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一鬼  〜負け戦専門の先生と僕の物語〜  作者: もちづき裕
第一章  僕と先生のはじめの物語
4/74

4)

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

「弥五郎おじさん」

「いやだ」

「弥五郎おじさん!」

「い・や・だ!名前で呼ばないでって言っているでしょう!」

「それじゃあ・・先生?」


 弥五郎おじさんは父さまと同じ剣術の師範の元で学んだ弟弟子だっていうし、それなら先生という呼び方があっているんじゃないのかな?


 そうしたら先生ときたら満更でもない様子で、

「先生、そうだな、先生呼びでいいんじゃないかな」

 と、言い出したんだよね。

 先生は自分の名前、好きじゃないんだよ。

 その理由は、

「誰が付けたのかもよく分からない名前」

 ということなのだけれど、先生ったら島生まれなのは間違いないのだけれど、物心ついた時には親が居ないというような状況だったんだよね。


 先生は僕の父さまのことを自分の本物の兄のように慕っていたし、父さまも先生のことを自分の弟のように可愛がっていた。そんな先生は父さまに甘えるようにしてちょくちょく遊びに来ていたんだけど、諸国に修行の旅に出てからはなかなか会えていなかったんだ。


 一流の剣士になることを目指す人間は、食客として戦に参戦し、そこで華々しい活躍をして名を上げる人もいれば、有名な強者と決闘をして、そこで勝つことで名を上げる人もいるんだよね。


 世の中は乱れに乱れ続けているような状態だけど、剣が一本と己の才覚さえあれば一国一城の主人だって夢じゃないという世の中だからね。己の出世を夢見て爆進していく人間が多い中で、僕の先生ときたら『負け戦専門』で戦っているのだもの。いくら負け戦の方が腕を磨けるのだとしても、

「ないわ〜」

 と、僕なんかは思っちゃう。


 そんな先生が今回も負け戦で大いに負けて、るんるん顔で笠置の山までやって来たんだけど、先生がるんるん顔で山の集落に来てくれたことは僕の運命を大きく変えるきっかけとなったのは間違いない。


 母さまを攫われる時に気を失った僕の体には、打撲痕だとか刀の切り傷だとかが無数に広がっている上に、一時は高熱も出てしまって大変な状態だったのだけれど、

「お前はとにかくツイている男だな」

 と、先生は僕の頭を撫でながら言い出したんだ。

「俺が柳生の里に行かずにここに来たから、お前は助かったんだ。ツイているよな〜。」


 近江から山城にかけての混乱はピークを過ぎたところだったので、負け戦専門で腕を磨いていた先生は(勝つ戦よりも負け戦の方が腕を磨くことが出来ると豪語する先生はどうかしていると思うけど)ちょっと気軽におやすみする程度の気持ちで僕の家へとやって来たというわけなんだ。


 そうしたら集落の一部は焼けているし、皆殺しになっているし。

 あれほどの腕の持ち主である父さまがあっけなく殺されているし。

「弁慶方式で殺したんだな〜」

 と、先生は無数の矢を受けて倒れた父様の遺体を見下ろして、大きなため息を吐き出したと言うんだよね。


 かの武蔵坊弁慶は武勇を鳴らしたことで有名だったし、

「弁慶が来たぞー!」

 と、言われるだけで逃げ出す者が続出するような豪傑だったんだけど、最後の最後は数え切れないほどの矢をその身に受けて死んだという。要するに、怖くて近づきたくないから矢で殺そうっていうことになったのだろう。


 僕の熱が少し下がったところで、父様の着物に包むような形で先生は僕を外に連れ出してくれたんだ。

 これは後から知ったことなんだけど父さまの遺体はそれはもう、見るも無惨な状態だったというんだ。僕はそんな父さまの近くに倒れていたわけなんだけど、先生は生き残りの僕を家へと移動させてしまうと、兄弟子の遺体はさっさと埋めてしまったんだ。


 父さまの体は家の裏にある山桜の木の下に埋められたんだけど、この山桜が父さまの墓標となるのだろう。その他の遺体については一箇所にまとめたようで、その上に菰をかぶせて見えないようにしていた。


 僕が外に出た時には朝霧で霞んでいたんだけど、荷物をまとめていた先生はそのままの足で山を下って行ってしまったのだった。


 僕の父さまは笠置の山中にある集落で生まれた男なんだけど、笠置山には修験者が修練をする場でもあるため、父さまを気に入って剣術の指南をしてくれた人が居たみたいなんだ。


 その修験者は父さまの才能に惚れ込んだようで、

「この山にこのまま埋もれさせるのは勿体無い!」

 ということで、父さまを連れて山を降りて行ってしまったというんだ。


 そんな父さまは縁あって有名な剣術の師範の元で剣術を学ぶことになり、諸国へ修行の旅に出ることになったんだけど、そこで知り合ったのが僕の母さまとなる人で、父さまはお腹に僕を身籠った母さまと一緒に笠置の山へと戻ってくることになったんだ。


 そんな父様の妹、ミツおばさんが木津川の川場の町に嫁いでいるんだけど、

「なんですって!みんなが殺されてしまったですって!」

 満身創痍の僕を連れてやって来た先生の説明を聞くなり、周りは大騒ぎになってしまったんだ。


 僕らの集落は木材を切り落として川まで運び、川まで運んだ木材はおばさんが嫁いだ家がある川場の町の人々が卸売する形となっていたんだけど、腕が立つ僕の父さんがいつだって問題があれば護衛として立ってくれたから、安心して生活をしているようなところがあったんだ。


 大きな町ほどではないけれど流れ者はやってくるし、時には戦に負けて逃亡してきた落武者なんかもやってくる。そういった奴らは強奪を目的として好き勝手やっていくわけだけれど、すぐさま父さまが山を駆け降りていって、川場の町を守るようなことをしていたわけなのさ。


 そんな父さまが殺されたし、集落は皆殺しになったというのだもの。

 川場のみんなも驚くのは当たり前だし、忍び寄る恐怖が大きくなってくるのも当たり前のことだよ。


 ミツおばさんの旦那さんが山の集落まで確認しに行ってくると言って出かけて行ったので、僕は暖かい囲炉裏の近くで寝かされることになったんだけど、

「イチ、水を呑まないと駄目だよ」

 おばさんは、端が欠けた茶碗に水を汲んで持って来てくれたので、

「おばさん、先生は何処?」

 と、僕は尋ねたんだ。


 川場の町に来てから先生の姿が見えなくなったんだ。

 先生が居ないだけで、僕はどうしようもないほどの大きな不安を感じていた。

「あんたの先生なら、あんたのお母さんを助けに行ったよ」

「母さま、何処に連れて行かれたのか分かったの?」

「さあ・・よく分からないんだけど・・」


 おばさんは憂いを含んだ眼差しを僕に向けながら、

「探しに行くと言ったきり、何処へともなく行ってしまったんだよ」

 と、おばさんはため息まじりに言い出したのだった。


ゴリゴリの時代小説をライトに描いておりますが、これから有名人とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でおりますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

もし宜しければ

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