1-3 Akira Park, Akira, Shinagawa-ku, Tokyo
いつのまにかトイレから戻ってきていた@が歩玖に確かめようとする。
「でもさボク、さすがにその場には行ったんでしょ? 最近、東北と北海道と九州行った?」
「もしかしたら……。行ってるかもしれないです」
@は、歩玖の画面に日本全国の各地方に七つのポイントが記された地図を出してきた。
「ここらへんに心当たりある?」
歩玖は、旅行好きの両親に連れられて連休のたびに全国各地を旅行していることや、なんとなくついて行っているだけなのでわからないが、知らずにその試練の場所に行っていたのかもしれない、と答えた。
さらに@から、親たちはゲームのことを知っているのか、ほかに旅行のルートを決めた人はいないのか、実は歩玖自身がやめぐらの関係者なのではないか、などいろいろ聞かれ、歩玖はずっと首を横に振りっぱなしだった。
「いきなり問い詰めちゃってごめん。ボクを疑ってるわけじゃないんだけど」
腕組みをしていた@は、そう言ってから両手を腰に当てる。
「つまり、あたしたちが必死で探しながら回ってたポイントを、ボクは旅行で知らないうちに偶然回ってた、と。でもそんなことってある……? いや、やめぐらカリバーを持ってる以上、それが何よりの証拠か」
やめぐらカリバーというのはこの剣のことを言っているのだと歩玖にもわかった。@はえぐ子たちに向き直る。
「だから、あたしの言ったとおりだったでしょ、試練やる必要ないって! このゲームにあんなこと判断できるわけないから!」
えぐ子とシオンヌは@に責められているようだった。
「いや~、万が一もあったかもしれないし。せっかく行ったからってのもあったし……」
「まあまあ、なんだかんだ言ってあれはあれで楽しかったからよくない?」
二人はあまり悪びれていないが、@は慣れた様子だった。
「……そりゃ、二人と旅行できたから楽しかったけどさ。でも、あれが最後の思い出になっちゃうかもってことだよ」
@の言葉で場がしんとしてしまったが、えぐ子が話し出すと流れが変わった。
「あるくくんが今日ここに来たのは、すっごい偶然だったんだね。ほんとに知らなかったんだと思うけど、その剣はこのゲームやってるみんなが欲しがってる、超超ちょ~激レアなやつなんだよ」
「えっ……。そうだったんですか」
そう聞いて、歩玖は驚くとともに、今までの彼女たちの言動が納得できた気がした。えぐ子は続けて説明する。
「三か月ちょっと前、このゲームの配信で一番ってくらい有名な、やめぐらさんっていうプレイヤーが突然、引退発表したの。で、最後に自分の財産全部をつぎ込んで最強の剣を作ったから、誰かにあげるって言うのね」
歩玖は、やめぐらのアバターである、さっきの女の子が同じことを言っていたのを思い出した。
「でも、ただあげるわけじゃなくて、お願いがあるんだって。やめぐらさんがこのゲームをやめる理由っていうのは、運営が嫌いになっちゃったからなんだけど、運営に復讐するために、このものすごく強い剣を使ってゲームの環境をめちゃくちゃにしてほしい! って言うんだ」
えぐ子によると、やめぐらはできるだけ自分に共感してくれるプレイヤーにこの剣を与えたかったので、そのためにいろいろ考えたらしい。やめぐらがとったのは、自分の作ったダンジョンに謎をしかけて、解いたプレイヤーに剣を獲得させるという方法だった。
やめぐらのダンジョンは、なんと日本全国をマップにした超広大なものだった。全国各地に七つのチェックポイントが隠されていて、そこを実際に訪れて「試練」をクリアしなければならない。こうして、世界中のプレイヤーによる「やめぐらカリバー」探しが始まった。
「やめぐらさんには悪いんだけど、私たちは別に運営に復讐したいとかは思ってないのね。ちょっと訳あって強くなりたかったから、どうしてもその剣が欲しくて、最近は謎解きしながら、毎週末いろんなとこ行ってたんだ。楽しかったけどお金がね~……。あ、それは今はいっか」
ここまで長い説明だったが、歩玖はえぐ子がすらすらと話すので感心していた。
えぐ子は、多くのプレイヤーが七つ目の場所を見つけたものの、その後現れる八ヶ所目の謎に苦戦していたという。すべての謎のヒントはやめぐらの過去の配信に隠されていたのだが、最後の手がかりはしばらく誰も見つけることができないでいた。
「もう何週間もず~っとやめぐらさんの配信見ててさ、一回だけ、はっきりとじゃないんだけど、子供の時の思い出の場所の話しててね、それがこの公園だったんだ。さっき画面に剣の反応があってびっくりして、すごくない⁉ やったー! とか、思ってたんだけど……」
えぐ子は話しながら、歩玖が気まずそうにしているのが心配なようだった。歩玖は自分が剣を手に入れたことで、えぐ子たちの苦労が無駄になってしまったと思っていた。
「だから、がっかりしたのはホントなんだ。でも、私たちがもっと早く見つけてればよかったんだもん。あるくくんは気にすることないよ」
えぐ子がそう言うものの、歩玖は気にしてしまう。
「すみません、そんな大事なものだとは知らなくて……。元に戻したりってできないんですか?」
えぐ子が腕を組んで考えていると、パンダから声がした。
「念のため調べてみたけど、ないね。このゲーム巻き戻しはないし、アイテムを渡せるのはダンジョンクリアの報酬に設定した場合だけ。それも、強いアイテムは強いダンジョンにしか置けない」
