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11月8日(火)

 昨日から『文化祭ウィーク』が始まっている。日曜日の文化祭に向けての準備期間であり、この間は午後九時まで学校にいることが許可されていて、我がクラスの有志たちは日が落ちてもまだ学校に残って作業を進めていた。


 そんなとき、タツミから着信があった。スマホを見てみると、


『マツザキくんに告ぐ!(旗の絵文字) 今すぐこっちに来なさい!(カメレオンの絵文字)』


 メッセージが着ていた。


 ()()()と書いてあるが、()()()がどこなのかわからない。約束もしていないし。()()()で連想される場所も思い当たらない。


 どこだよ、と送ろうとしたとき、またタツミからのメッセージ。


『ちなみに私は今、いつもの場所にいます!(魚の絵文字) 早くこないと何百年分も損しちゃうぞ(侍の絵文字)』


 俺はすかさず、


『どこだよ』


 と、送ってやった。すぐに返事が着た。


『駐輪場横のあそこだよ!(鬼の絵文字) 駐輪場横の!(爆弾の絵文字)』


 ああ、なるほど、タツミも学校にいたのか。ま、まだまだ文化祭の準備で忙しい時期だから、当然といえば当然か。


『OK すぐ行くよ』


 そう送って、俺は一旦作業を中断し、いざタツミの元へ。


 俺のベストプレイスにタツミはいた。夜のベストプレイスは結構おっかない。暗くて寒くて、タツミの姿も闇に紛れておぼろげだ。遠目にはタツミの姿はほとんどシルエットで、女の幽霊にも見えかねなかった。


「遅いよ~。ちょっと待たせ過ぎじゃない?」


 タツミがにっこりと笑って言った。その明るい声と笑顔からして、やはり幽霊じゃないらしい。


「遅いって、三分も経ってないだろ」


「だって、十分(じっぷん)も前からいたんだよ?」


「だったら十分前に送ってこいよ」


「メッセージ送らなくても来てくれるかな? って密かに期待してたんだ。乙女っぽいでしょ?」


「意味わかんねーよ」


 乙女っぽいというより馬鹿っぽい。でも、馬鹿は馬鹿でも害のない幸せそうな馬鹿だ。愛すべき馬鹿ってやつだ。そしてタツミはそれがよく似合う。


「で、何の用だ? わざわざこんな暗いところに呼び出して。暗がりで俺に会いたかった、てわけじゃないだろ? あと、三百年分ってなんだよ?」


「ふふふ、それはアレを見たらわかるよ……!」


 タツミが空を指さした。もうすっかり日は落ちたが存外明るい空を突き刺すように指を鋭く向けた。その先には大きな月。それを見て、俺は今朝のニュースを思い出した。


「あ、そっか。今日は月食だ」


 真冬ほどではないが寒々とした空に、月がおぼろに欠けていた。昔の人間が月食を凶兆と思ったのも納得できる。それほど奇妙で不気味な月だった。気温が低いせいだとは思うが、背筋も少し冷たくなったような気がした。


「凄いよね。次に見られるのは三百うん十年後なんだって。前はたしか四百年前だったかな? 何百年に一度の現象が見られるなんて、私たちって物凄く運が良いと思わない? これって運命だと思わない?」


「運命か……。たまたまとか、偶然とかいうやつだな」


「あれ? マツザキくん、月とかあんまり興味ないタイプ? 花より団子派? 夏目漱石はI LOVE YOU を『月がきれいですね』って訳したんだよ?」


「夏目漱石はそんなチープなこと言わないと思うな」


 俺は夏目漱石をいくつか読んだことがある。そこで思うが、あの有名な訳はどうにも腑に落ちない。そんなダサいこと、あの文豪が書いたり言ったりするとどうしても思えなかった。


「いいんだよ、事実なんてさ。ロマンってそんなもんでしょ?」


「まぁ、そんなもんかもな」


 ま、ロマンは人それぞれだし、な。


「……なんか、今日のマツザキくん冷たくない?」


「気のせいだ。気温が低いのを俺が冷たいのと勘違いしているんじゃないか?」


「そうかなぁ?」


「そうだよ」


「本当に?」


「本当」


「マジで?」


「本当と書いて、マジと読む」


「ふぅん、ならいいんだけど……」


「本当のこと言うと、月食はあんまり興味がないんだよ。でも、なんでかわかる?」


「全然わかんない」


「それは地上の、すぐ近くに、手を伸ばせば届きそうな距離に、もっと綺麗なものがあるからさ。ま、月もタツミほどじゃないってことさ」


 本心を冗談交じりに吐露した。月食とそれに照らされる夜のタツミには、俺にこんなキザったらしくて気取った言葉を言わせるだけの魔力があった。


「ぷっ」


 あろうことかタツミは俺の渾身の決めセリフを笑った。


「あっははは! マツザキくんって本当、面白いよね。『あま~い』って言うあのお笑い芸人みたいだったよ。よくとっさにそんなことが言えるよね? 普段からそんなことばかり考えてるの?」


「本心だよ。で、今のセリフどうだった? 夏目漱石超えただろ?」


「不遜だね~、マツザキくんは。でも、たしかに悪くないかも。お笑い風に言わなかったら、いい口説き文句かもね?」


「次までに練習しとくよ」


「三百年後のためにね?」


「ワンチャンあると思ってるぜ? 意外と長生きかもしれないからな」


 何百年に一度かの夜を面白い美少女と過ごす夜、悪くない。夏目漱石うんぬんはロマンもクソもないと思うが、月食とタツミは間違いなくロマンチックな取合わせだ。少なくとも俺はそう強く思った。

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