1-6 Akira Park, Akira, Shinagawa-ku, Tokyo
「ちょ……っ! ええー⁉」
まっさきに叫んだ芽緒は、目の前のログが信じられないというように何度も確認している。しえると紫音が感嘆の声を上げた。
「すごい! 四桁だ!」
「うわー、バグみたい!」
パンダは大声を出したいが抑えているという感じだ。
「やば……! これは、なんかやっちゃいましたね、あるくさん……」
芽緒は自分を落ち着かせながら状況を整理しようとする。
「いや、マジでバグなんじゃない? こんなのあり得ないでしょ! あたしらと比較になんないどころか、上限の7000も大幅に超えちゃってるし……!」
パンダもいろいろと考えている様子だった。
「……ダメージ計算は全部解析されてるわけじゃないし、対象が晶くんだったのも関係あるのかな? 防御無視みたいなパーツがついてるとか……だとしてもこんなに上限超える説明がつかないか」
数字で明らかに出たことで歩玖も異常さを実感し、心配になる。
「あの……。これ、大丈夫なんですかね」
何がとは言わなくても、しえるには気持ちが通じたようだ。
「やめぐらさんが言うとおり、これだとゲームがめちゃくちゃになっちゃうね。晶くんだけじゃなくて、ギミックとか全部関係ないのかも。まして普通のボスなんてどうなっちゃうのかな」
芽緒と紫音もだんだん不安になってきていた。
「……なんかやる気なくすわ。全アタッカーはもう存在意義がないじゃん」
「私も、防御デバフが死んじゃうんですけどぉ……」
表情がないせいか、パンダは深刻そうに見えない。
「環境破壊とかインフレはしょうがないよ、この手のゲームにはつきものなんだし。みんなもそれは承知の上でリソース割いてるでしょ? 俺的には運営がどう出るかが気になるね。さすがにチートとはみなされないだろうけど」
「それはそうだけど、ここまでぶっ飛んでるとさ」とため息をもらす芽緒の背中をとんとん叩きながら、しえるがパンダに同意する。
「そうだね。やめぐらさんはルールの範囲内でやってるつもりでも、もしかしたら運営からはなんか言われちゃうかもしれないよね。そもそも復讐って言ってやってるわけだし」
芽緒はやめぐらが気に入らない様子だった。
「勝手なことするなぁ。今までこんなものを手に入れるために頑張ってきたのかと思うと、なんか空しくなってきた。みんなやめぐらに踊らされてるだけじゃん! ばっかばかしい」
紫音がにやにやしながら芽緒の腕をつつく。
「ほんとにぃ? じゃ、あるきゅんより先にうちらが取っててもそう言ってた?」
芽緒は痛いところを突かれたらしい。
「そっ……、その聞き方はずるくない⁉ 仲間だと思ってたのに!」
パンダが小声で「シオンヌ姉さんは人の嫌がることをするのが本当うまいわ」と言うのをスルーして、紫音が歩玖にささやく。
「あるきゅん、やめぐらカリバーさえあればやりたい放題だし、配信で荒稼ぎできるよ! 私と世界狙おっか⁉」
「い、いえ、僕は……」
歩玖が断ると、しえるが「あるくんはそんなことしないよ」と言った。
「そう? でも一応教えといてあげなきゃ。才能を生かすも殺すもあるきゅん次第。ね?」
紫音が冗談で言っているとわかっていたが、歩玖は自分の性格からして、紫音が本気だったら本当にやらされていたかもしれないと思うと怖ろしくなった。
パンダは、箱をひとつ失って「昌くん」になってしまった晶くんをじっと見ている。
「にしても、晶くんも作った人も、ゲーム性無視で倒されちゃうなんてかわいそうだわ」
芽緒はまた経験値のことを思い出したらしい。
「クソボスに同情するわけじゃないけど、正攻法で倒してあげるか。ヒントはこれで全部?」
