7-4 In the Same Light
初が全然関係ないゲームを配信していても、この一週間ほどコメントはずっとラストイレイザーのことばかりだ。はっきり言って、初の中ではもう復讐は終わっていた。「あるく」の選んだ自由こそ、本当の自由なのかもしれない。
「……ゲーム以外の配信するって言ったら、どう思う?」
喋りの上手さや、ものづくりの才能など、視聴者はいろんな観点から提案をくれた。何をするにしても、自分の居場所はここなんだ、と初には思えた。
一飛はもう毎日弁当を買っているわけではないが、ちょっとした用事をコンビニで済ませられるようになったので、ほぼ毎日来ていた。レジが暇な時間帯らしく、管野から話しかけられる。
「エアリアルプリズム、仙台にも来るらしいっすよ」
管野は配信を見ながら、隣から聞こえてくる大声とパンダのプレイヤーの行動が一致して、もしやと思った後、さらに聞き続けて「えぐ子」や「@」などの単語で確信に至った。行動力はあるので、この機会を逃すことなく一飛に壁ドンの件を謝り、お互い意外とすぐ打ち解けた。
「え、そうなんですか」
一飛は壁を作りかけたが、今回も逃げるのはやめておいた。管野がソロ専門なのは聞いていたが、「よかったらパーティ組みます?」と言おうとして、松山に先を越された。
「もう一緒に行っちゃえば良くね? お土産よろ~」
松山は日焼けしてさらにギャルっぽくなっていて、一飛は元パーティの三人はまだ楽なほうだったと思う。解散から一週間しかたっていないが、もう懐かしく感じる。
東京に行くことがあれば、ドローンのカメラでしか見たことのない、都内の観光地や、傭布、間野、クラウドツリーに寄ってみるのも良いかもしれない、と一飛は思う。いつか、同じ空の下で、同じ場所に立って、同じものを見ながら、あのパーティで遊べたら。
そのときこそ、自信を持って、本当に仲間だと伝えられそうだ。
「あのさ、これ……」
芽緒が差し出したクーポンに、塾の例の教室で話していた三人は驚いている。芽緒は、自分のほうから話しかけるのが初めてだからってそんなに驚かなくても、と緊張してくる。
EODをやめた今、最強の攻撃力、最強のアーツを追い求めて行き着いた武器は、このクーポンだった。そしてこれは、決死のフルカウント。そんな風に思いながら、芽緒は右手を震わせる。
「え、すごい! 何でも半額⁉ 私たちハズレばっかりだったのに!」
手に取った凛花は、芽緒がこの一週間悩みに悩んでやっと踏み出せた一歩だとは知るはずもない。いつものようなのん気さで机に置いて、三人で珍しそうにのぞき込んでいる。
芽緒は、三人の視線がなくなって、急に怖くなってしまった。
あたしは何をやってるんだろう。この、時代錯誤のうすっぺらい紙切れが最強の武器? ばかばかしすぎない? 一年以上毎日必死で溜めてきた経験値と同じ価値なんてある? ……今さら、こんなあたしが受け入れてもらおうなんて、虫が良すぎるんじゃない?
「三人で使いなよ。じゃあね」
「あ……。でも」
凛花は呼び止めようとしたが、芽緒はすたすたと出て行ってしまった。クーポンに四人までと書いてあるのを見て、星菜は「やっぱ、うちらとは行かないってことなのかな……」とショックを受けていた。
「私、行ってくる」
「ちょ、マジで? 待てって」
星菜は凛花を引き留めた。凛花も迷ったが、クーポンの汚れや折れ曲がりを改めて見たら、ここで行かなかったら絶対後悔する、という気持ちが強くなった。
「牡丹さん泣いてるかも」
「あの人が? なんで? ていうかじゃあ、なおさらそっとしといたほうがいいだろ」
「でも行く!」
凛花は星菜の手を振りほどいて廊下に出たが、芽緒はいなかった。この時間差で見失うということは、走ったということだ。凛花は祈るような気持ちで人気のないトイレに駆け込み、個室の扉を叩いた。
傷つくことになっても、傷つけることになってしまってもかまわない。その覚悟がある。伝えるなら今だ。
「牡丹さん⁉」
まさか追いかけてこられるとは思わなかったので、芽緒は戸惑った。もう何も見たくないし、何も見られたくない。が、意を決して、腫れだした目で扉を開けた。凛花の後ろには星菜と薄荷もいる。
「ごめん……。あたし、みんなのことずっと、自分とは違うって思ってて……。一緒にいたいって思えなかった。ひどいことして本当にごめん。ごめんなさい……」
星菜は、あり得ないくらい芽緒が泣き出したので、本当にあの芽緒なのかと思うほどだった。しかも、凛花も凛花とは思えないような落ち着きぶりだ。
「私もごめんね。牡丹さんの気持ち、知ろうともしないで……」
「違う、全部あたしのせい。最低で、最悪だから……!」
