10月4日(火)
今日は午後の授業がなく、代わりに性教育の講演があった。
いかにもいかにもなおばさんがやってきて、コンドームは大事だとか、AVのような真似はするなとか、皮被りと短小を恥ずかしがる必要はないとか、そんな常識さえあればわざわざ聞くまでもないようなことをたっぷり二時間も熱弁して帰っていった。正直言ってとっても眠たいお話だった。眠れない夜にはぜひ参上お願いしたいほどに。
終わりには二百字で感想まで書かされた。おばさんのお話に負けじと俺もつまらなくも優等生的感想文を書いてやった。こういうのは得意だし、能動的に取り組めるから眠くならないから、つまらない話を聞くよりは幾分マシだ。
感想を書き終えれば各自自由に帰宅していい、ということだったので、俺は書き終えるとすぐに教室を出た。一応スマホを確認すると、タツミからメッセージが着ていた。こういうのは苦手だと思っていたが、タツミからの通知は嫌じゃなかった。ひょっとしたら俺は女の子に弱いのかもしれない。ヤローには冷たく、女の子には手厚くなれるのかな……ま、男としては間違ってない、か。
アプリを開いてメッセージを確認した。
『感想書き終わった~(上腕二頭筋の絵文字) マツザキくんは書き終わった? よかったら一緒に帰らない?(頭に天使の輪っかの絵文字)』
タツミの絵文字のチョイスは独特だ。でも嫌いじゃない。タツミのそういうところ、とっても面白い。俺は了承の返信を打った。ちなみに俺は絵文字は使わない派だ。
駐輪場で待っているとほどなくしてタツミが来た。
「おっくれてごめ~ん、待ったぁ?」
全然遅れてないのにこの台詞、ということはあの返事を期待しているということだ。
「ううん、今きたとこぉ」
俺はたっぷり、愛嬌のある可愛くて健気で彼氏思いのぶりっ子な女の子を演じてやった。
「ぶふっ!」
タツミが噴き出した。ゲラゲラ笑い出した。
「さっすがマツザキくん! わかってんねぇ!」
ビシッ! と両手で二丁拳銃作って指差すタツミ。
「ま、いい加減慣れてきたからな」
ふっ、と鼻で笑う俺。
「あ、急にクール」
「男はクールな方がいいだろ?」
「クールがマツザキくんに似合うかどうかは別だけどね……」
ニヤッと笑うタツミ。俺もニヤッと笑った。
挨拶代わりの馬鹿話もそこそこに、帰宅すべくいざチャリを帰路へと漕ぎ出す。
「ね、途中でコンビニ寄っていい? 私お腹へっちゃった」
「ん、いいよ」
食べ盛りにはよくあることだ。買い食いしない健康な青少年がどこにいる? もちろんそんなのはいない。一般高校生は買い食いしてなんぼだ。というわけで、レッツコンビニ。
しかしタツミはそんじょそこらの一般的高校生とは違った。俺は、まぁそこは女子高生だからパンとかお菓子を買うんだろうと思ったがヤツは違う、なんとタツミはゴツ盛りカップ麺もやし味噌味を買ったのだ。それに気がついたとき、タツミはポットのところでカップ麺へとお湯をどぼどぼと注いでいた。
「お前、マジか……」
さすがの俺もこれにはすこし引いた。いや、別に何が悪いとかじゃないんだが、可愛い女子高生が帰りにカップ麺の買い食いは、俺の目にはどこか奇異に映った。
「へへっ、美味しそうでしょ?」
「たしかに美味しそうだが……。というかそれ、どうやって持って帰るつもりだ?」
「慎重に持って変えればなんくるないさー。にんげんだもの」
にんげんだもの、の使い方が非常におかしい気がするが、そこはタツミだから仕方がない。それもタツミいいところに違いない。
よくよく考えてみると、帰りにカップ麺の買い食いも悪くないような気がしてきた。漂ってくるカップ麺の香りが、若干空腹を感じる神経を刺激するせいかもしれないが、別にそれほどおかしなことでもないような気がしてきた。うん、カップ麺、アリかもしれない。買い食いカップ麺は天才的発想の産物なのかもしれない。今日のところは大人しくお菓子で済ますが、今度機会があれば俺も試してみよう。
タツミは器用に片手でお湯の入ったカップ麺を持ってチャリを漕いだ。にわかには信じられないようなバランス感覚だった。ただ、ちょっとした路面の凹凸で多少汁が溢れ、ときどきそれが指にかかっては、
「あちぃ!」
とか、
「うわっちゃあ!」
とか言っていた。タツミのことを天才だとか思ったこともあったが、やっぱりちょっとおバカちゃんなのかもしれない。
数分後、俺たちは公園のベンチにいた。ちょっぴり汁が少なくなってノビてしまったカップ麺をタツミは美味しそうに啜っていた。本当に心から美味しそうに幸せそうに食べていた。女子高生が放課後に公園のベンチでカップ麺……それもタツミなら意外と絵になっている、と思ってしまうのはやはり俺がタツミを贔屓目に見すぎているせいだろうか?
「そういえば今日の性教育の講演、全然おもしろくなかったね」
唐突にタツミが言った。さっきコンビニで買ってきたポテチを取る手が止まってしまった。おいおい、年頃の男女が性教育の話題に触れるか? そう思って横目でタツミを見ると、ヤツはもうカップ麺を食べ終えていて、綺麗に汁を飲み干し空になったカップをベンチに置いていた。
「ああ、そうだな……」
とりあえず当たり障りのない返事をした。どう話題を広げていい俺は心を落ち着けるために、さっき買ったコーラのペットボトルに口をつけた。
「ところでオーラルセックスって何?」
俺はコーラを噴き出しかけ、危うく飲み込んだ。タツミの行き過ぎたジョークかと思ったが、タツミの目は純真そのもので、キラキラと無垢な光を湛えていた。
タツミよ、それは一体どういう目だ? どういうつもりだ? フェイクか? それともマジなのか? マジで言っているのか? それは思いっきり下ネタだぞ? あえて言っているのか? 俺を試しているのか? 漫才で言うところのボケなのか? しかしあの純真な目は本当に知らないのかも? しかしタツミほどの女の子が知らないなんてことあるか?
「スマホで調べてみれば……?」
どう返していいかわからずに、混乱した頭の中から口をついて飛び出した言葉がこれだった。
「それもそっか」
タツミの注意が俺からスマホに移った。俺は一安心……と思ったのも束の間、次の瞬間、タツミのスマホからとっても卑猥な音が流れ出した。
「きゃあああああ~~~~!!!」
「うわあああああ~~~~!!!」
悲鳴を上げるタツミ。叫ぶ俺。おかまいなしに音を公共の場にそぐわない音を垂れ流すタツミのスマホ。
「は、早くその動画を閉じろ!」
「ど、どうやって!?」
「ええい、貸せぃ!」
俺はタツミからスマホをひったくり、無事再生されていた動画を止め、そのウェブサイトを閉じた。これにて一件落着。俺はスマホをタツミに差し出した。顔を真赤にしたタツミはそれをひったくるように奪い取ると、
「マツザキくんのエッチ~~!!」
まるでしずかちゃんしか言わないような言葉を口にして、逃げるように自転車に乗って走り去ってしまった。その場にカップ麺のゴミを残して……。
「俺はのび太かよ……」
しかし、つくづく読めないな、タツミってヤツは……。
放課後買い食いカップ麺といい、性教育の講演の件といい……。
俺はゴミを回収してその場を後にした。
夜になってタツミから謝罪のメッセージが届いた。別に怒るほどのことでもないので、その旨を返した。




