プロローグ4 夏椰……領主家の一人目の目覚め
ケセウスの町を出発してロドリア商隊と一緒に移動し一ヶ月、漸くウィステリア領の城下町に入る。ただ入る前に検問があった。身分証明書(IDカード)の提示である。
自分の持つIDカードはリアルではあったが、VRMMORPGゲームハイフリーワールドでは冒険者カードが身分証明書だったので無い。だが念のためと思いアイテムボックス画面を開くと、あった「身分証明書(IDカード)」と、それは神崎領で姉の雪華がせっせと造っていた代物だった。これ使えるのか?と思いながら取り出すと冒険者カードと同じく苗字が変わっている。
「夏椰さん身分証明書(IDカード)持っていますか?」
「あぁはい一応は……使えるか解りませんが」
ロドリア商隊のまとめ役ロドリアさんから言われ、夏椰は冷や汗ものの身分証明書(IDカード)を手に持っていた。
それを見てパロルさんがギルマスに呼ばれた時みたいになるんじゃないかと冷やかしていた。
実際同様の事が起きた、検問所で待っていたのは冒険者ギルド本部のギルドマスターで人族の松永という男と家令の月宮であった。
「……月宮さん……」
「夏椰様、お懐かしゅうございます」
「この方がそうなのですか、月宮さん」
「はい、そうです」
「初めまして冒険者ギルド本部のギルドマスターを勤めております松永と申します」
「えっと、その……初めまして……って月宮さん内緒って……」
「承知してございます、どうぞこちらに」
月宮は懐かしそうに夏椰を呼び近づいてきた。その横にはギルマスの松永さんも挨拶をして、戸惑う夏椰を月宮が誘導し、松永さんが同行してきた商隊と冒険者に何かを言いにいっていた。
「ロドリア商隊と暁のファルコンの皆には、大事な方をよく無事にお連れしてくれた。礼を言う」
「大事な方? 夏椰が?」
「そうだ、詳しくは話せないが、とても大事なお方だ、明日二人とも本部に顔を出してくれないか」
「あぁ解った」
「あの夏椰さんをこちらまでお送りする旅費を頂いていないのですが」
「それも含めて明日にロドリアさん」
「解りました、明日本部にお伺いいたします」
そう言ってここで夏椰とは分かれた、月宮に連れられた夏椰は挨拶もそこそこに検問所を越えていき、豪華な馬車に乗っていった。
翌日本部に行った二人は大金と共に夏椰がウィステリア領主家の関係者であると知らされた。
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馬車に揺られること1時間半、領都と呼ばれるにふさわしい賑わいを見せている城下町であるが、何故か300年前の面影がちらほら残っている、そして遠くからでも見える山裾に建つドデカい城、それが今の神崎家だと月見は言った。
「いったい何が起こっているのか、月宮さんには解っているのか?」
「詳しいことは私にも解りません、正直私も去年こちらで目覚めたのです」
「目覚めたと言うと、具体的には?」
「丁度一年ちょっと前の事です、神崎家だった建物が城に変わっており、私はその敷地内で倒れていたそうです。その時庭師だった者が私を城に連れて来たらしいのですが、……夏椰様もおかしな事にお気づきですよね」
「まぁな、その庭師NPCだろ?」
「はい、そうです、城じたいは雪華様がここで領主をするときに建てた物でしたが規模が大きくなっているような気がしていますし、ここで雇っていたNPCが人間の様な動きや感情を見せるもので、慣れるまでずいぶんかかりました」
「おかしいことは他にも色々あるんだけどねぇ、身分証明書(IDカード)やら冒険者カードやらもそうだし、通貨価値も違うし極めつけは冒険者レベルだよ、何なんだあれ、二桁が普通って三桁レベルがほぼ居ないし、ここはあのゲームなのか? 違うのか?」
「夏椰様のおっしゃりたい事は重々承知しております、ですが今は我々も何をどうすればよいか手探り状態なのです、ウィステリア領内はゲーム時代の面影と300年前に我々が住んでいた物が混在しているといってもいい感じです」
「我々って他にもいるのかプレイヤー」
「小花衣も私と数日違いで目覚めております」
「………マジで?」
「はい、小花衣は自身の塔で目覚めたようです、何が起こっているのか解らずとりあえず塔を起動させるために魔力を注いだそうです。その時はまだ自身がゲームの中にいるものだと思ったそうです」
「塔かぁ~そういえば俺も自分の塔に行けば解るかな?」
「夏椰様の塔は電波塔でしたね、先にそちらに参りましょうか?」
「いや、それは後でもいいよ、それに月宮さんも管理していただろ? 何だっけあれ将棋みたいなの」
「軍人将棋です、知っている者が少ない時代でしたが雪華様はお強かったです、実際は知らない者の方が多かったのでゲーム内だけでも復活させられたらと思って造ったのですが……まだ起動させに行ってはいないのです」
「何故?」
「色々ありまして、時間がないと言うか……」
「なるほど、でも早めに起動しておいた方がいいだろうな、スキルマスター同士の連絡ができるし」
そんな話をしている間に、馬車は城に着いた。それを見て唖然とした夏椰、大きいとは聞いていたが、本当に大きくなっていることにまず驚いた。
「……なぁ、でかくなり過ぎじゃないのか、これ? まるで王宮じゃん」
「はぁ私も驚きました、ですが確かに雪華様のお建てになったものです、夏椰様がゲームに参加されており、我々もいるからと建てられたものだったのですが」
「だよなぁ~」
見上げれば首が痛いと思ってしまうほどの高さである、月宮に促されて城の中に入ると、NPCらしき者達が恭しく出迎えてくれる。そして小花衣が戻っていると報告がされていた。