「いいよ。私は牡丹さんが最低でも最悪でもいい。最低なのも、最悪なのも、楽しそうなのも、泣いてるのも、かわいいのも、かっこいいのも、全部牡丹さんだもん。だから仲良くなりたい」
芽緒は、凛花が赤ぴよのことや、自分がしえるに言ったことを知っているはずがないのに、どうして同じようなことを言うんだろう、と不思議だった。でも答えはすぐにわかった。凛花が芽緒と同じことを考えた、というだけのことだ。
「ふふ……」
こんな偶然あり得る? と、芽緒はおかしく思えてきた。考えてみれば、偶然の連続だった。でも、偶然じゃないこともあったのかもしれない。自分にもほかの人と同じところがあるのだって、きっと当たり前のことなんだ。
「あはは……うぅ……ふふふっ……」
「牡丹さん、あたしもごめん……う~……ぶふっ」
泣きながら笑う芽緒に、星菜はもらい泣き笑いしていた。凛花も、芽緒は寂しかったのだろう、と思うと涙と鼻水が止まらない。
「こいつら、やばい……」
薄荷はノリでついてきただけだったので、こんなことになるとは予想外だった。でも、こういうのも嫌いではなかった。
「待ってよ、ねー!」
このあたりは芽緒の家に近かったのか、と思いながら地図を見ていたらアイルと離れすぎてしまったので、歩玖は立ち止まった。歩玖は方向音痴だが、レンズのナビを見ながらだと人より歩くのが早かった。もしかしたら得意なのかもしれない。
「すみません。休みますか?」
「いい。何かしてたいもん」
アイルはダディとけんかして「アイルはダディのおもちゃじゃない!」と怒鳴って出てきたのだという。ほかの人だと説教されそうだしアイルは海が見たい気分だったとのことで、歩玖は湾岸まで呼び出された。今は二人で簡単なダンジョンを遊んでいる。
「あの先ってどうなってるんでしょうね」
「どこ? エリア外じゃん」
「えっと……。そうじゃなくて」
アイルは、自分が現実を見れていないと言われた気がして、急に恥ずかしくなった。年下の歩玖には負けたくない。ゲームを中断し、グラスを外した。
「……そんなの、行けばわかるんじゃない?」
「行ってみますか?」
「あ、だから待ってって~!」
歩玖は海を渡る大きな橋のほうに歩きだした。そこに何があるかわからないが、まだ見たことのない新しい何かを見られるはずだ。いろんなものを見れば、いろんなことで役に立てるかもしれない。そう思うと、歩玖は楽しくなってきた。
ひかりから、勇哉が久しぶりに帰ってくるので夕食のカレーにタコを入れていいかと聞かれて、しえるは硬い顔で「なんで……?」と聞き返した。
「しえるがタコ嫌いだから隠してたんだけど、パパとママめっちゃ好きなんだよ」
「え~⁉ そうだったの⁉ もしかしてそれで……⁉」
今になってふかしイモダンジョンの秘密が明かされるとは、としえるは思った。お互い変な気を遣うのも、肝心なことをちゃんと言わないのも、好きなもののことばかり考えてしまうのも、もしかしたら一家の特徴なのかもしれない。
ひかりは藤山やサルヴァートル、八戸のおかげでハコネとは穏便に話し合うことができて、仕事をこれまでどおり続けられている。でも、なるべく負担を減らしてもらおうと思っていた。今回のイベントのプロジェクトも、ほかの人に引き継ぎたいと伝えてある。
これからは、自分や家族や、ほかのいろんなこととちゃんと向き合う時間が必要だった。ひかりは、そう気づかせてくれたしえるに本当に感謝している。しえるも勇哉も、ひかりとお互いに支え合っていくつもりだ。
夕食までには帰る、と言って、しえるは近所の河原に来た。パーティ解散のタイミングでEODをいったんやめたおかげで、時間も体力もお金も余裕がある。野球をやめたときとほぼ同じで、宿題とアルバイト以外にすることがない。とりあえず毎日河原を走っていた。
よくここでパパとキャッチボールしたっけ、と思いながら準備運動をしていると、ちょうど小さい子の家族がキャッチボールをしていた。若い夫婦を見て、さっき紫音から来た幸せ満載の新婚旅行の動画を思い出す。しえるの好きなフランスなので、いつか行ってみたいと思った。
「うわ! 痛っ……」
想像をふくらませていたら土手の階段でつまずいて、しえるは左手にすり傷ができた。蛇口で洗いながら、野球でもゲームでも、いつも傷だらけだったな、と思う。でも、傷つくのは戦っているからだ。戦って乗り越えて、強くなれた。
もっと強くなって、もっと誰かを助けられるようになりたい。
左手を握る。もう大丈夫だ。痛くない。
「よし! やってみよっか!」
黄昏の光る河を走りながら、エアリアルプリズムの輝きと虹を思い出す。逃げても、迷っても、倒れてもいい。そこで生まれる願いやポエジーがある。ふかしイモはそう教えてくれた。
だから、前に進みたい。
新しい夢も、きっと見つかる。
(終)




