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俺だけレベルがない世界  作者: 橋真和高
3/12

奈落の底

 あれから毎日のように訓練を行っていた。各々職業があっても所詮はただの学生だった俺たちに戦いの知識や技術はない。その知識と技術をこの王宮に配属されている近衛騎士団の方々にレクチャーしてもらっていた。

 日を重ねるごとにみんなはその教えをマスターしていきどんどん俺との実力差は広がる一方だった。

 俺は魔法やスキルを覚えることができない。だからひたすら剣術を学んだ。だが結果的には訓練用のロングソードは振るうこと叶わず、包丁のような短剣が精々のところだった。それから毎日きつい訓練が終わった後も筋肉トレーニングをこなし、少しでも足掻いていた。結果は全ての努力は無駄に終わった。あれから三か月が経ったのだが俺のステータスのパラメーターは一つも上がっていなかった。

 今日も変わらず訓練をしていると、不意に俺たちの訓練を総括していた近衛騎士団団長のアラガンが訓練を中止して俺たちを呼び集めた。

「明日は普通の訓練ではなく、実践に出ようと思う。低ランクの地下迷宮ダンジョンに出て今のお前たちの実力を肌で感じて欲しい」

 遂に実践の時が訪れようとしていた。地下迷宮の中にもしかしたら何か打開策があるかもしれない。そう思うと俺は是が非でもこの地下迷宮探索には同行しなければならない。アラガンはだが、と付け足し俺の方に視線を向けた。

「海斗、お前は残れ。お前の力では例え低ランクの地下迷宮であっても命を落としかねん」

「いや、でも……」

 そこで言葉を止めて唇を噛み締めた。言われた言葉の意味は痛いほど理解している。みんなの邪魔になることも承知の上だ。だげど、このまま何もしないで異世界でただのお荷物になるのは嫌なんだ。その葛藤を必死に抑え込みながら言葉を模索していると千歳が一歩前に出て、アラガンに向けて言葉を放つ。

「大丈夫です! 私が海斗を守りますから」

「しかしな、幾ら君が高位神官であっても死者は蘇らせることはできない。君は海斗を殺しに行くようなものだぞ?」

「それはみんなでカバーします! ね?」

 千歳の言葉を受けて、みんなはハッキリとしない態度で首肯していた。全く、なんて情けないんだ俺は……。だがこの世界にはレベルが存在する。俺もレベルが上がればもしかしたら何か起こるかもしれない。今はどんな可能性にも賭けてみるしかない。

「みんな、ごめん。邪魔かもしれないけど頼む! 俺も連れて行ってくれ」

 クラスメイトのみんなに頭を下げ誠心誠意気持ちを伝えた。俺の態度にみんなは今度こそ表情を和らげて頷いてくれた。この地下迷宮探索で必ず糸口を見つけてやる。

 今回赴くことになった地下迷宮はアンガス地下大迷宮と称されている。王国の調査ではこの地下大迷宮の危険度は今のところDランクに値するらしい。地下迷宮にもそれぞれランクが付けられていて、ランクが高ければ高いほど、財宝なりが眠っているそうなんだと。

 アンガス地下大迷宮は今現在第四十階層までは踏破されていて、今のところ大きな障害は見受けられないのだが、その下層にはまだ誰も知らない未知が存在することもあり油断は禁物なのだそうだ。

 何故この世界に地下迷宮が存在するのかは誰も知らないという。おそらくだが魔王がこの地下迷宮を何らかの意図があって創造したのではないかと仮定されている。

 今回は初の実戦ということで比較的脅威の無い二十階層までの実践訓練とするそうだ。

 移動中クラスメイトは意気揚々と冒険の楽しみを語らっていたが、俺は不安でしかなかった。今の俺はこの世界に存在するかはわからないが、スライム一匹も倒すことは不可能だろうと思う。そう思うといざ敵を前にしたとき果たして俺は立ち向かえるのだろうか?