「さあ、どうでしょうね」
パンダの受け答えが最後のヒントになったようだ。芽緒は「オッケ、やっぱそうか」と言い、パンダの特殊な攻撃技と紫音のデバフをそれぞれの箱に当てさせ、歩玖が考えているあいだにあっさりとクリアしてしまった。
「@さんにはちょっと簡単すぎたかな」と言うパンダよりも、芽緒は経験値に興味があった。思っていたより次のレベルに近づいたようで喜んでいる。
歩玖は出る幕はなかったが、そうなってよかったと思った。みんな、歩玖を単にやめぐらカリバーの持ち主とだけ考えているわけではないし、歩玖を利用しようなんて思っていないというのが伝わってきたのだ。
「あ!」
突然、しえるが叫んだかと思うと、歩玖の目の前が紫色に輝きだした。しえるは空を指さす。
「エアリアルプリズムだ! ここに来てたんだ!」
しえるの指は太陽の方を向いていた。歩玖が見上げると、雲のあいだに、巨大なガラスでできた角柱のようなものが浮かんでいる。もちろん架空の存在だが、一瞬どうやって浮いているのかと思ってしまうほど、現実の空になじんでいた。
「なんですか? あれ……。それに、この光も」
しえるが興奮ぎみに説明する。その体はやはり、紫の光に包まれていた。
「あれは、浮遊柱エアリアルプリズムっていって、空中に浮かんでるダンジョンなの! 私たちがやめぐらカリバーを手に入れたかったのは、あのダンジョンに挑戦したいからなんだよ」
「でも、あんなところどうやって行くんですか?」
紫のしえるはゆっくり首を振る。
「わかんない。あれは来月のイベントのために運営が作って、春くらいから都内をふよふよしてるんだけどね、ほとんどが謎のままでさ。わかってるのは、当日の上位八組のパーティだけが入れるってことと、制作したダンジョンエディターが【ふかしイモ】さんってことだけ」
「え、ふかしイモって、人の名前ですか?」
「うん。ふかしイモさんは普通のプレイヤーなんだけど、作るダンジョンがやってて楽しい、って昔からすごい評判が良くて、最近はああいう運営とか、コラボのダンジョンとかも作ったりしてるんだ。私も大好きな人だから、絶対挑戦したい! って思ってて」
気づくと、しえるの顔は少しずつ紫から青へと移り変わっていて、歩玖は「あ」と声をもらした。
「きれいだよね! 太陽の光がエアリアルプリズムで屈折して、地面に影みたいにおっきな虹ができるの。いつどこに来るかわからないから、虹の中に入れるのはけっこうラッキーだよ」
「へぇ~……。面白いですね」
歩玖は自分の腕や剣を光に照らしてみる。みんなの姿も寒色に輝いているので、暑い中でも涼しげだ。芽緒と紫音は「うちからはよく見るけど、虹に入ったのは初めて」「私も」と言っている。
話しているあいだに、しえるは明るい空色に染まりつつあった。
「あの中にはすっごい強いボスがいるんだって。勝てるかわかんないし、まず行けるかどうかもわかんないんだけど……。でも、あるくんがパーティにいてくれたら心強いな。私、みんなと一緒だからここまで楽しかったし、きっとこれからも楽しいと思う。よかったら一緒に遊ぼ!」
空色が緑色に変わる前に、もう歩玖は決めていた。歩玖はディスプレイをオフにして、自然な色のしえるに答える。
「はい。よろしくお願いします」
歩玖は、こんなに自分からやってみたいと感じたことはこれまでになかった。うまく言えないが、不思議な安心感のようなものがあった。
「よーし、じゃあ、やってみよう!」
しえるは歩玖とパーティに微笑んでから、また何もないところを見上げる。
しえるが空を見ているのか、それとも、レンズの中の浮遊する角柱を見ているのか、歩玖にはわからない。
歩玖は、それが両方だったらいいな、と思った。




