「あははは」と乾いた笑いを浮かべると困ったように両肩をあげる。
「いや、あたしもここまで長くなるとは思ってなかったんだ」
蓮の言葉に明日香が申し訳なさそうに答える。
「やっぱり、エレナさんが自然に気づくまでそっとしておくべきでした……」
「明日香の判断は間違ってねえよ。あの状態が続いてたらLRの練習にも身が入らねえ。それに夏休み中に気づいてみろ。誰もサポートできずに、丸まる夏休みが潰れてたかもしれねえぞ……あたしはそれは嫌だな。あと二回しかない高校の夏休み、一日でも多く四人で楽しく過ごしたい」
「それは……はい、私もそうです。私の願いも四人一緒にいることですから」
どうやら蓮と明日香は事情を知っているようだ。いや、あの時の会話を考えればそのはずだろう。
(何か困っているのなら、僕も力になりたい。でも蓮先輩には見守ってほしいって言われてるし、それに女性にしか相談しづらいこともあるだろうしな……)
以前、明日香が白獣の件で困っていたとき、蓮は明日香の力になってほしいと事前に相談に乗ってくれた。だからこそ、今回自分に理由を話さないのは何かしらの理由があろう。
(それは分かる。分かるんだけど……何かもどかしいんだよな……)
そう思うと和夢は少しだけ落ち込んだ顔をしてしまう。蓮と明日香はそんな彼の顔を見ると、慌てるようにフォローする。
「和夢後輩まで落ち込むな! 大丈夫、そんな深刻な、いや深刻な話ではあるけど、突き詰めるとそこまで深刻な話じゃない……かもしれねからよ!」
「そうだよ和夢君! 和夢君が何かしたわけじゃないし、あっ、でも和夢君が関係ある言えばあるけど、それは和夢君が何かをしたからって話じゃ……ないわけでもないけど大丈夫だから!」
「もしかしてやっぱり僕が何かをしてしまったんでしょうか。考えたら、うちで鑑賞会をしてからエレナ先輩がギクシャクしてしまいましたし……」
和夢はうなだれる様に頭を下げる。その姿を見て蓮は「ぐあぁぁぁっ‼」と両手で髪の毛をかきあげる。
「いや、もう無理だ。明日で学校も終わりだっていうのに、まだ夏休みの予定も何も建てられてねえんだぞ。おい、明日香。明日香があの日言ってた気持ちに偽りはないよな」
「――もちろんです! 三人に誓っても嘘はついてません‼」
「おい、エレナ! 恨むならあたしを恨め‼ お前の悩み、一発で吹き飛ばしてやるからな‼」
「れ、蓮、いったい何を?」
「――――和夢後輩‼」
蓮は和夢の両肩にがっしりと手を置く。そして彼の状態を起こすと無理やり顔を突き合わせた。
「れ、蓮先輩?」
「和夢後輩は、あたしとエレナと明日香からブラックブレイズドラゴンをもらったよな」
「は、はい」
「それじゃあ質問だ! あたしたちからもらったブラックブレイズドラゴン、その三枚のうちデッキにどれか一枚しか入れられないとする。その時、和夢後輩はどのブラックブレイズドラゴンをデッキに入れる‼」
「ど、どれか一枚ですか? でもデッキには同名カードが三枚まで入りますし」
「同名カードは三枚まで入れていい。でもデッキにはあたしかエレナか明日香のブラックブレイズドラゴンのどれか一枚しか入れられない。さあ答えろ! 和夢後輩はどのブラックブレイズドラゴンをデッキに入れる‼」
圧倒的剣幕で放たれた言葉は事の重大さを伝えていた。和夢にはその質問の意図が分からなかった。だが緊張の面持ちでこちらを見る明日香と、固唾を飲んで見守るエレナを見て、これは本当に重要な質問だと理解できた。
(デッキには三人からもらったブラックブレイズドラゴンが一枚しか入れられない。だったら僕は……)
質問の意図が分からないのなら、そのまま自分の気持ちをストレートに伝えるしかない。和夢は深く考えずに、思ったままを言葉にする。
「それでしたら僕は…………蓮先輩のブラックブレイズドラゴンをデッキに入れたいですかね」
「ふむふむそうか、あたしのブラックブレイズドラゴンを――――はあぁっ⁉」
蓮はびくりと体を動かすと限界まで目を見開いていく。まるで予想できていなかった言葉に、彼女はそのままひっくり返りそうになっていた。