「大丈夫だよ。私が海斗を守るから」

 俺の不安な表情に気付いたのか、千歳は俺の右手をそっと手に取り、温もりを与えてくれた。

「ごめん、頼りない彼氏で……ごめん」

「安心しろって、千歳だけじゃない。俺たちも海斗のこと守ってやるからさ!」

 この世界に来てつくづく思う。俺はなんて無能なのかと、守られるだけで何も与えられない。俺は本当にこの世界でやっていけるのだろうか?

「ありがとう、星夜、恭介、千歳、瑠美、陽菜」

 改めて、元の世界で俺と共に歩んでくれていたグループのみんなに頭を下げた。

「水臭い真似は止めろって、チーム海斗はこの世界でも健在だぜ!」

 チーム海斗。名前のセンスはともかくとして、俺を含む六人のグループ。月野星夜は気さくで誰とでも仲良くなれて、面倒見のいいグループの親的存在だった。真島恭介はかなりのお調子者で、普段からお笑い担当的な役割になっているが情にも熱く、仲間の困り事には率先して協力してくれる純真な良い奴だ。芦沢瑠美は活発なスポーツ少女だ。その元気溢れるパワーに毎日元気をもらっていた。常に恭介とじゃれ合っていて密かに付き合って居るのではないかと噂になるほどお似合いの二人である。如月陽菜は才色兼備を兼ね備え、文武両道、性格満点と千歳に次いで我が校の二大天使と称されている。これに俺を含めたハッキリ言って校内で俺たちの右に出る者は居ないと断言できる美男美女のグループ。それがチーム海斗だ。

 みんなの励ましにより、幾分か自己否定の念から解放された俺であったが、地下大迷宮の入り口に立つのと同時に恐怖心が湧きたっていた。見るからに大きな入り口に石造で作られた巨大な扉。その迫力に俺はただ扉を見上げ佇むことしかできない。

「では、これからこのアンガス地下大迷宮の二十階層を目指す。準備は良いか?」

「「はい!」」

 アラガンの言葉に全員気の引き締まった表情で答えていた。よし、行くぞ。

 地下大迷宮の探索は極めて順調に進んだ。まあかく言う俺はとんでもなく死にかけそうになっていた。背後からの奇襲にあったり、低俗のゴブリンに殺されかけ、その度千歳に回復してもらっていた。最初こそみんなは俺を庇っていてくれていたのだが、階層が下に行くにつれてモンスターの力も上がってきている。俺を庇おうとするたびに誰かが傷を負い、チームのバランスが崩れてきている。周囲の視線も暖かな眼差しではなく、冷めきったまるでクラスでいじめられている人を見るような咎める視線が注がれ始めているのが伝わってきている。

 現階層は十五階層。今のクラスメイトたちの力量ならこの程度は全く問題ないのだが、ここにきても俺が彼等の邪魔をしてしまう。千歳にモンスターの手が届きそうになると、わかっていても体が勝手に動いてしまう。俺が何かできるわけじゃないのに、それでも千歳に降りかかる災いを取り除こうと動き、邪魔をする。今もそうだ、千歳に狼型のモンスターが背後から襲い掛かってきて、俺はそれを防ごうとしたのだが不意に俺の体が真横に突き飛ばされた。突き飛ばした相手に視線を向けると、そこにはクラスの中でも最下層に位置していたオタクの関本だった。

「お前は雑魚なんだから、引っ込んでろよ! 千歳ちゃんは僕が守るから、お前みたいな雑魚がうろつくと邪魔なんだよ!」

 その言葉が胸に突き刺さる。そして関本の言葉でようやく理解した。俺はこの世界ではクラス内でも揶揄されていた最下層の住人よりも下なのだと。

 関本は俺をどかすためだけにド突いてきたのだろうが、その突きであっても俺にとっては重症になるほどの威力だった。千歳はそんな俺を見ても顔色一つ変えずに回復してくれている。