通された部屋は広い応接間のようなリビングのようなよくわからないが豪華な作りの部屋だった。そこに小花衣が立って待っていた。
「お帰りなさいませ夏椰様、お待ち申し上げておりました」
「うん、ただいま……」
NPCの顔は覚えている、時々ゲーム中に訊ねることもあったため、顔を見知っている者も何人かいた。お茶を用意し出してくれる。そして月宮は小花衣以外の全ての者を退出させる。相変わらずこう言うことは慣れているのだろう、変わらないなぁと夏椰は思った。
「さて、夏椰様がお戻りになられたのだが、これからの事を話し合いたいと思います」
「その前にさ、小花衣さんが目覚めた時の事を聞いてみたいんだけど」
夏椰にそういわれて小花衣は話し始めた、塔で目覚めまだゲームをしていると感じながらも、塔の中の様子がおかしいのに気づいた、かなり手入れもされず放置された様相だったからだ。
魔力切れかと思い守護者に魔力を注いだ所、全てが元通りになったとの事。そして300年も放置されたと守護者から言われて、何を言っているのか解らない状況に陥ったとの事。
とりあえずの状況を聞いて直ぐに城に向かうと、月宮がいてお互いの情報交換をしたという。
「なるほど……、じゃ今の所塔を復活させてるのは小花衣さんの所だけだな」
「はい」
「ならば、俺も月宮さんも復活だけはしておいて入り口は小花衣さんの所以外は閉じておいた方が無難だろうな」
「それは何故?」
「小花衣さんの所は確か初心者の塔だっただろう、姉貴に倣ったような感じで、対象はたしか冒険者予備校を卒業したものからだったはずだ」
「さようです、よく覚えておいでで」
「だからせめて100レベルくらいまでの冒険者は居て欲しい……、って気が何となくだがするんだよ、その辺調整してそれ以上は階層の入り口を閉じるって事はできるか?」
「調整は可能だと思います。ただ運営が無いと考えれば確実にどこまでできるかわからないと言う気はいたしますが」
「できるだけで良いさ、少なくとも俺ら三人が元プレイヤーって事だったのは事実だし、他にいるのかどうかも不明、第一姉貴が戻ってこない限り真相にたどりつけない気がする」
「それはどういう事でしょうか?」
「実はここに来るまでに色々な人から歴史を聞いたんだけど、正直姉貴が初期に書いていたシナリオにほぼそっくりなんだよ」
「雪華様が書かれた?」
「そうVRMMORPGゲームハイフリーワールドは元々藤華の前期生だった頃、姉貴がプロミン部に入っていたクラスメイトに頼まれて書いてシナリオだったんだ、俺も読ませて貰っていたから知っている、後期生に入ってベータ版から試した後、正式に製品化されてから色々弄られてしまったからだいぶ変わっているんだけど、ここの歴史って初期のシナリオにそっくりなんだよ。だから真相は姉貴に聞いた方がおおよその予測ができるし対処も可能だと思う」
「しかし雪華様が戻ってこられるという保証がありません」
「住人が言っていただろう、ウィステリア家は眠っていると神々の使者が言っていたと、ならばきっといつか戻るんじゃねぇかと思う、最低でもうちの家族や神崎の血をもつものならってはなしだけどな」
「ですが我々は神崎家の人間ではありませんよ」
「戦争が起こる前から大災害があっただろう、あの頃姉貴は何をしていた?」
夏椰の言葉に二人は思い出すように考えていた、何をしていたのか、彼らにとっては殆どが政治家相手や神崎領の治安維持とスライム討伐と結界を張るために動いていたという認識である。
「それもあるが姉貴さ、最初は皆に内緒にしていたけど途中から隠すことなく魔力や術を遠慮なく使い始めていただろう、特に魔法の水を飲むようにと」
「あぁそういえば……」
「あれ、何か関係あるんじゃねぇかって俺はおもうんだけどな」
夏椰の言葉に思い当たる節がある、結界も大規模だった、普通の陰陽師が使う結界なんか比べものにならない程の大結界、あれが魔法の結界なら、また魔法の水を領地に行き渡らせるように整備も魔法でしていた気がする。
身分証明書(IDカード)も特殊な石の様なものでせっせと沢山造っていたのを思い出した。
「では、わかっていた?」
「姉貴が神崎家の陰陽師としての血と魔法使いだった曾祖母ちゃんの血を色濃く受け継いだだけではなく、確か始祖の魂を持つとか何とか言っていただろう、予知夢とかそういうの確率だけで言えばほぼ100%に近かったような気がしているんだけど、二人はどう思う?」
「確かに……」
「総帥よりも予知能力は高かったですね」
「何かを感じて、それに対処するためにも動いていたなら、今起こっている事も何かわかるかもしれないって思う。でもこれは内密にした方がいい、姉貴が戻るまで俺たち三人だけの秘密の方がいいと思う」
「わかりました」
「そうですね、その方が身の安全を考える事にも気をつけるた方がいいでしょう」
「身の安全に気をつける?」
「ここの王家ですよ、あのゲームの世界ならNPCの国王でしょう、でも私は何故かそう思えないのです、少し気になる事もありますが、それは雪華様にお伝えしてからでないと判断が付きかねます、それを考えますと王家に対しての警戒は必要と感じております」
「歴史を考えれば怒らすなとか言われているらしいからな、なら月宮さんの言う様に慎重に行動するようにしよう、とりあえず今すべきは塔を復活させて閉鎖する、そしてこの領地の維持だ」
夏椰が決定を下して、月宮と小花衣はそれに従うことにした、今現在元神崎家の人間は夏椰だけであるためだ。
稚拙な文章をお読みになって頂きありがとう御座います。
ご感想に対する返信返しは超苦手なので、出来ないことが多いかもしれませんが、長い目で見ていただけると幸いです。