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一鬼  〜負け戦専門の先生と僕の物語〜  作者: もちづき裕
第三章  これぞ完璧なる負け戦
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第七話

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 この時、武田軍は浜松城の北方一里(約四キロ)にある有玉から西方へ向けて遠州平野内を進み出す。目の前まで来た浜松城を素通りする形で先に掘江城を開城させようと考えたのかもしれないけれど、浜松城を素通りしていく武田の大軍を見るにつけ、

「己!小癪な真似を!」

 と、家康さまが言ったのかどうかは分からない。この時、家康さまは三十歳、家臣たちの反対を押し切り、祝田の坂を下る武田軍を背後から襲撃するという作戦に打って出る事を決意した。


「「武田は先に堀江城を攻め落とした上で、腰を据えて浜松城を落とすつもりでいるのでしょう」」

「「時間が稼げたということではないでしょうか?」」

「「その間に援軍が届くやもしれませぬし!」」

「「ここは武田軍を一旦、見送る形として!」」

「ならぬ!ならぬ!ならぬ!」

 家康さまが、

「下り坂となればこちらが有利!今こそ武田の奴らめを倒す機会ではないか!」

 と、言ったかどうかは分からないけれど、とりあえずこちらを無視して行ってしまった武田様を背後から襲いかかってやろうっていう話になったみたい。


「「「「いや!いや!いや!籠城するって言っていたよねえ!」」」」

 と、僕らが居た三の曲輪にいた人間は全員思ったんだけど、恐らく城内に居た人たちはみんな同じことを思ったんじゃないのかな?


「やだ・・いやだ・・話が違うよ・・」

 半平太は目に涙が浮かべながら言い出した。

 半平太がみんなの心を代弁することになったのは言うまでもない。

「やだよお・・無理だよお・・籠城じゃなくちゃ無理だよう・・」

 半平太が涙をポロポロとこぼしていくと、半平太のお祖父さんは半平太の肩に自分の手を置きながら言い出したんだ。


「半平太、かの信玄公の家臣に酷く臆病者で、お前のように戦は嫌だとぎゃあぎゃあ泣き喚き、血を見るのは怖い。人を殺すなど恐ろしくて出来ないなどと宣うような方がおられてなあ、周りの家臣の方々は指揮が乱れるし、この者を早急に放逐した方が良いと、このように信玄公に進言したものだが、かの信玄公はその後、どうなさったと思う?」


 凄いよね。

 ここで信玄公の話を持って来る?

 これから信玄公と戦おうっていうのに、確実に敵(信玄公)の内輪の話をお祖父さんはしようとしているよね?急に出陣だっていう話になったものだから曲輪の人たちは驚き慌てていたんだけど、時間が止まったような感じで、みんながお祖父さんの方を注目したんだよ。


 信玄公の元にも半平太みたいにギャン泣きする家臣が居たっていう話だけど、信玄公は甲斐の英雄と呼ばれる人だもの。みんなの頭の中では(半平太みたいな)泣き虫がどんな末路を辿ることになったのかと、興味津々の状態になったのは言うまでもない。


「きっと放逐したんじゃないか?」

 と、近くを通りかかったおじさんが言い、

「いいや、その場で殺してしまったんだろう」

 と、その場で立ち止まったお兄さんが言う。

「それじゃあ信長様と同じじゃないか!」

 信長さまは気に食わない家臣は、どれだけ由緒正しい血筋であっても斬り殺すなんていう噂が下々の方にまで流れていたからね。


「きっと放逐したんでしょう?お前みたいな泣き虫は役立たずだって言われているはずだもん!」

 半平太が泣きべそをかきながらそう言うと、

「さにあらず」

 半平太のお祖父さんは言い出した。

「信玄公はな、臆病者とは気持の細やかな者がことをいうことよ、そこを活用いたせば使い道は充分にあるとこう仰せられたのだ」


 えーっと、急に出陣だって言われてみんなは完全に意気消沈しているような状態だったんだよね。籠城戦であれば、たとえ敵に降伏することになっても何ヶ月も先のことになるかもしれないし、もしかしたら籠城している最中に織田さまが援軍を送ってくださるかもしれない。生き残る望みが僅かにはあったわけだけれど、ここに来て出陣、自分たちを無視して通り過ぎて行った敵の背後を突くって言うんでしょう?


 これがそこら辺にいる武将が率いる一団だったらまだ話は違うんだけど、相手はあの武田信玄公でしょう?

「「「「「無理じゃん、無理、無理、無理、無理!」」」」」

 というのがみんなの意見だったんだけど、そんな時に敵である信玄公の話まで持ち出して、泣き虫はただの役立たずではなく、使い所があるっていう話をしているんだもの。


「じいさん!もしかして!信玄公のところに居た泣き虫家臣とやらは!実は素晴らしい軍師だったという話になるんじゃないのか!」

「あれだ!あれ!今まで泣きべそかいて文句ばっかり言っていたっていうのに、いざとなったら獅子奮迅の戦働きをしたとか!活躍したとか!」

「つまりはこうだ!完全なる負け戦をひっくり返したのがその泣き虫家臣だったんだ!そうだろう!じいさん!」


 みんなの頭の中では、泣き虫半平太が英雄みたいに見えて来たんじゃないのかな?

 もしかしたらこの爺さんと孫が、戦をひっくり返す知恵を持っているのではないのだろうか?


 そんな期待の目が集中することになったんだけど、お祖父さんはカッカッカと笑うと言い出した。

「泣き虫家臣殿は戦には行かず、留守となった城を守り続けることになったのだ。主人の帰りを怠けずに勤め働きながら待つ事となり、信玄公はその忠勤にいたく喜んだというかような話になるわけだ」


 何の捻りもない話だった。

 泣き虫家臣が戦場で鬼神の如く活躍するでも、神がかった頭脳を駆使して軍師として活躍するわけでもなく、

「「「「ただ、ただ、城を守っただ〜?」」」」

 集まった人々は呆れた眼差しを一斉に向けると、

「くだらぬ話よ」

「何の活躍もせぬではないか」

「だったらお前の孫も家に置いて来い」

 と、言いだして、蜘蛛の子を散らすように自分の戦準備をするために移動をしていってしまったのだった。


 僕は半平太のことを変わった子だなあと思っていたんだけど、半平太のお祖父さんも相当変わっている。呆れ果てた僕が半平太の面倒を見るお祖父さんの方を眺めていると、先生はそのお祖父さんに近づいて、懐に入れていた封書を渡したんだよね。


 そうして二言、三言話して僕の方に戻って来たんだけど・・

「先生、あれ(封書)って、確か柳生さまに頼まれていた奴ですよね?」

 僕の問いかけに先生は屈託のない様子で答えた。

「そうだ、だから渡して来た」

「えーっと・・」

 僕は先生の着物を引っ張りながら耳元まで伸び上がるようにして、

「確か、服部半蔵の義父に渡してくれって言われていましたよね?」

 と、僕は問いかけたんだ。


「ああ、だから渡しておいたぞ」

「え?」

「だから、あれが義父の阿波太郎次」

 僕らが振り返ると、半平太も、半平太のお祖父さんも、その場から消えるようにして居なくなっていたんだ。



ゴリゴリの時代小説をライトに描いておりますが、これから有名人とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でおりますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

もし宜しければ

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