第二十四話
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「子供に負けるなんてどうかしているぞ!」
「新當流は一流だと嘯いていたようだが、大したことがないのだと証明されたな!」
「戦に出ずに城にばかり引っ込んでいる理由が良く分かったわ!」
吉見家の三男である兼房は幼い時より剣術の腕が冴え渡り、諸国修行の旅の途中で新當流に出会い、免許皆伝を受けて以降は安芸へ戻って城内にある剣術道場の師範として活躍をしていたのだ。
正室である門田大方様の信頼も厚く、
「此度の試合ではあちらは子供を先鋒として出してくることになっている、絶対に仕留めよ。これは小早川本家としての命令である」
とも言われて万全の体制で臨んだものの、敗北することになってしまったのだ。
大内氏の残党狩りに参加をしているという子供の噂は耳にしていたし、その子供に御城主様が興味を持っているとも聞いていたが、
「万が一のことがあれば、角兵衛が大内氏と内通しているという嘘をでっちあげ、我らは裏切り者の討伐の為に兵を出したということにすれば良い」
ということで、試合が行われたその日のうちに夜襲を仕掛けることになったのだ。
門田大方様以下、上位に位置する人間の意向はまとめているし、兼房は謀反を未然に防いだということで褒められこそすれ、罰せられることがないように根回しを済ませている。
「子供を殺せるのであれば、大概のことには目を瞑ろう」
と、大方様が仰っていたため、門徒や家臣を従えた兼房は逆賊を討つために意気揚々と乞食が住むような小屋に火をかけた。
確かに角兵衛や食客として滞在している男は凄腕だったが、数で抑えられるはずだった。だというのに、突然現れた騎馬兵団に邪魔をされることになったのだ。
「吉見兼房、其方は残党となった大内氏と手を組み、城下に混乱をもたらすため、まずは足軽身分も多い集落への火付を行ったという事実が明るみとなっている」
縄をかけられ、白州の場へと引き出された兼房は、槍の穂先を突きつけらた。
「な・・何をおっしゃいますか! 裏切り者は矢口角兵衛とその一派に他ならず! 我らは謀反を事前に防ぐために、私兵を使っての鎮圧に出たまでで!」
小早川の人間ではない角兵衛が反逆者として殺されるのは皆の同意の元、決まったことなのだ。
自分と同じように諸国修行の旅に出たという角兵衛は確かに強者ではあるのだろうが、片腕を切断されている身で何処までも抵抗出来るわけがない。角兵衛の家で食客として滞在している男が居るには居るが、仕留められない相手ではない。
たとえ仕留め切れなくても、その場から逃亡を図った時点で裏切りを主張しているようなものなのだ。どう転んでも自分は悪くないという風に下地を作っていたはずなのに、明らかに流れがおかしくなっている。
「どうぞ! 角兵衛の家を探してみてくださいませ! やつの家には大内の者どもから渡された賄賂となる金子が隠されているはずです! 奴こそが御家に仇なす謀反人なのです!」
「その金子なのだが、其方の部屋から発見されることになったのだがな?」
縄で縛られた兼房は上から押さえつけられているような状態だったのだが、視界の中に草履を履いた足が入って来たかと思うと、太陽の光を浴びてキラキラと輝く金子が目の前に落ちてくる。
「ある日、残党狩りに従事している男が私の元へと注進にやって来たのだよ。どうやら裏切り者が我らの内部に潜んでいるようで、あちらに情報を流しているようだとな」
兼房のすぐ隣に一人の男が縄をかけられた状態で引き摺られてくる。
「小早川の家門の中には母や祖母に大内の血を引く者というものが居るようだ。血縁ゆえに発生した情という奴で、我らが情報を敵に流していたようなのだよ」
毛利元就の死後、毛利家の新たなる英雄とも言われるようになった安芸の主人、小早川隆景は引き摺り出された男を踏みつけながら言い出した。
「この男は情から動いたようだが、お主は金から裏切りに動いたようだのう?」
兼房の胸ぐらを掴んだ隆景は、滲むような笑みを浮かべながら言い出した。
「毛利側の戦力を削ぐためならば、残党に情報も流すし、火付も行う。何でもやってやろうと考えるのが小早川本家の考えという奴なのかもしれないな」
「「「とんでもございません!」」」
「「「我らにそのような意志はございません!」」」
この状況を見守っていた家臣団は慌てて声をあげたのだが、
「では、何故この男は、矢口角兵衛の家に火を放ったのだ?」
隆景は轟くような声で、
「まずは足軽雑兵の戦力を削いでやろうと考えたのではないのか?下々の者どもの命から刈り取り、次には我ら毛利に刃を向けようと考えていたのではないのか?」
隆景は脅すように言い出した。
「父上の死後であれば、私程度の人間なら容易く殺せるとでも思うたか!」
すると家臣の一人が慌てたように言い出したのだ。
「これは全て!吉見兼房の浅慮による愚考から始まったことでございます!」
すると他の家臣まで揃って言い出した。
「己の道場が負けたことがよっぽど気に食わなかったのでしょう!」
「負けたことを恨みに思い! 私兵を動かしたのは間違いない!」
「剣術の師範として何ひとつまともなことなど出来ない奴です!ここにいる吉見兼房こそが悪なのです!」
「そうか、今回のことは、我が城で剣術を指南をしていた吉見兼房が負けたことをひたすら恨みに思い、兼房個人が浅慮によって起こした行動だと言うのだな!」
「「「そうです!」」」
「「「我らは何も関係ありません!」」」
尊き血を引く者こそが重要であり、特別な人間は特別な人間同士で集まってこそ世の中は何事も問題なく進んでいくことになるのだと言っていたのに、
「わ・・わ・・私を切り捨てるおつもりですか!」
切り捨てられる尻尾と化した兼房は即座に猿轡を噛ませられ、牢へと引きずられるようにして連れて行かれることになったのだ。
後に兼房は、吉見の家が謀反の疑いを受けて取り潰されるという話を聞くことになったのだが、現れた門田大方が、
「吉見の家は潰れぬぞ」
と、兼房に向かって言い出した。
連日の取調べで大内氏の残党に情報を流す裏切り者は他に居ないのかと問われ、暴行を受け続けた兼房は息をするのもままならぬ状態だったのだが、大方様の言葉に一縷の望みを感じた。
「では、私の身柄が解放されるのも近いということでございますよね?」
縋り付くように言い出す兼房を冷たい目で見下ろした大方様は、
「何故、其方の身柄が解放されるのだ?」
と、言い出した。
「子供をまともに始末も出来ぬお前が、子供程度に負けるような者しか育てられないお前が、何故、解放されるのだ?」
門田大方は自分の爪を悔しげに噛みながら言い出した。
「其方が子供を殺さなかったから、より面倒なことになったではないか」
そう言って暗い瞳を天井に向けた大方様は、
「だがまあ、子供が生きていようが、死んでいようが、あの女の末路は決まったようなものではあるがな・・」
うっそりと暗い笑みを浮かべたのだった。
ゴリゴリの時代小説をライトに描いておりますが、これから有名人とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でおりますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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