10月24日(月)
チャイムが鳴り、テスト初日の最後の科目が終わると、束の間の開放感が訪れる。しかしまたすぐに明日のテストを思い出し、
「はぁっ……」
と、ため息が思わず漏れた。テストは金曜日まである。長い長い一週間の、まだ初日が終わっただけだった。
「どうしたの?」
隣のトキさんが話しかけてきた。
「テストの感触が悪かった?」
「いや、そうじゃなくて、初日が終わった開放感を感じた直後に、まだ明日も明後日もその次の日もテストが続くと思うとね……」
テスト自体は想像していたよりも好感触だった。例年より間違いなく良い点が取れそうだった。これも女の子たちとの勉強会のおかげかもしれない。特にトキさんにはお世話になった。トキさんがいなければ、俺のテストはもっと悲惨なものになっていたに違いない。
「じゃあテストはどうだったの? 私、少しはお役に立てたかしら?」
「少しなんてもんじゃないよ、お役に立ちまくり! いやぁ~、トキさんがいなかったらと思うと震えが止まらなくなるくらいね」
「大げさね」
クスッと小さくトキさんは笑った。トキさんはなんでも小さい。見た目も、動作も、笑い声でさえも。こっちを見る黒々としたつぶらな瞳だけが例外だ。
「そうだ! 勉強教えてくれたお礼にご飯奢るよ! 早速、今日の昼とかどう?」
その場のノリってやつなのか、テストの感触が良かったせいで浮かれているのか、俺は思わずこんなことを言ってしまった。テスト期間中にメシに誘うやつがどこにいる? 真面目なトキさんがこんな申し出を受けてくれるわけない。
「本当? じゃ、ごちそうになろうかな」
微笑むトキさん。俺の予想は大外れ。意外だ、真面目なトキさんのことだから、お断りされるものと思いこんでいた。
「なにか食べたいものある?」
「ラーメンがいいかな」
これまた意外。トキさんはおしゃれな洋食かと勝手に思っていたがまさかラーメンとは。小さな身体の小さな口でラーメンを一生懸命すする小動物のようなトキさんの姿を想像して、俺は内心ほっこりした。
「よし、じゃあラーメンだ! 店のご希望は?」
「マツザキくんに一任します」
任されてしまった。センスの見せ所ではあるが、俺はそこまでラーメン屋に詳しいわけじゃない。ラーメンは好きだが、あくまで人並みでしかない。とどのつまり、近所の有名チェーン店くらいしか選択肢がなかったので、そこを提案するとトキさんはあっさり了解してくれた。
さて、二人揃って教室を出て、駐輪場まで行くと、そこにはよく見知った顔がいた。
「こんにちは、マツザキくん、トキさん。ラーメン楽しみだねぇ~」
タツミだった。なぜかラーメンを食べに行くことを知っていた。
「な、なぜそのことを……!? 貴様、もしや俺の心を読んだのか!? エスパータツミ!? あるいはサイコメトラーTATSUMI!? それとも俺がサトラレ!?」
「そんな超能力じみた力持ってないから。私もマツザキくんも」
「私が呼んだの。ほら、タツミさんもマツザキくんの勉強見てくれたじゃない? 本当はウンノさんも呼びたかったんだけど、用事があるんだって。大人の用事があるとかって」
トキさんが言った。なるほど、そういうことだったのか。ウンノの大人の用事なるものが気になりはするが、今はそこじゃない。問題は財布だ。二人に奢るほど入ってただろうか……? 女の子の目の前で財布を開けて確認するわけにはいかないし……。
そんなビミョーな不安を抱えながら、俺たち三人は駅前に向かった。その道中、そんな俺の不安を察したのか、トキさんがこっそり、
「大丈夫、タツミさんの分は私が出すから」
そっと俺に言った。
「え、でもそれじゃ奢りに……」
「いいの。だって、みんなで食べた方が美味しいし」
似たようなことをタツミも言っていた。いい女は皆、みんなで何かをすることにメリットを見出すのが上手いらしい。
「そうか? 誘ったのに悪いなぁ」
「ううん、誘ってくれただけで嬉しかったから」
そのときのトキさんの、うっすらピンクに染まった頬の可愛らしさに、俺は不覚にも胸のときめきを覚えた。小さいのに目だけが大きい小動物的なトキさんの愛くるしさに俺は思わず抱きしめたくなった。恋愛感情というよりは、多分庇護欲に近いと思う。
もちろん抱きしめるなんてことを実行に移すわけもなく、そんな感情を胸に秘めたまま、三人はラーメン屋に到着した。
「秋季中間テスト第一日終了記念ラーメン会を開催します!」
というタツミの謎の音頭で俺たちの秋季(中略)ラーメン会なる謎の会は始まった。
俺は味噌ラーメンとチャーハンのセットを頼み、タツミは醤油ラーメンとチャーハンのセットを頼み、トキさんは、
「豚骨ラーメンとチャーハンのセットを大盛りで! 餃子とからあげを三人前ずつ! あと黒烏龍茶と食後にデカフルーツパフェ!」
「「!!??」」
とんでもない量の注文に、俺とタツミは目を見合わせた。餃子とからあげは三人前とあるから、きっと俺たちの分を頼んでくれたのだろう、と思ったが違った。トキさんはその驚異的な量の食事を、一人で難なく残さずちゃんときれいに食べた。あの小さな体のどこにその量がおさまったのか不思議だった。トキさんはただの小動物系女子にあらず……意外性を持った侮れないオナゴ……。




