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一鬼  〜負け戦専門の先生と僕の物語〜  作者: もちづき裕
第二章  西に行こう!
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第十七話

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 この後の試合は陸の上で行う!と、言い出したのは良いけれど、戦場と同じように真剣を使って試合を行うだとか、勝ち抜き戦だとか、又四郎に勝利した僕が次鋒の信勝さまと試合しなければならないとか、言っていることがめちゃくちゃだよ!


 ほら!見物に来ている町民の人たちもザワザワしちゃっているじゃない!見物に来ている家臣団の方々もザワザワしているんだけど、お爺さん師範はチラリと御簾の向こう側にいるお方様の方を見ると、

「両名!早く前へ!」

 と、大きな声を張り上げた。


 完全に問田大方さまに忖度しているじゃん。

「なんだよ・・訳がわかんないよ!」

 だけどこの雰囲気、最悪だよ。

 文句を言っていたって、どうにもならないってことなんでしょう?

 仕方なく渋々と、本当に渋々と僕が前へと進み出ると、そんな僕の方へ先生と角兵衛さんが駆け寄って来た。やっぱりおかしいよね!勝ち抜き戦だなんて聞いていないよね!ねえ!ねえ!ねえ!!


「イチ!」

 先生が僕の頭を撫で回しながら言い出した。

「吹き矢に対処出来て偉かったぞ!」

 忖度しない先生は僕に向かって大きな声で言っちゃっているけど、お爺さん師範と対戦相手の信勝さまが顔をくちゃくちゃにしているよ。


「先生!おかしいよ!絶対におかしいよ!勝ち抜き戦だなんて聞いていないよ!」

「うん、そうだな、イチ」

 今度は角兵衛さんが僕の頭を撫で回しながら、僕の耳元に口を寄せて囁いたんだ。

「正直に言うと、勝ち抜き戦で良かったと思う!」

「はい?」

「うちの門徒は生まれながらの安芸人で、しがらみだらけの人間だからな」

「はあい?」


 そしたら僕の前にかがみ込んだ先生まで言い出したんだ。

「お偉いさんからの圧と、一族郎党を巻き込んだしがらみとで、みんながんじがらめなんだよ」

「もしかして・・僕だったらしがらみがないでしょって言いたいとか?」

「「そうなんだ」」


 確かに、僕は海の男じゃない川の男だから?安芸の海は僕とは何の関係もないからとか?そういうことって訳なの?


 漁師をやっている次郎の家だって、漁で水揚げした魚なんかは市場で売っている訳だけれど、その市場を取り仕切っているのは旧家臣団の下の下の組織の人だもんね。ここで変に試合をして恨みを買ったら家業に差し障りが出るかもしれないってことだもんね。


「それじゃあ、先生や角兵衛さんにとって、勝ち抜き戦は願ったり叶ったりって感じなわけ?」

「「そうなんだ!」」

「子供の僕が試合を続けるって異常だよ!変だと思わないわけ?」

「いや、別に」

「お前だったら出来る、出来る」

「うわ〜、ないわ〜」


 僕は木刀を船の上に置いて来ちゃったし、小刀も投げちゃったから何も持っていないような状況だよ。

「それで先生、僕の武器は?」

 戦と同じような状況でやれと言うのなら、弓矢を使っても良いんじゃないのかな?


 そしたら先生ときたら僕に木刀を握らせると、

「イチ、頑張れよ」

 僕の頭を撫でて門徒たちが居る方へと移動して行ってしまったんだ。

「イチ、お前なら大丈夫だと思うが、頑張れよ」

 今度は角兵衛さんが僕の頭を撫でると、

「危なくなったら尊継さまが止めてくださるから大丈夫だ」

 と、小声で囁いて来たんだ。


 飯田尊継さまは隆景さまの腹心の部下、毛利の家臣団の人、旧家臣団とは一線を置いている人だと思うんだけど、老師範の後ろの方で試合を見守る形で立っている。


「我が門徒、イチは木刀でお相手いたす!」

 角兵衛さんは驚くほどに無情なことを言うと、待ち構えている対戦相手、内藤信勝さまの方へ僕を押し出したんだ。信勝さまは驚きを隠せない様子だったけど、お爺さん師範はニターッと嬉しそうに笑っている。


 明らかに身分が違う者同士の立ち合い試合で、身分が低い方が忖度をするのは当たり前。僕が生贄として差し出されたのだと思っただろうし、角兵衛もようやく自分の身の振り方が分かったのだろう、とでも思っているその顔が嫌だなあ!



       ◇◇◇



「今度の試合に子供が出るのですか?」

 主君である小早川隆景の言葉が信じられず、飯田尊継が思わず問いかけると、クツクツと笑った隆景は、

「その子供はおふうが産んだ子供のようなのだよ」

 と、うっとりするような表情を浮かべながら言い出したのだった。


「どうやら母を追って安芸までやって来たようなのだが、その子供が最近、残党狩りで活躍をしている鬼子だと言うのだ」

「おふう様に子供が居るとは知りませんでしたが、この地まで追いかけて来たのですね」


 英雄、毛利元就が昨年亡くなり、子がいない隆景の後継を望む者が側女候補として多くの女人を城まで送り込んで来たのだが、隆景は安芸とは何の関係もない女人に惚れ込んでしまったのだった。


 夫を殺されて無理やり連れて来られたということで、最初こそ同情から始まったようなのだが、主君が心底惚れてしまうまでの時間は驚くほどに早かった。婚姻による同盟を結ぶのに何の問題もない大家の姫であったため、毛利の家臣団としては喜ばしく思っていたし、子持ちの寡婦であるということは、実際に子供が産めるということを意味している。


 そのため、おふう自身が問題になることはないのだが、問題があるとすれば隆景の正室こそが問題だと言えるだろう。


 正室は桓武平氏流小早川本家の姫、主君である隆景はいつでも自分の妻と顔を合わせる時に、肩衣と袴を着用して賓客をもてなすような態度を取る。


 正室の兄は策に嵌りこんで強制的に出家、隠居にまで追い込まれたのだが、その結果、小早川本家と分家を乗っ取る形としたのが隆景なのだ。正室との間に子供が一人でもいれば違ったのだろうが、二人の間には谷底よりも深い溝が出来たままなのだ。


 今まで歴史ある小早川家に対する礼儀を忘れることがなかった男が、心底愛する女を手に入れた。そうなれば竹原小早川の家臣も、沼田小早川の家臣も、心おだやかでいられる訳がないのだ。


 この度、行われる試合は、新しく剣術師範を招き入れる際の審査の意味を持つ試合となってはいるが、実際には小早川家による旧家臣団と、毛利家による新家臣団よる勢力争いの様相を呈している。


「尊継、おふうの子が試合に出るのだが、万が一の時には間に入って助けるようにしてくれ」

 隆景は子供を死なせるなと尊継に言ったのではあるが、

「まあ、そんな配慮など要らぬほど、強い子ではあるのだが」

 と、その時、隆景は言葉を漏らしていたのだ。


 実際のところ、船上での子供の動きは尋常ではなかった。

 大人二人を相手にした完全に不利な状況だったというのに、一切の焦りも見せずに見事に敵を討ち果たして見せたのだ。

 次の試合は相手は真剣、子供は木刀。今、再び、子供にとって完全に不利な戦いが始まろうとしている。


ゴリゴリの時代小説をライトに描いておりますが、これから有名人とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でおりますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

もし宜しければ

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