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10月26日(水)

「今日のテストはどうだった? ちなみに私はバッチグー」


「ぼちぼちでんがな」


「なんで急に関西弁?」


「そっちこそ、バッチグーは古すぎるよ」


 ほとんど昼に近い秋の爽やかな午前、俺とタツミは馬鹿な会話をしながらチャリで家路を辿っていた。


「逆にナウいと思うんだけどなー?」


「ナウくねーよ。モガのつもりか?」


「マツザキくんこそモボ?」


「ホモじゃねーよ。ばりっばりのストレートだ。可愛い女の子には目がないんだ」


「ホモなんて言ってないよ。モ、ボ。モボ。モダンボーイ」


「わかってるよ」


 川の上の鉄橋を通った。鉄橋の上はとてもすがすがしい風が吹いていた。少し冷たいが、このくらいの時間になると、朝とは違って暖かだから、冷たいくらいが肌に心地いい。雲の少ない空は青々と晴れ渡り、朝の寒さを警戒して少し厚着の俺には、この陽光はちょっぴり暑いくらいだった。風と陽のバランスが絶妙な天気。まさに行楽日和なのだが、テスト期間中なので行楽してる場合じゃないのが至極残念だった。


「マッツンはさぁ、最近フィバってる?」


「タッチョン、俺はいつだってフィバってるぜ。なんせウルトラCでゴーゴーでツイストだからな」


「マジ? チョベリグじゃん! じゃあ今日のテストもあげぽよ?」


「正直に言うと、ぴえん……。えんがちょ、って感じだな。グロッキーでゲロゲ~ロ」


「それは困ったちゃんだね。しらけ鳥飛んじゃうね」


「と、見せかけて、本当は余裕のよっちゃん! モーレツにめちゃんこ勉強の成果でまくりんぐ! 良い点が期待できてマンモスうれP! これもタツミのおかげだよ」


「イカす! アゲアゲだね! さすがマツザキくん! いよっ大統領! ニクいねあんちくしょう!」


「う~ん、マンダム! おきゃんもおしゃまもドンと来い! ゲッツ!」


「おったまげー! のすっとこどっこい! KYアッシー君! 今でしょ!?」


「エモい! ちょいわる! どんだけ~! タツミしか勝たん!」


「神ってる忖度! だっちゅ~の? ところがどっこい、トンズラしまっせ!」


「……」


「……」


「やめよう……なんかもう、色々と疲れたよ……。疲れ果ててしまったよ……」


「うん、そうだね……。ちょっとそこのベンチで休憩してこ」


「それがいいな」


 古今の流行語を無理矢理用いた意味不明な会話に終止符が打たれた。なぜかテストより疲れた気がした。俺たちはこの精神的ダメージを癒すべく、河川敷のベンチで小休止することにした。途中、自販機でつめた~いコーラを買った。今の俺には冷たさとカフェインが必要だった。ちなみにタツミもコーラを買っていた。タツミがコーラを買うのは珍しい。初めて見た。きっとタツミも俺と同じ気持ちだったのだろう。


「か~っ! 冷たいコーラが身にしみるねぇ!」


 凄い飲みっぷりだった。タツミはなぜかベンチに座らず、風呂上がりの牛乳スタイル、つまり腰に手を当て、仁王立ちでコーラをごくごくと喉を鳴らして飲んだ。今日のタツミはいつもよりワイルドだった。


 たしかにタツミの言う通りだった。気候的にもちょうどいいし、何よりテスト後の開放感とコーラの甘さと炭酸がベストマッチだった。冷たい炭酸が喉を刺激する感じがとてつもなく心地よかった。


「コーラが美味しいね! 生きててよかった!」


 タツミがベンチに座る俺の隣にペタンと勢いよく腰掛けて言った。


「大げさだなぁ」


「マツザキくんが隣にいてくれるからかなぁ?」


「トトロより、山田くんより隣りにいて欲しい存在だろ?」


 冗談に冗談で返したつもりだったのだが、隣のタツミを見ると、顔を真赤にさせて固まっていた。目が合うと、タツミは途端に目をそらして、前方に広がる、陽光にきらめく水面を赤い顔して眺めだした。


 え、冗談じゃないの……? そんな反応をされたら、そう思ってしまう。誰だってそうだろ? 俺だってそうだ。


 なんだか俺も顔が熱くなってきた。俺も川へと視線を移した。秋の陽に照らされた川が砂金を散りばめたようにキラキラしていて美しいはずなのだが、そんなことは頭に入ってこなかった。


 しかし、急にどうしたんだタツミのやつ? さっきのはいつもの冗談じゃないのか? 冗談じゃなかったとしても、深い意味のないいつものやり取りじゃなかったのか? じゃあどういうつもりで言ったんだ? 冗談にしか聞こえなかったのに、なんでタツミはそんな赤い顔をしているんだ? 俺は、何かを期待していいのか? まったく、あんなセリフであんな顔をされたら、こっちが照れるって……。


 水面を見つめ、コーラを飲みながらも、俺の頭の中は思考でぐるぐるしていた。


「あ、あの、さっきの、変な意味じゃないからね!? あ、でも、嫌いじゃないし、むしろ、その、あの、隣りにいてくれて嬉しいのはホントだから! あ、でも変な意味じゃなくてね!?」


 ものすごくパニクってる。目がオリンピック金メダリストの百メートル競泳くらいもの凄い勢いで左右に泳いでるし、そのくせ一度たりとも俺とは目が合わないし、やけに早口だし、表情の変化も動画の早回しみたいだ。


 パニクってるやつを見ると、逆にこっちは冷静になれるもんで、俺は今ではそんなタツミを微笑ましく観察することができた。タツミは普段から面白いやつだが、やっぱり今日のタツミも面白かった。いつもとは違うが、そこが新鮮で可愛らしくて微笑ましい。思わずニヤニヤしてしまうほど。


「あー、もうとにかく! マツザキくんならわかるでしょ!? 私の言いたいこと!? ていうかわかって!?」


 しまいには怒りはじめた。勝手に自爆して勝手に怒るタツミも可愛らしい。そんでもってやっぱり面白い。俺は思わず声を出して笑ってしまった。


「あははははっ! わかってる、わかってるって! そんなムキに必死になると、逆に変な意味に聞こえてくるぞ?」


「え、えぇ~!?」


 両手で顔を抑えて身悶えするタツミ。いよいよ末期症状だ。


「まま、コーラでも飲みなされ」


 俺はタツミにコーラを渡してやった。タツミはそれを素直に手に取り、一気に喉に流し込んだ。その途中で、


「それ、俺のコーラだぞ? 間接キスだな?」


「ブーッ!」


「うおっ!?」


 マーライオンくらいコーラを噴出するタツミ。今日のタツミはキレが凄い。まるでギャグマンガみたいだ。


「冗談だって。俺のコーラはこっち」


「むぉ~~~う! マツザキくんのバカ! 変態! 色情狂! 露出狂!」


「前半は甘んじて受け入れるが、後半は事実無根にもほどがあるな」


 テスト期間中とは思えないくらい楽しい時間だった。この瞬間だけテストのことを忘れられた。秋の昼頃、青い空、冷えたコーラ、そしておもしろおかしいタツミ……。テストも悪くなかったし、俺にとっても生きててよかったと思える最高の瞬間だった。

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