 それから先はもう何もせず、後ろで怯えながらみんなの後を付いて行くのに必死だった。みんなが楽しく語っている時も、背後からの奇襲が恐ろしくて一瞬も気を緩めることができない。その極限状態のまま無事に二十階層に到達したのだ。

「みんな聞いてくれ、今回の地下大迷宮を得てかなりレベルも上がったと思う。どうだろう、この下の階層にも踏み入れてみないだろうか」

「いや、待て。今日は初の実戦だ、これから下の階層は難易度も跳ね上がる。幾ら低ランクとはいっても舐めてかかってはいけない」

 突然の星夜の言葉にアラガンは制止の声を上げていた。だが、俺と千歳以外のクラスメイトは揃って肯定の声を上げていた。

「アラガンさん、大丈夫ですよ。なんせ俺たちは勇者なんですから」

 その言葉を最後に、アラガンは下の階層の探索を許可していた。確かに異世界転生の特典として授けられた職業はどれも目を疑うほど強力なもので、アラガン自身も近衛騎士団より潜在能力と職業は強いと称されていた。彼等に足りないものは言わずもがな経験だ。だがその経験であっても少しの戦闘でどんどん身に付けていく彼等は更に強くなっていた。

 そんな彼等を見て違和感が生じる。星夜もあんなに前に出たがってみんなを指揮するような奴ではなかった。それに関本も俺に向かってあんな暴言を吐かれたことは一度たりともなかった。みんなこの短期間ですっかり変わってしまっている。最早元居た世界の彼等はどこか遠くに行ってしまったのかもしれない。

 地下迷宮の中では時間を確認する手段がない。体に生じる睡魔や空腹を時計代わりにして食事と睡眠の時間を取るのだが、ここまでに来るまでに凡そ四日程費やしている。食事はアラガンが所有するアーティファクトの一つである空間転移の力で食料には困らない。入浴はできないが、魔導士ウィッチの水魔法などで水浴び程度は可能になっている。

 これから更に下の階層に足を踏み入れるということはより一層俺の命が危険に晒されるということだ。先程星夜はみんなのレベルが上がったと言っていたが、俺のレベルは一から上がることが無いのだ。モンスターを一度も倒すことができない。従って経験値が得られない。この負のスパイラルから永遠に抜け出すことができないのだ。

「一ついいかな?」

 クラスの最下層の住人だった関本のオタク仲間の桐野が意外にも挙手をして注目を集めていた。

「俺はここで烏丸を置いて行くのが正解だと思う」

「んなっ⁉」

「おい、桐野。それは流石にダメだ。お前は今海斗を見殺しにすると言っているんだぞ?」

「わかってる。だけどこいつが居るとクラスみんなの命が危ういし、何よりこいつを庇っていると効率が悪すぎる」

 最初こそ驚きを露わにしたが、桐野の言いたいことは痛いほどわかる。だけどここで置き去りにされてはそれこそ自殺と何ら変わらない。俺が一人になればここの階層のモンスターなら瞬殺されてしまう。その恐怖が俺からプライドを捨てさせた。

「お願いします。足手纏いなのはわかっています。ですがここで死にたくありません。どうか俺を連れて行ってください」

 桐野に対して、地面に両膝を付き、両手を地面に置き土下座の姿勢で懇願した。俺が顔を上げると桐野は気分が良くなったのか不敵に微笑み俺に荷物を放り投げてきた。

「どうしても付いてきたいなら僕の荷物を持て」

 桐野の発言に怒りが込み上げているのは事実だ。だがそれと同時に俺の同行を反対する者にはプライドなど捨てて彼等の機嫌にそぐわないようにしなければならないのだ。

 こうして俺は桐野の他に関本、川田のオタクグループの荷物持ちとなった。それ見た千歳が俺を手伝おうとしたのだが、それを桐野たちは怒りを露わにしながら止めてきた。

「さ、千歳ちゃんは僕たちの周りに来て。こいつの近くに居ても君まで危険に晒されてしまう」

 先程から桐野たちは千歳のことを気安く呼んでいたが、転生前はこいつらが千歳と話している所を俺は見たことも聞いたこともない。おそらくだがこいつらはこの現状をゲームや何かと思い込みキャラクターになりきっているのだろう。なまじオタクなだけあってそれらが顕著に表れているように見える。

