プロローグ:ようこそ、ユニークビルドの世界へ
薄暗い路地裏の一角、喧騒から外れた場所にそのカードショップはあった。看板には『カードショップバロック』の文字。
古びたレンガの壁と、少し歪んだ窓ガラス。だが、扉の向こうからは温かな空気が漏れている。
高坂和夢は、木製の扉の前で一度深呼吸をする。明るく大きな瞳に緊張が浮かぶと、あどけなさを残した顔立ちと細身の体つきが、より一層幼く見えた。
今日は、自分の“好き”を信じて踏み出す一日。和夢にとって、特別なカードの相談をするために、この扉を開けようとしている。
「…………よしっ!」
気持ちを改め、和夢は力強く木の扉に手をかける。少し建て付けの悪いそれは、ギギギと音を立てて開いていった。
木の香りがほのかに漂う店内。ショーケースにはキラリと光るカードが並び、棚には貸しデッキなどがぎっしりと詰め込まれている。
そして、その店内には三人の女の子がいた。彼女たちは和夢の来店に気付くと、嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「皆さーん、集まってくださいませー」
カードショップの店内に、よく通る上品な声が響いた。金髪のハーフアップを揺らしながら、女性が優雅に手を叩く。
天城エレナ(あまぎえれな)。冬華学園高等部の生徒会長でもある彼女のその仕草には、自然と人を惹きつける力があった。彼女の一声で、空気が引き締まる。
「待ってました!」
元気よく手を上げたのは、ブラウンのミディアムヘアの少女。明るい笑顔がトレードマークの彼女は、勢いよく席に着く。
桜井明日香。クラスの人気者で、誰とでもすぐに打ち解けてしまうような開放的な雰囲気をまとっていた。
その後ろで、黒髪のボブカットの女性が耳を押さえながら苦笑いを浮かべた。
「……やれやれ、元気っ子は声が大きいな」
七瀬蓮。低身長と猫背のせいで実年齢より幼く見えるが、口調は落ち着いており、どこか達観したような空気がある。彼女はぼそっと文句を言いながらも、静かに席に着いた。
「し、失礼します」
この場で唯一の男性である和夢は、少し緊張しながらも、想いを込めて席に着いた。
エレナは周囲を見渡し、満足そうに頷く。
「このお店に全員で集まるのも久しぶりですわね」
「ここ最近バラバラなことが多かったですしね~」
「……あたしは元々そんなに外に出る方じゃないけどな」
蓮が少しぶっきらぼうに言うと、エレナは「あら」と口元を抑えた。
「そんな蓮も和夢さんのために集まってあげたのですわね」
エレナの言葉を聞き、和夢はパッと顔を明るくする。
「そうなんですか、ありがとうございます!」
「ち、違う、いや違わねえけど……」
「あ~、蓮さん照れてて可愛いですね~」
「……ぐぅ~、やめろ明日香、すり寄って来るな」
蓮は明日香の手を振り払うと椅子を後ろに引く。エレナはそろそろ本題に入ろうと「こほん」とわざとらしく咳き込んで見せた。
「さて皆さんも知っての通り和夢さんはレジェンドレコードカードゲーム、通称LRを再開してまだ間がありません。しかしその心意気はわたくしたちと些か変わりはないと思っていますわ」
「……そんなこと言って、負けが込んだらあっさり環境デッキ使ったりしてな」
エレナの言葉に蓮が軽く毒を吐く。明日香はその声に反論する。
「え~、和夢君はそんなタイプじゃないよね。ねっ!」
「もちろんです! それにこの時点で僕、三人はずっと負けっぱなしですし……」
和夢が少し気恥ずかしそうに言うと、三人は視線を逸らし乾いたら笑いを浮かべた。
だがどれだけ負けようとも、もっと大切なものがある。和夢は一枚のカードを思い浮かべながら言葉を続ける。
「それに僕は勝つためにLRを始めたわけじゃありません。大好きなカードを使いたいから、このLRを始めたいと思ったんです!」
和夢が飾り気のない素直な言葉を口にすると、三人は思わずふわっと笑顔になる。そんな和夢のまっすぐな気持ちが嬉しくて、エレナがぱっと声を弾ませた。
「その通りですわ。魅力的なイラストやフレーバーから参入ができるのも、TCGの魅力の一つなのですから。しかしわたくし達が行くのは困難も多い険しい道のり。お覚悟をしておいてくださいね、和夢さん」
三人の目が和夢に向けられる。正直、まだLRのデッキすら持っていない和夢にはその険しさを実感できない。だがその先に楽しい世界があることは既にこの三人が示してくれた。和夢は両手を胸の前に持っていき、ギュッと握り締めていく。
「はいっ! 今日は僕のデッキ相談、よろしくお願いします‼」
「いいお返事ですわ。ようこそ和夢さん、この楽しくも深い『ユニークビルド』の世界へ」
こうして今日から和夢のLR生活が本格始動する。だがその前に、彼がこの場所に至るまでに歩んだ道のりを少しだけ語ることにしよう。




