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ホロ暮らし  作者: 御影 夕介
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2-1 Les couleur, Itoda, Yofu-shi, Tokyo

「あと、これお願いします」


 お客さんが注文したエッグタルトはあとひとつしか残っていない。買って帰ろうと思っていたしえるは、泣きたい笑顔でショーケースから取り出す。


「お気をつけてお持ちくださいませー!」


 お客さんが席へ持っていく最後のエッグタルトを見送っていたしえるは、仲の良いパートのスタッフから「だから取っとくよって言ったのに~」と笑われてしまった。


「あはは……。そうですよね」


 しえるの中では、大好きなこの店のエッグタルトを食べたい気持ちと、できるだけ多くのお客さんに食べてもらいたい気持ちが戦っていた。こういうところが自分でも不器用だとしえるは思う。


 もうすぐ五時になる。しえるは上がるまでにやっておきたいことにとりかかろうとしたが、店のガラス戸からのぞいている少年に気づいて手をとめた。


「あっ、あるく~ん」


 しえるは声に出さずに言い、手を振った。歩玖も小さく振り返す。歩玖は着いたら中で適当に座っているようにしえるから言われていたが、こういうおしゃれなカフェなど慣れていないので入りづらかった。


 しえるも予想はしていたので、作業のタイミングを見計らって歩玖を迎えに出る。


「来てくれてありがと! 暑かったでしょ? こっちでちょっとだけ待ってて!」


「は、はい」


 しえるは俊敏な動きで歩玖をテーブルに案内し、カウンターでの作業に戻った。歩玖からはしえるがほかの何人かのスタッフに何か聞かれているのが見えたが、「誰?」「弟?」「彼氏?」というのまでは聞こえなかった。


 機嫌のいいしえるは得意の説明をするより、不得意な冗談に挑戦してみたくなる。


「っとね。【探求者(クエスタ)】だよ」


 スタッフたちは意味がわからなかったが、しえるが意味の分からないことを言うのはゲームの話のときだとよくわかっていた。歩玖と同じくらいの子供がいるスタッフが歩玖を眺めてつぶやく。


「あんな、あのドラマの時のマモくんみたいな子がねぇ……」


 どの俳優のことを言っているのかしえるには見当がつかなかったが、そのスタッフがゲームのために子供が出歩くのを心配しているのは想像できた。


 しえるもその気持ちはわかる。MRゲームでの事件や事故はたびたびニュースになるからだ。


 しえるは自分のことを、何事もすぐ熱中してしまい、集中すると周りが見えなくなるタイプだと分析している。ゲームにもあまりに没頭しすぎて転んだりしないよう気をつけていて、プレイする時はレンズを片目だけにしておくのもそのためだった。


 しえるは親に心配をかけたくないし、歩玖にも親にも心配させたくない。それで、昨日歩玖が親と話し合った後、自分でも歩玖の両親と話して同意を得ていた。すぐには信頼してもらえないとしても、できるだけ安全に配慮するつもりだ。


 しえるは更衣室で着替えながら、さっき冗談半分で「彼氏?」と聞かれたのを思い出し笑いした。つい「そんなわけないじゃん」と独り言を言ってしまう。でも、男の子が自分を待っていると思うとやけにうれしくなった。


「あ、えぐ! なんだ、着替えちゃったかー……。電車もう一本早ければな」


 テーブルには歩玖と、今さっき来た芽緒もついていた。しえるは芽緒が塾で遅れると聞いていたが、携帯にはぎりぎり間に合いそうだというメッセージが来ていた。


「ゴメンゴメン、着替える前に気づけばよかったんだけど」


 芽緒はどうしてもしえるのアルバイト姿が見たかったらしい。


「歩玖、制服のえぐかわいかった?」


 歩玖は恐れていた質問が来てしまい答えに困ったが、芽緒が「かわいいに決まってるか」と言って答えがいらなかったので助かった。


 それから歩玖は、しえると芽緒がお互いの私服を褒めあったり、しえるのアルバイトや芽緒の塾での小話が終わるのを待っていた。ほんの数分くらいだったはずだが、歩玖には異様に長く感じた。


 とはいえ、しえるはこれでも早めに話を切り上げたつもりだった。


「あ、そうだ、何にする? 割引するよ!」


 第二希望を決めてあったしえるはフロランタン、決断の早い芽緒はエクレアにしたが、歩玖は迷ってしまった。芽緒は急かすつもりはないがちょっと背中を押す。


「歓迎会なんだから、値段なら気にしなくていいけど」


 歩玖が迷っているのは値段もあったが、自分が何を食べたいのかわからないからだった。適当に選ぶのはどうかと思いつつ、とりあえず目の前にあったモンブランを選ぶ。


 しえるはちゃんとカメラにスイーツが入るように端末を置き、一飛に確認した。


「パンダちゃん聞こえる? 見える?」


「みなさんお疲れです。あー、いいもん食ってんね。シオンヌ姉さんが羨ましがりそう」


 紫音は今、仕事と結婚関連で相当忙しい。前からパーティには来月いっぱいくらいまでほぼゲームに入れないと伝えてあった。昨日の半休もかなり無理をしてとっていて、昨晩のチャットではこの場に参加できない悔しさをあふれさせていた。


「じゃあ、あるくん、改めてよろしくね!」


 こんな経験はあまりないので、みんなの拍手に歩玖は照れてしまった。


「あ、はい……よろしくお願いします」


 芽緒はエクレアを器用に等分しながら言う。


「にしても、親に直に電話するとはねぇ……。さすがえぐだわ」


 しえるは交渉の件をチャットでパーティに知らせていて、この店で歓迎会を開くのもその時決まった。チャットでの歓迎がだいぶ盛り上がったので、今日はどちらかといえば二次会という感じになっている。


「いやまぁ……。実はちょっと、びっくりさせちゃったかなと思って反省してるんだよね」


 芽緒は「そりゃそうでしょ。小学生の息子に女から電話はヤバいから」と言い、エクレアの一片をフォークでしえるの口に押し込む。その隙に歩玖が弁解した。


「でも、うちの両親はしえるさんのことよりも、僕が自分で何かをやりたいって言ったことの方が驚いたみたいなんです」


「あー。なんかわかる気がする」


 芽緒の反応の後、一飛が申し訳なさそうに言う。


「あの、俺のことでいろいろすみません。ご迷惑おかけしてます」


 芽緒が「まあ、一番怪しいからね……」と言うとおり、歩玖の両親も、歩玖が一飛の顔も住所も仕事もわからないというのは気にかかった。でもしえるをしっかりした人だと思ってくれたらしく、とりあえずの信頼を示してくれた。


 歩玖も考えていたより大ごとになってきて責任を感じている。


「すみません。僕もみなさんに急にお願いしちゃったので……」


 芽緒はグラスを取り出してかけた。


「そういうわけで、久々に酒田一飛二十九歳独身山形県在住の顔でも見てみるとしますか」


 一飛は焦っているらしい。


「え、もうですか? 早くないすか?」


「ヒゲ剃っといてって昨日から言ってるじゃん」


 芽緒はいたずらっぽく笑いながら、歩玖に早くレンズに画面を出すよう促す。歩玖が、ここへ来るのに使ったナビをしまってビデオ通話を立ち上げると、青年の顔が映った。


「……あるくさん、どうも」

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