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11月17日(木)

 放課後の買い食い。それは成長期の腹の減りやすい少年少女にとって必要不可欠な栄養補給である。


「『ブラザーフッズ』の練習が無くて残念だね~」


 隣でタツミが、さきほどコンビニで買ってきた肉まんを食べながら言った。


 俺たちは今、公園のベンチに座っている。ときおり冷たい木枯らしが吹くが、陽があるのでさほど寒くない。


「ブルー(俺)とサーモンピンク(タツミ)以外の全員が風邪ひいて休んでるから仕方がない。十一月に半袖なんか着て遊んでるからだ」


 昨日は昼休みと放課後に、ブラザーフッズの大練習と称して皆で集まり、キャッチボールやノックをテキトーにして遊んでいたのだが、あろうことか俺以外のブラザーフッズメンバーはユニフォームである半袖Tシャツ着用したまま、日が暮れるまで遊んでいたのだ。皆『ノリ』でそんなことしてたらしいが、あの比較的冷静なトキさんとウンノまでもそんなわけのわからんノリにノッてしまうのだから、全くノリとは恐ろしい。


「タツミ、君もTシャツ着てたけど、よく風邪ひかなかったな」


「そらアレですよ、なんちゃらは風邪引かないって言いますからね! って、誰がバカやね~ん!」


 タツミ渾身のセルフボケノリツッコミが炸裂した。何故かタツミに肩を叩かれた。直後に吹く木枯らしがいい味を出していた。お寒いギャグは冷たい風吹く季節こそ似合うのかもしれない。


「マッチョンってさ、野球上手いよね」


「マッチョンって言うな。マッチョみたいだ。ま、野球やってたからな。やってない人よりは上手いと思う」


「ねぇ、なんでやめたのか聞いていい……?」


「……面白くないことがあって、それまで楽しいと思ってた野球が全然楽しくなくなったからさ」


 それ以上は話す気がどうしても起きなかった。話すのも気分が良くないし、聞いていても決して気分の良いものじゃない。それに理由は一つじゃない。いろんなことの積み重ねだから、全部話せば長くなってしまう。長くて気持ちのよくない話なんて、極力しないに限る。


「そっか、ごめんね……」


 謝られるようなことを言われたつもりも言ったつもりはないが、タツミは俺の表情から内心をうっすら察したらしい。タツミらしい優しさだが、少し過敏に反応しすぎているようにも思う。


「謝るようなことじゃないよ」


「ならいいんだけど」


 変な沈黙が訪れた。木枯らしに吹かれ、ベンチに並んで黙々と肉まん食う二人の男女。別に悪いことじゃないはずだが、なんとなく気まずい。


 これを打開するには、今度は俺から話しかけるべきだと思った。


「タツミはさ、野球好きなのか?」


「プロ野球とかは見たりしないね。高校野球もそんなに見ないかなぁ。でも、遊びでするのは好きだよ。マツザキくんとキャッチボールすると楽しいし」


「野球が好きというより、スポーツが好きって感じか」


「多分それ。昔、お父さんが野球場に連れて行ってくれたことがあるんだけど、つまらなかったことしか覚えてないし。野球は観るよりやったほうが面白いね」


「俺も同意だな」


「ねぇ、食べ終わったらさ、腹ごなしにキャッチボールしない?」


「ああ、いいよ」


 食べ終わって、少し間をおいてから俺たちはキャッチボールを始めた。タツミの球は初めてキャッチボールした頃より断然速く正確になっていた。素晴らしい成長速度だ。タツミはセンスがある。


「ちょっと本気で投げてい~い?」


 タツミがニヤリと笑って言った。


「前もそんなこと言って、とんでもない暴投した気がするけど?」


「あの頃の私はもういないんだよ?」


「ほう、なら、試してみな」


 俺は目測でタツミから約十八メートルの距離を取り、座った。グローブを右手でボスンと叩いた。気分はもうノムさんだ。


「さ、こい!」


「いくよ~!」


 タツミが高々と足を上げた。前もこんなフォームだったが、どうやらタツミはいにしえの漫画の主人公、星飛雄馬リスペクトらしい。


「ザ・スペシャルマジックボール壱号! タツミストレート! てやああああ!!!」


 すごい勢いで放たれた最悪のネーミングセンスのボールは、俺の頭上明後日の方へと飛び去っていった。


「大陸間弾道弾でも迎撃するつもりか?」


「き、今日は調子が悪かったみたい……」


 てへぺろと、舌を出して笑うタツミ。そのあざとい可愛さに免じて今日のところは許してやる。俺は肩をすくめ、遥か後方へと飛んでいったボールを探しに行った。


 ただのキャッチボール、いや、ちょっぴりバカしながらのキャッチボールがとても楽しかった。少なくともあの頃よりは間違いなく今の方が楽しい。タツミとのキャッチボールはあの頃の嫌な記憶さえ優しく浄化してくれる、そんな気がした。

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