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一鬼  〜負け戦専門の先生と僕の物語〜  作者: もちづき裕
第一章  僕と先生のはじめの物語
8/74

8)

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 山の集落の人間が山の木々を伐採し、枝おろしをして山から移動させた木材を売りに出すのが川場の人間の役目ということになる。昔から山の集落と川場の人間は付き合いが深く、互いに嫁を出したり、嫁を迎え入れたりして、血縁関係を結んでいったという過去がある。


 だからこそ、川場の人間の間にも、

「徳一という奴はヤバい奴」

 という噂が根強く広がってはいたのだ。


 子供の頃の徳一は、一旦、ブチギレたら何を仕出かすか分からないところがあり、

「巻き込まれて死にそうになった」

「本当に死にそうになったんだって!」

 という話を、川場の人間は耳にタコが出来るほど聞いていた。


「おミツが叫び出したら家の中に逃げろ!」

「家の中までは流石の徳一も入ってきやしないからな」

 という親の言いつけを子供心に聞いていた覚えもあったのだろう。


「みんな!イチがブチギレたよ!家に戻って隠れておしまい!イチがブチギレた!巻き込まれたくなければ家の奥深くに隠れておしまい!」


 供養で手薄になったところを狙ってやってきた土蜘蛛の奴らは、抵抗する若い男たちを殺して回っていたし、若い女はいないものかと家の中にまで入り込み、周り中の物を壊しながら探し回っていたのだが、

「いひひひ・・泣き叫んでも仕方がねえのよ。だあれも助けになんか来やしないんだからな」

 土蜘蛛の汚らしい男に捕まり、土の上に組み敷かれていたその女は、自分の胸に顔埋める男が急にことキレたように倒れ込んだため、悲鳴を必死になって呑み込むことになったのだ。


 男を背後からひと突きにして殺したのは間違いなく子供なのだが、その子供は全身血塗れの状態となっている。

「みんな!イチがブチギレたよ!家に戻って隠れておしまい!イチがブチギレた、巻き込まれたくなければ家の奥深くに隠れておしまい!」

 遠くから聞こえるおミツの言葉を聞いて、もしかして目の前に居るのがイチなのではないかと考えたものの、女は黙ってそのまま身動きも取らずに静止した。


 するとイチは他で悪さをする土蜘蛛の男を追って走り出して行ってしまったのだった。

 徳一のところの血筋はキレやすい。

 キレたら当たらず障らず、家の中の押し入れに隠れなくちゃいけないよ?

 静かにしなければダメ。

 声を出したらダメなのだ。


 祖母から言われた言葉を思い出した女は、男の死体の下から這い出すと、家の奥にある押入れの中に入り込んだ。家族は供養のために山に登っているから、いずれは帰って来ることになるだろう。

 だから、それまで、家族が帰って来るまで絶対にここから出ることはしない。そう誓いながら押入れの奥深くに潜り込んで行ったのだった。


「イチがキレたって?」

「本当だ!キレちゃっているみたいだよ!」

 盗賊たちから逃れて家の中に隠れていた夫婦は、そっと戸の隙間からおもてを歩く血塗れのイチの姿を眺めて生唾を呑み込んだのだった。


 徳一が子供の時にキレると手がつけられないという話は耳にタコが出来るほど聞いてはいたのだが、息子のイチもまた同じ血が流れているということなのだろうか。


 血塗れのイチがどれだけの人間を屠ったのかは想像もつかないが、幽鬼のように歩いている様が恐ろしい。

「あんた、もっと奥に引っ込むよ」

「ああ、そうだな、物音は絶対に立てるなよ」

 音を立てたらキレた悪鬼がやってくる。これは父や母から教え込まれたことだった。


 この世の中には本当に悪鬼というものがいるのかもしれない。

「もしかしたら、俺たちの町は助かったのか?」

「いや、まだ分からないよ」

 徳一の子供であるイチがキレたとして、どれくらいの時間をキレ続けられるのかは分かるわけがないのだ。


「ああ・・なんていうことだい・・イチ、頼むから正気に戻っておくれ」

 悪鬼の如きイチの容赦ない殺戮に恐れをなした男たちは逃げ出したのだが、それでもイチは幽鬼のごとく町の中を歩き続ける。


「イチ、イチ、おミツおばさんだよ!どうか私の話を聞いておくれよ!イチ!」

 何度話しかけても、イチの耳まで届かない。

 それでも懸命に声をかけ続けたところ、ようやっと血塗れのイチがおミツの方を見つめたのだった。

 その目は瞳孔が開き切っていて正気とは思えないものだったのだが、

「イチ、お願いだ、さあ、おばさんと一緒に帰ろう」

 全身をガタガタと震えさせながらおミツは懸命に呼びかけた。


 キレた兄にもおミツの言葉は届いたのだから、甥であるイチのところにも届くかもしれない。それほど可愛がってやった覚えもないけれど、それは血縁の力という奴で、

「さあ、イチ、随分と汚れてしまったから体を洗おうかね」

 おミツが強張った顔に無理やり笑顔を貼り付けて声をかけると、足を踏み出したイチが脇差片手に飛び掛かってきたのだった。

「ヒイィイイイイッ」

 思わずその場におミツが尻餅をつくと、自分から一間も離れていないところでイチがうつ伏せのまま倒れていた。


 そんなイチを足で踏みつけにしているのが、兄の徳一が、

「俺が一等大事にしている弟弟子だ!」

 と言っていた男であり、

「おミツさん、申し訳ないねえ。どうやらオレは随分と出遅れてしまったようだよ」

 と、随分と呑気な調子で言い出したのだった。


「は・・はあ・・先生・・ようやっと帰って来なすったのかい?」

「ああ、そうだよ?」

 後ろ方には牛車がポツンと道端に置かれていて、

「集落で攫われていた女の子たちを助けていたものだから、遅くなってしまったんだ」

 と、彼は悪びれる様子もなく言い出したのだった。



ゴリゴリの時代小説をライトに描いておりますが、これから有名人とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でおりますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

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