9月21日(水)
なんだろう、急に寒くなるのやめてもらっていいですか?
思わず近頃流行りのあの人みたく言ってしまいたくなるほど急激に寒い。台風が過ぎ去ると同時に本格的に秋がやってきたようだ。
特に今朝なんかは明け方に寒くて起きてしまうほどだった。もうちょっと緩やかに季節を切り替えてもらえないだろうか? 地球さんには切にお願いしたいところだ。
そんなわけで、現在の俺は絶賛体調不良の真っ只中。暑さから急激に冷えたおかげと睡眠不足と合わせて自律神経が完全に狂ってしまった。頭は痛いし眠たいし、鼻は出るし体も重い。もうどうしようもない。
「なんか体調悪そうね」
授業中、隣のトキさんが小声で心配してくれる始末。俺は重い瞼をやっとの思いで開き、目頭を軽く揉みながらトキさんに向けて微笑を作るので精一杯だった。
「あまり大丈夫そうには見えないわね。保健室行ったほうがいいんじゃないの?」
俺は片手で『OK』のサインを作って見せた。たしかに体調は悪いが保健室に行くほどのことでもない。火照った感じはあるが発熱はないし、耐え難いのは眠気だけだ。そして眠気というのはそもそも男子高校生にはよくあることなのだ。
「それならいいんだけど。無理しちゃダメよ」
俺は『心配してくれてありがとう』の『Vサイン』を片手でトキさんに送った。トキさんはもうこっちを見ていなかった。
午前中はひたすら睡魔との戦いが続いた。俺は優等生ではないが、授業中に寝るほど不良でもない。眠たく、全く頭に入らない授業をなんとか気合で乗り切った。午後、昼休みの開始と同時に弁当を一瞬で平らげ、口を濯いだ後、俺は教室を出てこの前本を読んでいたあの静かな木陰へと移動し、そこで顔にハンカチを被せて横になった。昼になって丁度よく心地いい風が吹いていた。あまりに気持ち良すぎて、俺はすぐに眠ってしまった。ぐっすりと眠った。
「お~い、マツザキく~ん」
その声で、俺は眠りから覚めた。声からするとタツミだ。
「ねぇ、大丈夫?」
やっぱりタツミだ。俺を心配する声だった。
「ああ、急に寒くなったせいか、さっきまで体調があまりよくなかったけど、今はもうスッキリだ」
「そりゃそんだけ寝れば身体もよくなりますか」
「そんだけって、昼休みにちょっと仮眠とっただけだろ」
「昼休みなんてとっくに終わったよ」
「は……?」
顔に乗せていたハンカチを取ると、天は綺麗な二色に別れていた。仄暗い青さの東の空と、赤々と染まった西の空だ。
「日没まであと四十分ってところかな?」
「ま、マジかよ……」
慌ててスマホを取り出し、時刻を確認。現在時刻午後五時十分。俺は四時間以上も寝ていたことになる。午後の授業をほっぽりだして、俺はずっと惰眠を貪っていたというわけだ。どうやら俺が思っていた以上に、俺は疲れていたらしい。夏に蓄積した疲れが、急に冷え込んだせいで一気に噴き出したのかもしれない。
状況を完全に飲み込むと、冷や汗もダラダラ噴き出してきた。俺は授業を二つもサボってしまったのだ。学校にいながら授業をサボるのは学校生活において重罪であり、先生という権威に対する挑戦だ。きっと、いや確実に先生は怒り、怒りは親にも伝播するだろう。はぁ、今から気が重い。
「早く職員室行ったほうがいいよ。先生、怒ったり心配したりして忙しそうだったから」
クスクスと笑うタツミ。昼の授業をサボって今の今までずっと寝ていた男。学校にいながら寝坊する珍種。たしかに笑えるお話だ。俺のことじゃなかったら、俺だって笑っただろう。
「だけどほんとよく寝てたね~。昼休みにも起きなかったし、午後の最初の授業終わりにも声かけたのに起きないんだから、ほんとすごいよ」
「えっ!? 二回も来てたなら起こしてくれよ!」
「いやぁ、だってあんまり気持ちよさそうに寝てたから……悪いかなって?」
俺はがっくりと肩を落とした。タツミを恨むのは筋違いだ。だけど起こしてくれたっていいだろう。昼休みを終えて、午後一発目の授業終わりにも寝ているやつがいたら、もっと心配してくれてもいいはずだ。筋違いはわかっているが、タツミを恨めしく見てしまうのが止められない。
「だ、だってさ! 寝てるほうが悪いじゃん!? それですっごく気持ちよさそうに寝てたんだよ? そんなの起こせないに決まってるじゃん!?」
俺の恨みがましい視線に、慌てて反論するタツミ。それが正論かどうかはさておき、タツミが悪いわけじゃないことは俺だって重々承知だ。
「わかってるわかってる。俺が悪いんですよ。こんなところで気持ちよく寝ていた俺がね」
「なんかその言い方ひっかかるなぁ」
「いや、ほんと、俺が悪いんだって。わかってるから。じゃ、ちょっと職員室行ってくるわ」
「私もついて行ってあげる。叩き起こさなかった私にも、ほんのちょっぴり責任の一端はあるかもしれないから」
「頼もしい味方だなぁ。俺は果報者だな」
「な~んか、嫌味に聞こえるんですけど?」
俺たちはそんなことを言いながら夕暮れに染まる校舎へと入っていった。
 




