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ホロ暮らし  作者: 御影 夕介
9/42

2-2 Les couleur, Itoda, Yofu-shi, Tokyo

「あ、ど、どうも」


 歩玖はパンダのイメージしかなかったので、ヘッドセットをした一飛がパンダと同じ声で喋るのは変な感じかした。わりと清潔感があって好印象がある。歩玖は学校の若い先生を連想した。


「なんか顔出てるとパンダちゃんって呼びづらいなー。酒田さん、って感じ」


「髪切った? そっち暑い? 外出た?」


 一飛はしえると芽緒に同時に答える。


「パンダで十分です……。先週ミーティングあったから切ったよ。二ヶ月ぶりに外出た。そん時はむしろ涼しいくらいだった。今はわかんない。たぶん暑いんじゃない?」


 顔を合わせて話すのがよほど恥ずかしいのか、歩玖はパンダ状態の一飛よりだいぶ元気がないように感じた。


「で、どういう仕事してるんだっけ?」


 一飛は、芽緒に一言で返事をした。


「在宅の仕事」


 芽緒は追及する。


「言えないようなことやってんの? とか思われちゃうよ。このままだと職業はヒーラーです、とかになるけど」


「だって説明が難しいんだもん……。なんて言ったらいいかわからないし、いつも言っても伝わらないじゃん」


 一飛が彼なりにまとめて言うと、ある会社がほかの会社や一般の顧客に伝えたい情報を集めたり、それを整理して交換したりするための橋渡しをする仕事らしい。三人は一飛の予想どおり、聞いてもよくわからなかった。


「だから在宅の仕事としか。つけ足すとしたら情報処理の? ソーシャルコミュニケーション? 的な?」


「なんかもやっとするなぁ。まあいいか」


 一飛が一応説明はした、ということで、芽緒は今日のところは納得という様子だった。しえるはそれぞれの気持ちがなんとなくわかる。


「うちのママも家で仕事してるんだけど、IT関係ってことしか言っちゃいけないことになってて、何やってるのか全然知らないんだよね」


 芽緒は「親子でそれだとやっぱ寂しいね」、一飛は「IT企業にけっこうあるよね」と話しているが、歩玖は「仕事っていろいろあるんですね」としか言えなかった。


 歩玖の両親にもそう言うほかはなさそうだとみんなで話していると、不意に一飛の部屋のベルが鳴る。芽緒は反射的にからかった。


「彼女来た⁉」


「いや、彼女とかいないし……。来たのは食材ね」


 「知ってた」と面白がる芽緒の後、しえるは「受け取らなくていいの?」と促す。


「受け取りは大丈夫。置いといてもらってるから」


 一飛がなかなか回収に行こうとしないので、しえるは気を遣う。


「暑いからなんか痛んじゃうかも……」


 一飛は「あ、そだね」とようやく席を立った。芽緒は心配になって小声で言う。


「どうしよ……マジで彼女かな。あたし悪いこと言っちゃったかも」


「パンダちゃんはそういう隠し事はしないと思うよ」


 しえるに諭され、芽緒は考えが百八十度変わった。


「……たしかに。むしろいたら絶対全部聞き出すわ! ね、歩玖」


「え⁉ は、はい……」


 芽緒は目が本気だった。歩玖はこれまでパーティの男性が一飛だけだったことを思い、苦労のほどを想像した。


「あ、電話来ちゃった」


 しえるが言うかどうかのタイミングで、今度は端末からメロディーが鳴った。芽緒は自分の端末を取り出し、しえるのと交換する。


「こっちのカメラ使うから出てきなよ」


 しえるは「ゴメン、ありがと」と言って席を離れた。歩玖が思ったとおり、芽緒は「彼氏⁉」と騒いだりはしなかった。が、そわそわした感じを見ると、相手が誰かものすごく気にしているようだった。


