003. 正妻現わる
恐る恐る晩餐に向かうと、ドーンと大きなテーブルにズラッと老齢に差し掛かった女性から噂の3歳の末子まで32人も座っていた。
端に座る人の顔はよく見えません。豆粒サイズです。
「はじめまして、リバース嬢。わたくしはオリアよ。一応、マーカスの正妻だったの。よろしくね。」
扉の近くにいた女性が挨拶をくれたが、新しい妾に対してとは思えない朗らかさだった。
「み、ミラ=リバースです。ミラとお呼びください。こちらこそ、よろしくお願いします。」
「久しぶりにみんな集まったものだから、ちょっといっぱいになっちゃってごめんなさいね。名前はおいおい覚えてちょうだい。」
本音かは判断つかないが、流石に顔もよく見えないのに覚えられるハズもないので助かります。
「ありがとう。私のことも、取り敢えずオリアと呼んでちょうだい。我が家は親族が集まるとかなり複雑な構成になってしまうから、みんな適当におしゃべりしたい人の近くに座ることにしてるの。」
老貴族様の年齢は80歳を過ぎていたというし、長子は60歳前後でもおかしくはない。そうなれば、子どもと孫が同じ歳ということもあり得るだろう。しかも、正妻だけでなく前妻までいらっしゃったのだ。複雑にならないわけがなかった。
複雑だという割に和気あいあいとしているが。
「奥からラディエル、テータ、ティエラ。こっちがクイナとリザよ。みんな、こちらはミラ=リバース嬢。昨日からウチにいらしてるの、よろしくね。」
10代前半と思しき女子が集まる区画に座らされる。好奇心いっぱいな瞳が眩しすぎる。消化不良になりそう。
「はじめまして、あそこに座っているセシリア様の孫で、ラディエル=プラガっていうの。ラディエルって呼んでね。」
「改めまして、ミラ=リバースです。皆さんも是非ミラとお呼びください。」
「わたしは、、、って、あ、挨拶だわ。また後で。」
ティエラと呼ばれた少女が話そうとしたとき、リーンと涼やかな鈴の音が響いた。
「久しぶりに親族が一堂に会すという喜ばしい席であるが、会した理由はロベルト公爵家当主が逝去なされたためである。葬儀は一週間後だが、これは後継のカシアスに任せる。頼むぞ、カシアス。」
朗々とした声で話す女性が次期当主かと思いきや、次期当主は隣に座っていた男性だったようだ。
改めて見ると、男性が少ない。
男性陣は3歳の末子以外固まって座っているようだ。末子を入れても6人しかいない。
なんとなく、この家の力関係が解った気がした。
当主が亡くなったとは思えないほど晩餐は和やかだった。
「久しぶりにお会いしたけど、やっぱりキース様はかっこいいわよねぇ。」
「アイラ様はなんて?」
「お母様はあまりいい顔はされないけれど、お父様は逆に薦めていらっしゃるわ。」
「抜け駆けはダメよ、ラディエル。私だって候補なんですからね。」
違う修羅場には放り込まれたようですが。
「良いなぁ、ラディエルとリザは。私だってキース様が良いけど、私にとっては伯父様なのよね。」
「あ、ミラは分かんないよね。私とテータ、ティエラはお祖父様の孫なんだけど、ラディエルとリザは玄孫なの。」
「名前の最後にアがつく女の人は、大体お祖父様の子どもで、つかないのが孫や玄孫って覚えると良いよ。」
「あ、あと、10代の女子は全員孫か玄孫だよ。」
「私たちみんな、社交界にはまだ出られないから、親族くらいしか出逢いがないの。だから、まぁ、恋してるとか、本気で結婚したいってわけじゃないんだけど、ね。」
「クイナ!わたくしは本気ですわよ。」
恋に恋するお年頃というやつですね。微笑ましい。
「でも、難しいと思うわ。テルスが言っていたもの。親族の女性が怖すぎるから、お嫁さんは親族以外で探したいって。」
「それはテルスでしょ。キース様じゃないじゃない。」
「テルスはテータの弟、ね。あそこに座ってる青い髪の男の人。キース様はその隣の黒い髪の人だよ。」
クイナとテータはまだ恋に関心が薄いのか、キース様は好みじゃないのか、ラディエル達3人の恋バナに解説を入れてくれる。
「カシアス様もキース様も言ってたってテルスが言ってたもの。」
「え?カシアス様も?」
「えー、そうなの?カシアス様、狙ってたのに。」
隣のグループから20歳前後のお姉様達が話しに加わった。と思ったら、10代のお姉様までこっちを見ていらっしゃる。
「カシアス様には騎士団長との熱い関係を大事にしていただきたいわ。」
「えー、騎士団長より王太子様でしょう。」
クイナが首を振っているということはきっと、男色というのは事実無根なのだろう。腐った女子の妄想が今世でも流行っているのか。
「クイナは何人兄弟なの?」
「三人よ。」
「ウチはテルスと2人兄妹。」
クイナとテータ以外は腐ったお姉様方に薫陶を受けているようだ。こうやって、薄い本は広まっていくのだろう。
「いいの?テータ。テルスの話もしてるよ。」
「やめてよ。兄をネタにした話なんて聞きたいわけないじゃない。」
取り敢えず、男性陣の席が離れていて良かったですね。双方にとって。