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8月26日(金)夏の夕日のタツミさん

 夏が終わりかけているが、まだたしかに夏である。そんな爽やかとはいえないが、暑すぎはしない放課後の帰り道、いつも通る堤防の下のベンチに一人の美少女を見つけた。


 タツミだ。こちらには背を向けて、きらめく川面の方へと目を向けていた。黄昏と彼女はよく似合う。雲の多い夏の夕暮れ。まばらに射す斜陽が空を赤く、辺りをオレンジに染めている。やわらかな彼女の風が髪をいたずらにそよがせた。遠景で彼女を中心に世界を見ると、まるで絵画か映画のような美しいシーンだった。


 しばらく見とれてしまった。風音と川のせせらぎが心地よく、一時間はこのまま過ごせそうだった。堤防の上、チャリに乗ったまま、ベンチに座るタツミをひたすら見つめていた。


 唐突にタツミが振り返った。目が合った。やや間があって、


「マツザキくん! 何してるの~?」


 夕暮れに、いつもより眩しい笑顔で叫ぶように言った。


「それはこっちのセリフだ」


 俺は言った。


「えっ? なんて~?」


 聞こえなかったらしい。距離があるので無理はない。それにしてもタツミの声は大きくてよく通る。こちらは感度抜群だ。


「そっち行くから待ってて!」


 久々に大きな声を出した。


「おっけー!」


 タツミは両腕で頭の上に大きなマルを描いて言った。

 俺はチャリを走らせた。堤防の下へと降りられるスロープはやや遠く、タツミの元へ行くのに全速力で二分以上もかかってしまった。しかしまだ夏だ。ちょっと気合い入れて走っただけなのに、もう汗だくになってしまった。


「おつかれ~」


 タツミはベンチに座ったまま、顔だけ向いて笑って言った。遠くで見ても、近くで見ても、やっぱりタツミの笑顔はとてもかわいらしい。


 俺はタツミの隣に座ろうとして、汗をかいていることを思い出し、若干間隔を空けて座った。


「こんなところでなにしてたんだ?」


 俺は聞いた。


「そっちこそ何してたの?」


「質問を質問で返すなよ」


「私が先に質問したんだけど?」


 たしかにそうだ。最初に質問したのはタツミのほうだった。

 上から君を見ていた、と思わず正直に言いそうになって、あわてて言葉を飲み込んだ。そんな恥ずかしいこと絶対に言えない。それに場合によっちゃ、遠くから美少女を盗み見る危ない変態野郎と受け取られかねない。


「なんかすごく顔赤くない?」


 ハッとなった。どうやら顔に出てたらしい。


「気のせいだろ。多分夕日のせいだ」


「で、あんなところで何してたの? ひょっとして私を見てたの?」


「うっ」


 図星。大正解。なんて鋭いやつなんだ、タツミ。

 しかし、かといってそれを正直に認められないのが俺の性質(さが)


「それは、夕日があんまり綺麗だったからさ……」


 キザにボケた。下手なごまかし方だが、君があんまり綺麗だったから、と正直に言ってしまうよりはマシか。


「私と同じだね。とっても綺麗な夕日だよね!」


 そう言って、タツミはキラキラした瞳で、キラキラした川面の上の雲間に沈む赤い夕日をうっとりと見つめた。俺は夕日を見るふりをして、そんなタツミの横顔をこっそり眺めた。


「ああ、そうだな」


 堂々と嘘をついた。いや、嘘半分といったところか。たしかに夕日も綺麗だった。だが、それ以上に綺麗なものが、俺の目を奪うものが、すぐ近くにあった。


「ねぇ、マツザキくん、夕日って美味しそうだよね」


 タツミは夕日から一切目をそらさず、うっとりとした顔のまま、しみじみとした口調でわけのわからんことを言ってのけた。


「ああ、そうだな……?」


 わけがわからなさすぎて、なんとなく同意してしまった。


「ふふっ、やっぱり私たちって気が合うね」


「そ、そうだな……?」


 タツミよ、お前と本当の意味で気が合う人間はどれだけいるんだろうな? 少なくとも俺は、タツミの思考がよくわからない。あまりにも珍妙かつユニークだから面白いとは思うが。


「何が合うかなぁ? ソース? しょうゆ? からし? ポン酢? シチュー? カレー? わさび? ネギとか大根おろしもいいかもね?」


「……」


 いよいよ意味がわからない。

 でも俺には、そんな意味がわからないタツミが、なぜか可愛く見えて仕方がなかった。


「お前ってすごいよ」


 俺はタツミを素直に称賛した。

 タツミはにっこり笑って親指を立てた。

 ほんと、タツミって面白い。

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