 危険を予期して戦闘はアラガン、後衛には職業剣聖ソードマスターの真島恭介が陣取っていた。これで俺も背後からの奇襲に怯える事も無い。

 そこからの彼等は順当に進み三十階層にまで到達した。そんな時、桐野らグループが宝箱を見つけ興奮していた。この地下迷宮に足を踏み入れて初めてのお宝、興奮しないわけが無い。桐野らはその宝箱に手をかけたその時、アラガンがかなり焦った形相で制止の声を荒げていた。

「その宝箱に触れるな!」

 だがアラガンの叫びも虚しく、桐野たちは既に宝箱に触れていたのだ。

 桐野たちが触れた宝箱から突如何かの匂いなのかわからないが強烈な匂いが空間内に広げ上がっている。

「馬鹿者! 今お前らが触ったのはトラップだ。踏破されている地下迷宮に宝箱がこんな堂々と置いてあるわけが無いだろ! このままではまずい、全員全速力で帰還する。今放たれた霧状の粉はモンスターを呼び込むフェロモンが含まれている。この場に途轍もない数のモンスターが押し寄せてくるぞ! 早く帰還の準備をしろ!」

 確かにと俺は思った。そしてアラガンの驚き方から察するに前にもこの宝箱のせいで被害が出たのだろう。

 俺も自身に迫る恐怖を感じ急いで帰還の準備をした。遠くから聞こえる無数の足音が恐怖心を湧きだたせ、みんなも全速力で駆けていた。まずい、このままでは俺だけが置き去りにされてしまう。それもそのはず、なんせレベルが上がりパラメーターが強化されたみんなと違い俺一人だけどんなに必死に駆けても、彼等との距離は離れていく一方だ。

「みんな頑張れ! 奴らはこの先の長い一本道を抜けた先には入ってこれないようになっている」

 アラガンの声が微かに俺に希望を与えてくれた。今俺が走っている眼前には長く伸びている一本道があり、その先には小さな洞穴が開いていた。そこまでに到達すれば取り敢えず命の危機から抜け出せる。そう思うと必然と駆ける速度が上がった気がした。

 だが後ろから聞こえてくる足音はもうすぐ傍まで来ている。その恐怖に負けないように後ろを振り返らずに全力でみんなの元に駆けた。あと少し、あと少しだ。

「みんな海斗が辿り着くまで援護するんだ!」

 アラガンが更に救いの手を差し伸べてくれた。その声に反応してみんなは俺の背後の敵目掛けて魔法や弓矢を打って時間を稼いでくれていた。みんなの行動のお陰で中間地点を超えたあたりで安堵していた俺に映った光景は、何故か、星夜と恭介に口と体を押さえつけられている千歳の姿が俺の目に入った。なにを、しているんだ?

「おい! 千歳に何をしてるんだ!」

 涙を流しながら必死に何かを訴えている千歳。そして星夜と恭介が俯きながら何かを口にしている。それを口の動きで推測すると、ごめん海斗。に聞こえる。……は?

 その言葉に呆気に取られていると、前方から大きな火の塊が俺の横をすり抜けて行った。まさかあいつらわざと俺に当てようとしているのか⁉ 俺のその思考は的を外していた。先程俺の横をすり抜けていた火の塊は、俺の背後で地面に当たりその衝撃で俺が駆けている道が崩れ落ちて行った。

 その突然の崩落に俺は言葉が出てこない。俺の目に映るクラスメイトの歪んだ顔が、桐野たちの嬉しそうに微笑む笑顔が、今も涙を流し何かを叫んでいる千歳の顔が目に焼き付いて離れない。そうか、俺は邪魔だからここで排除するってことか。そうか……。

 崩落に巻き込まれた俺はそこで一度意識を失った。


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