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一鬼  〜負け戦専門の先生と僕の物語〜  作者: もちづき裕
第三章  これぞ完璧なる負け戦
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第一話

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

「やはりな」

 僕の先生はクックックッと笑いながら言い出した。

「そうなるだろうと思っていたよ」

 クックックックッと笑っている先生が、おもむろに角兵衛さんの方へ手を差し出すと、顔をくちゃくちゃにした角兵衛さんが自分の懐から巾着を取り出して、それは嫌そうに、本当に悔しそうな顔をしながら先生の手のひらの上にその巾着を置いたんだよね!


「クソーッ!絶対に隆景さまの養子になると思ったのにー!」

 角兵衛さんはその場で地団駄を踏んだんだけど、巾着の中身を確認した先生はピューと口笛を吹きながら言い出した。

「お城でお抱えの剣術師範という仕事は、想像以上に実入りが良い仕事なんだな〜」

 角兵衛さんから有り金を奪い取った先生はウキウキしているみたいだけど、

「先生、もしかして僕を賭けのネタとして使ったんですか?」

 と、僕が言い出したものだからその場で固まっちゃっているよ。


 先生はバツが悪そうな顔で僕の方を振り返ると、

「いや、だって、角兵衛が絶対にイチは小早川家の養子に入るとか言い出すからさ〜」

 銅銭を何枚も僕の掌の上に載せながら、

「無理だ!無理だって俺が言ってもさあ!それでも絶対に養子になるんだって角兵衛が言うからさあ、それじゃあ有り金全部をお前は賭けられるのか?みたいな話になってさー」

「それで賭けのネタにしたんですね?」

「そうだけど、ごめんなさい」

 そこで潔く先生は頭を下げて来たんだよね。


 僕の先生は僕の父さまを実の兄のように慕っているから、ちょくちょく僕の家まで遊びに来ていたんだ。もっと若い頃の先生はそりゃあ賭け事が大好きすぎて、有り金全部をスッては泣きながら僕の家に帰って来たんだよね?


 ある時、遂に堪忍袋の緒が切れた父さまが先生をボコボコにしたんだけど、その時から僕は、川場の賭博場に先生が向かうのを阻止するための見張り役をしていたんだ。


「極楽浄土に行ってしまった僕の父さまにも謝って貰わないと!」

「兄者―!ごめんなさいー!」

 先生は天に向かって拝みながら叫び声を上げたんだけど、こちらの方をくるりと振り返りながら、

「だけど、お金は大事でしょう?今後のことを考えたら仕方がないことだよね?」

 と、釈明するように言い出したんだ。


「それでイチ、お前、本当にこのまま弥五郎について歩くつもりなのか?」

 失ったお金についてはすっかり諦めた様子の角兵衛さんが問いかけて来たので、

「うん、そのつもりだよ」

 と、僕は返事をしたんだ。


 剣術を極めようとしている先生は、自分だけの剣の『型』というものを追い求めているような人なんだけど、最近になってようやく構想が出来上がって来たらしくって、武蔵の国にいる先生の先生にその出来栄えを確認して貰うつもりなんだ。


 先生の先生は僕の父さまの先生でもあるため、僕としては父さまがどんな人だったのかということを、先生の先生から直接聞きたいなあって思ったんだけど、


「お前、それ、ちょっとやめた方が良いかもしれないぞ?」

 顔を青ざめさせた角兵衛さんは、物凄く心配そうに言い出したんだ。


「弥五郎はな、何でも比叡山で仏の啓示を受けたとか何とか言っていてだな?」

 角兵衛さんは巾着の中のお金を数えている先生の方を見ながら言い出した。

「それだけでも頭がおかしいって思うだろう?」


 先生の頭がおかしいのはいつものことだけど、比叡山、比叡山といえば・・

「正覚院豪盛という比叡山の焼き討ちから逃れることが出来たお坊さまが、織田信長さまは絶対に負ける!勝つのは武田信玄さまだーっ!って言っていたんだけど」

「それだよ、それ」

 僕の言葉を聞いて、角兵衛さんはゾッとした様子で言い出した。

「弥五郎は絶対に、織田様と武田様の合戦に参加するだろう。もちろん、負けを信じて織田さま方に潜り込むつもりでいるんだろうな」


 やりそう、やりそう。負け戦が大好き過ぎる先生だったら絶対にやりそうだよ。

「本丸同士のぶつかり合いの前に、前哨戦がどれだけ続くことになるのだろうか?あいつならその全てに参加したいと言い出すだろうよ」

 角兵衛さんは心の奥底から嫌そうな表情を浮かべて言い出した。

「あいつがいつでも、負ける方につくのは当たり前のこと。イチ、お前、冗談じゃなく本当に死んでしまうぞ!」


 角兵衛さんの心配は良く分かるよ、本当の本当に良く分かるよ?だけどね?

「一応、先生としては兄とも慕う僕の父さまに、自分に何かあったら僕のことを頼むぞって念押しされる形で頼まれているものだから、僕が死んだら流石に死んだ父さまに顔向け出来ないっていう考えはあるみたいなんだよ」


 僕はおにぎりみたいな角兵衛さんの顔を見上げながら、はっきりと言ってやったよね?

「そもそもだけど、僕を養子にしようと考える隆景さまに、僕は今までどれだけ試されていたわけさ?しかもだよ?このままこの安芸に残ることになれば、邪魔者を排除するために都合よく僕は使われ続けることになるわけでしょう?」


 僕は角兵衛さんに対してきっぱりと言ってやったよね?


「僕が暗殺者に殺されそうになったって、角兵衛さんは助けくれやしないもの。僕ならやれると思った?冗談じゃないよ?最近じゃあ小早川だけでなく、毛利の人にまで悪感情を持たれているような僕がだよ?お前ならやれるで放置された挙句に殺されちゃったらどうするの?そんな危機的状況に陥るくらいならさ、先生と一緒に負け戦に参加をしていた方がまだ生き残れる確率が高いと思うんだけど?」


「イチ!俺だって悪気があったわけじゃないんだ!だって隆景様が!」

「他人の所為にしているのも腹立つし」


 この安芸の国で隆景さまに逆らえないというのは十分に理解出来るけども、それとこれとはまた別の話だよね?

「角兵衛さんの裏切り者!」

「そんな!イチ!そうじゃないんだ!」

「もう、これ以上話なんか聞きたくないよ!」


 角兵衛さんとしては、僕が安芸に残っていたら満場一致で養子になる機会も巡ってくるんじゃないかとか夢みたいなことを考えているみたいなんだけど、

「僕は母さまの幸せが一番だから!母さまの幸せと安全を考えたら、絶対に今はこの場を離れた方が良いんだって!」

 僕は角兵衛さんに向かって宣言をした。

「だからこそ、僕は諸国武者修行の旅に出るの!強くなったらきっちり戻ってくるから、それまで待っていてよ!」

「イチ〜!そんなことをお前は言うけれど〜」

「寂しいなんて寝ぼけたことは言わないでよね!」


 このままこの場に残っていたら碌なことが起こらないのは分かりきっているじゃない!問田大方さまは僕が養子になるって話で激オコ状態だったのは忘れたの?少しでも奥方さまの怒りを緩和するには、僕はこの場から消えた方が良いのに違いないんだもん!


ゴリゴリの時代小説をライトに描いておりますが、これから有名人とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でおりますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

もし宜しければ

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