「……え? お店だよ。……うん、さっき終わったとこだから。……大丈夫? ならいいけど……」


 聞こえてくるしえるの返事を、芽緒は聞くまいとしながら聞いている。歩玖もなんとなく芽緒の気持ちがわかるような気がした。


「え? 今から⁉ ちょっと待って! あ……」


 少し慌てながら戻ってくるしえるに、芽緒がためらいつつも「誰?」と聞こうとしたが、しえるの方が早かった。


「なんか、アイルちゃん来るみたい……」


 歩玖は知らない名前だった。芽緒と一飛は知っているようだ。


「え、湯布院アイル? 来るの? 今ここに?」


「マジで? ゆぶゆぶが? すご」


 しえるは、知らないのは意外、という感じで説明する。


「あるくんと同じくらいの子で、配信でけっこう有名なんだよ。ちょっと前からたまにゲームのCMに出たりしてるから、顔見たことはあるんじゃないかな」


 「見たらわかると思うけど」と言って、一飛がPC画面を共有する。今年の春に流れていたCMらしい。


「ジ・エンド・オブ・ドリームス7thアニバーサリー!」


 ド派手な演出の中で、マイクを持った女の子が歌うように言いあげる。映像は彼女のとがった耳と透きとおったようなピンク色の髪を強調しているので、アバターなのがすぐわかった。


「夢は、叶えなくちゃ夢じゃない!」


 決め台詞の後、アバターがグラスを外すと、その姿は瞬時に金髪の女の子に変わった。大きな目が印象的で、意志が強そうだが、どこか人懐っこさを感じる雰囲気だった。手のマイクはなぜかフライドチキンに変身していて、女の子がおいしそうにかじってCMは終わる。


「このCM見たことあると思います。しえるさんの知り合いなんですか? すごいですね」


 女の子がアップになるたび「かわい~」と言っていたしえるは少し得意げだった。


「すごいよね。私もアイルちゃんもゲーム始めたばっかりのとき、たまたまイベントで仲良くなってね。まだゲーム配信はしてなくて無名だったんだけど、すぐこんな感じになっちゃった」


 一飛が「えぐ子さんて本当、持ってるよね」と言うと、芽緒も同意した。しえるは「私じゃなくてアイルちゃんじゃない?」と言うが、歩玖も本来ならしえるたちがラストイレイザーを入手していたことを思うと、二人と同じ考えだった。


「あたしもえぐみたいになりたいなぁ」


 芽緒に言われ、しえるは苦笑いした。


「あはは、そんなこと言われても……」


 しえるたちが話しているあいだに、店の前には大きなワゴン車が停まっていた。降りてきた女の子とその父親らしい男性が店に入ろうとしている。しえるはすぐに二人に気づいた。


「あ、アイルちゃん」


 帽子を深めにかぶって色つきのグラスをかけているアイルも、しえるに気づく。


「しえるだ……!」


 男性にくっついていたアイルはぱっと離れて、寄りかかるようにしえるに抱き着いた。金色のきれいな髪をしえるが自然な流れでなでるのを見て、芽緒は少し胸がきゅっと痛む。


 ちょっと、なんなのこの子……。と芽緒は思いつつも、アイルに見惚れてしまった。ハーフっぽいたたずまいは動画より数倍魅力的だったし、鼻からあごと首にかけての雰囲気は洋画を見ているようだった。


 歩玖も芽緒と同じように感じながら、アイルがしえるの背中から、自分の手をゆっくりとグラスへ持っていくのに目を奪われていた。グラスが男性に渡されると、その下にあった目元は画面で見たとおりの整った形だったが、CMと違って血の気が引いていて、かなり歪んでいた。


「うっぷ……。吐きそ……」


 しえるは仕事なみの速さで紙ナプキンをばさばさと引き抜き、自分の服とアイルの口のあいだに挟み込む。


「あー、アイルちゃんここはダメ! 向こう行こ、向こう! ね⁉」


「無理……気持ち悪い……」


 しえるは自分の体ごとアイルをトイレへと運んで行った。残されてぼうぜんとしている歩玖たちに男性が謝る。


「お食事中すみませんね。うちの娘はちょっと乗り物酔いが激しくて……」


 芽緒も歩玖も、全然大丈夫だという風に会釈をしたが、ムースやプリン系を食べていなくてよかったと思った。

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