えぐ子が補足する。
「あるくくんがその剣を誰かにあげるには、やめぐらさんくらい強くならなくっちゃいけない、ってことなの」
そんなことは歩玖には到底無理な話だった。有名配信者なみとなれば、それはもうゲームが職業というレベルだ。
「そんな……」
歩玖がとても気にしているので、えぐ子は励まそうとする。
「でも、剣を手に入れたのがあるくくんでよかったよ。もし、やめぐらさんみたいにゲームの環境を壊したいって人が先に来てたら、私たちの好きなゲームがめちゃくちゃにされちゃってたかも」
「たしかに」「言われてみれば」と、@とシオンヌがうなずいた。えぐ子は続ける。
「それに私たちも、やめぐらカリバーがないともうおしまい、ってわけじゃないんだ。もし手に入らなくても、ここまで鍛えてきた実力でやれるところまでやってみよう! って思ってたからね」
歩玖はえぐ子の話し方に、自分を気遣ってくれていることだけでなく、すでに彼女が落ち込んだ気持ちを切り替えているのを感じた。
「ね、みんな?」
えぐ子は笑顔で@とシオンヌの方に振り返るが、二人の顔は険しい。@は「皮肉だと思わないんでほしいんだけど」と前置きしてから言う。
「えぐのそういうとこ、あたし本当に好きだよ。でも実際、戦力的にどうかな……」
シオンヌより先にパンダが声を出した。
「さすが俺たちのリーダー、っていうのは言えるんだけどね……」
言い出しにくそうにしていたシオンヌは申し訳なさそうだった。
「……みんな、ホンットごめん!」
「それは言わない約束」
@がシオンヌをこづくと、えぐ子は歩玖に事情を教えてくれた。
「あのね、私たちがやめぐらカリバーを手に入れたかったのは、来月の特別なイベントでほかのパーティと競争して、かな~り上の方に入りたかったからなの。そのイベントは前半で勝ち残れば後半に進めるんだけど、実は後半の日と紫音ちゃんの結婚式の日が重なってて……」
歩玖は片手で頭をかいているシオンヌと目が合う。
「えっ! あ……おめでとうございます」
「いや、マジ申し訳ねっす」
反射的に言った歩玖と、シオンヌこと紫音のやりとりで、ほかの三人はくすくすと笑った。
「……そういうわけで、もし剣が手に入らなくて、やっぱ実力的に厳しいからイベントはやめとこうか? ってなったら、それはそれで、紫音ちゃんの結婚式に呼んでもらえることになってるんだよね」
えぐ子がにっこりしていたので、歩玖もかなり気が楽になった。自分のせいで、えぐ子たちがもっと大変なことになってしまうんじゃないかと思っていたのだ。
@はえぐ子とシオンヌに言った。
「でもやっぱ、紫音の結婚式には行きたいけど行けないから。あたしはえぐと一緒に【エアリアルプリズム】に行きたいもん」
二人は@に答える。
「うん。ありがと、芽緒ちゃん!」
「私も、しえると芽緒にはそうしてほしいな。ちょっと残念だけど」
歩玖は、二人の変な名前が本名ではないみたいでよかったと思った。
@はパンダにも声をかける。
「パンダは……。そもそも東京には来ないか」
「@さん、俺のことわかってくれててうれしいよ」
@はパンダの返事がちょっと不満なようだった。
「そういうの、仲間意識とは微妙に違うからね」
「……」
「都合悪くなるとすぐなんも言わなくなるし。いくらあたしが動物好きだからって、パンダのかわいさでいつまでもごまかせると思わないでよ」
二人の様子にえぐ子は「ふふ」と微笑んでいたが、歩玖には何かを深く考えているように見えた。きっとパーティがこれからどうすればいいのかを考えているのだろう。
歩玖はえぐ子の顔を少し見上げて、不思議な気持ちになった。もちろん、歩玖も男子なので、そういう意味で彼女を魅力的に感じていなくはない。でもそれとは別に、歩玖はえぐ子の人柄に惹かれつつあった。
えぐ子のパーティはお互い信頼し合っているみたいだし、えぐ子も三人のことが好きそうだった。彼女も歩玖が剣を手に入れてしまって落胆していたのに、パーティが前向きになれるよう助けていたし、その原因である歩玖のことも、むしろ心配しなくてすむよう助けてくれた。
そして、えぐ子は自分がしたいと思ってそうしているようで、楽しそうだった。
歩玖は、もしかしたらえぐ子のようなことを、自分もしたいのかもしれないと思った。
歩玖はいつも自分からではなく、親や先生、クラスメイトなど、誰かに言われたことをしているのが当たり前だった。それは「自分がない」からだと思っていたが、実は、誰かの役に立てるのがうれしかったからなのかもしれない。
さっき、お使いをもっとうまくできればよかったと思ったときに感じていたもやもやも、そう考えるとすっきりする。もし、言われるまで待っているのではなく、えぐ子のように自分から役に立てるようになれたら、きっと楽しいだろう。こんな感覚は歩玖にとって新鮮だった。
まるで、ずっと曇っていたガラスを拭いて、ぴかぴかの透明にしたときのようだ。
えぐ子の片目レンズのまなざしは夏空と大きな雲に向けられていたが、ふっと自分の方に降りてきて、歩玖は少しどきっとして思う。その瞳とレンズは、自分をどんなふうに映しているのだろう。
えぐ子は決意のこもった笑みを浮かべてから、仲間たちの方を向いた。
「さて、やってみよっか!」
「あの……」
えぐ子は、パーティの返事に歩玖の声も混ざっているのに気づいた。
「ん?」
「あの、僕がえぐ子さんたちのパーティに入ったらダメですか?」




