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9月12日(月)

 暑すぎる。正気じゃない暑さだ。もう九月も中旬のはずなのに、まだこの国は夏を終わらせるつもりがないらしい。まったくふざけた世界だ。

 なのに俺は今、エアコンの効いた教室ではなく、あえて廊下に出て、四階の窓から校庭を見ていた。暑いからとはいえ、エアコンの風にばかりあたっていたくない男、それが俺。


 しかし暑い。湿度も高い。微動だにしていないのに、全身が汗でじっとりべたべたしている。窓から入ってくる空気は温いを通り越してもはや熱く、風が吹けば、一瞬身体が毛布で包まれたように感じられるほど。


 休み時間だというのに、誰も廊下にいなかった。それが普通だ。こんなクソ暑いなか、誰が好き好んで廊下に出るもんか。こんなことしてるのは俺くらいのものだ。


 と、思ったら、俺よりイカレたヤツらがいた。そいつらはこのクソ暑いなか、運動場に出ていて走り回っていた。


 一人はタツミだった。あとの二人はおそらくお友達だろう。柔らかそうな、バレーボールより一回り大きいボールを投げ合ったりぶつけ合ったりして、キャッキャと楽しそうにはしゃぎまわっている。まるで子供のような無邪気さだ。


「あいつら正気じゃない……」


 思わず口に出た。言わずにはいられないほど、タツミたちの行動は正気を逸しているようにしか見えなかった。


 あいつらにはあの中天のギラギラした太陽が見えないのだろうか? このうだるような熱を感じないのだろうか? おぼれそうな湿度が気にならないのだろうか?


 半ば呆れながら、しかし同時にその元気さを羨ましく思い、内心で称賛しつつ、炎天下で遊び呆けるお転婆三人娘に目を奪われた。俺はしたたる汗を拭うことも忘れて、彼女らの遊びをひたすら眺めていた。


 突然、


「あ、マツザキくん!」


 タツミが俺に気付いて、こっちを指さした。他の二人もこっちを見た。見つかってしまった。俺は軽く手を振ってやった。


「マツザキくんもおいでよ~」


 タツミがとんでもないことを言い出した。それは死ねと言っているのと同義だぞ? そんな俺の心境はお構いなしに、地獄の釜から手招きするタツミ。彼女の顔ももう汗でビショビショのテカテカだった。


 賢い人間ならここは逃げの一手だが、俺は違う。俺は賢くはないし、どっちかというと馬鹿な方だ。自覚はあるし、ひょっとしたら馬鹿の上に超が付くタイプかもしれない。だから俺は、


「おう、そこで首洗って待ってろ!」


 男に逃げはない。特に女の子から挑発された場合には。

 というわけで、俺はこのクソ暑い中、よりクソ暑い死地へと乗り込んでいった。


 運動場につくと、タツミがボールを投げて渡してきた。


「マツザキくんが鬼!」


 そう言って、キャーキャー笑い喚きながら三人のオナゴどもは蜘蛛の子散らしたように逃げていった。


「おいおい、もう始まってんのか!」


 ボール鬼、開始。ボール鬼とは鬼ごっこのボール使用版だ。タッチをボールで行うわけだ。当てたらタッチ成功、ボールを取られたらタッチ失敗、取った方はボールを明後日方へと投げていい。


 俺は灼熱地獄をボールを持って這い回る鬼になった。

 開始直後、俺は自分が有利だと考えていた。まずもって俺は男だし、女の子より体力に自信がある。さらに相手は俺よりも先にこのクソ暑い運動場で遊んでいたのだから、既に体力を消耗しているはずだ。俺に負ける要素がない。


 開始から五分後、それが間違いだったことを俺は嫌というほど思い知らされた。ヤツらは速く、俊敏だった。対する俺はヘロヘロだった。

 準備が違ったのだ。準備運動がしっかりできていて、ちゃんと身体があったまっている女の子たちに比べて、俺は今の今まで何もしていなかったところに、急にギアを上げて挑んでしまった。準備不足だ。全く身体がついていかない。


「あれれ~、マツザキくん、ちょっと遅くな~い?」


「もう限界なの~? 体力ないと彼女に嫌われちゃうぞ?」


「や~い、マツザキくんのヘタレ~」


 煽ってきやがった。煽られて熱くなる俺じゃない。だが、甘んじて受け入れる俺でもない。


「目にもの見せてくれるわ~~~!」


 俺は鬼の形相でヤツらを追いかけた。鬼だけに。ちょうど身体もあったまってきたところだった。俺はようやくタツミを隅へと追い詰めた。


「覚悟しろよ、タツミ。お前は俺を怒らせた」


「クッ……!」


 絶体絶命のタツミ、そこへ、


「まっちょん! 助太刀に来たぜ!」


「イシカワコンビもここに参上!」


 わがクラスメイト、ズッコケ三人組たちも来てくれた。勝ったな。俺は確信した。


「死ねえッ! タツミ!」


 と、言いつつ、俺はタケウチの背中に思いっきりボールを食らわせてやった。柔過ぎるボールはポヨンとはねて明後日の方へと転がっていった。


「タケウチくんが鬼だ~! 逃げろ~!」


 タツミがケラケラ笑っていった。

 俺もイシカワコンビもゲラゲラ笑って逃げ出した。


「ま、マツザキ、貴様、謀ったな……!」


 たかがボール鬼で大げさなほど顔を絶望に染まらせるタケウチ。ヤツもなかなかの役者だ。


「君のお父上が悪いのだよ。生まれの不幸を呪うがいい!」


 捨て台詞を残して、俺はタケウチの前から走り去った。


 そこからは男女七人、灼熱のボール鬼大会をチャイムが鳴るまでやってしまった。とても楽しかったが、ハンパじゃないほど疲れてしまった。誰も熱中症にならなかったのが奇跡的なほど、俺たち全員が疲弊していた。


 午後の授業内容が、疲労による極度の睡魔のせいで、全く頭に入ってこなかったことは言うまでもない。

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