11月21日(月)
「マツザキくん、恋愛は好きになったほうが負けなんだって……」
隣のタツミが、なんの脈絡もなくぽつりと言った。
夕暮れの放課後、俺たちは寂れた小さな公園のブランコに乗っていた。俺は漕ぐのを止めた。タツミも漕ぐのを止めて俯いた。その目は足元の長い影へと注がれている。
「でもね、私は違うと思う。だって、恋愛って勝ち負けじゃないと思うから。恋愛に勝敗なんていらないと思わない? 好きな人と一緒にいるときに、どっちが勝ってるとか、どっちが負けてるとか、バカらしいじゃん」
「どうしたんだ急に……?」
「どうもしないよ。ただそう思っただけ。マツザキくんはどう思う?」
俺は首をひねった。難しい。そんなこと考えたこともなかった。考えたことないから、俺は直感で答えた。
「おおむね、タツミの意見に同意だな」
「おおむねってどういう意味?」
「おおむねとは、大体って意味だ」
「そうじゃなくて、そんなのはわかってるし、おおむねの言葉の意味じゃなくて、同意できない部分を教えて欲しいって言ったの」
「そうだな……相手も好きになって、お互いが好き同士なら両者負けでドローなんじゃないかな、って思った」
「ふぅーん。でも、私はね、好きになったほうが負けって、先に好きになったほうが負けって解釈してた。告白した方が敗者で、告白された方が勝者になる。勝ち負けって上下関係に通じると思わない? だから先に好きになったほうがずっと相手の下につくことになるって意味だと思ってたな」
「なるほど、そういう解釈もあるか」
俺はゆっくり、小さくブランコを漕いだ。漕ぐというよりは、安楽椅子のように前後に揺れるようなものだった。
「マツザキくんはさ、負けたことある?」
俺は再び漕ぐのを止めた。タツミがこっちを横目で見ていた。夕暮れのオレンジ色に染まるタツミの横顔が、ひどく妖しく美しく、何やら心に訴えかけてくるようだった。
俺はこの時点で既に自分が負けているような気がした。絶対に認めたくはないけれど。
「タツミは……?」
「ズルいよ。質問に質問で返すのは。でも、私はあるよ。でも、ひょっとしたら負けてないかも」
「俺もひょっとしたらタツミと同じかも……」
俺たちは言葉もなく、しばらくの間見つめあった。公園を彩る夕日が互いの表情を隠した。タツミの目がどのような意味合いを持っていても、今は夕日色がそれをカムフラージュしてしまっていた。それはきっと俺も同じだろう。きっと俺たちは今、互いを探り合っている、そんな気がした。俺はタツミに見惚れてしまっていた。だから、もしタツミが俺に見惚れていないのなら、俺の気持ちはタツミに筒抜けかもしれない。
「私は、負けたくないなぁ……」
タツミがニッコリと笑った。無邪気な笑いが、美しい顔立ちと夕日に混じって、幻想的にさえ見えた。まるで夢の中にいるかのような、非現実的な感覚があった。目が陽にやられたのかもしれない。
「それは多分、俺もそうだな……」
言ってから、しまったと思った。あまりにも正直過ぎた。負けるが勝ちという言葉もある。俺が負けていれば……。
「ふふっ、私、恋愛は勝敗じゃない、なんて言っておきながら、勝ち負けにこだわってるね」
タツミがクスクス笑った。つられて俺も笑った。ある意味、俺は既に負けていた。これは負けたのを誤魔化す卑屈な笑いだった。いくじのない男にしか味わえない完全敗北だ。でも、そんなに嫌な気がしていないのは、きっとタツミが可愛いせいだ。
「でも、それがタツミの良いところだと思うな。どんなゲームだってさ、ある程度勝ち負けにこだわったほうが面白いだろ? 恋愛だってよくゲームみたいなもんだろ?」
「マツザキくんは恋愛がゲームだと思うの?」
「ゲームの定義が、駆け引きだとするなら恋愛もそうじゃないか?」
「だとすると、マツザキくんは強そうだね?」
俺は笑った。タツミは気付いたかわからないが、ほんの少し苦笑いだった。恋愛が駆け引きなら、俺は今、一敗地に塗れたところだ。それとも、タツミはそれを知りながら皮肉を言ったのだろうか? だとしたら大した相手だ。俺の敵う相手じゃない。
「そうだといいんだけどな」
「きっとそうだよ。そうやって将来はたくさんの女の子を泣かすんだ」
「人聞きの悪いことを言うなよ」
俺たちは笑った。
今回のところは俺の完敗だった。素直に負けていれば、負けつつも得るものがあったかもしれないのに、今日は敗北感しか得られなかった。
ポジティブな点があるとしたらただ一つ、夕日に染まるタツミはやっぱり可愛いということを再確認できた、それだけだった。




