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ホロ暮らし  作者: 御影 夕介
31/42

5-4 Nita Academy, Nita, Minato-ku,Tokyo

 カバンの中の英語のテキストが目に入って、芽緒は背筋が冷たくなった。


「あー、そうだった……」


 間野から帰った後、疲れていたしいろいろ考えてしまって何も手につかず、予習を後回しにしていたら結局忘れてしまっていた。授業は昼休みの後なので、やれるだけやっておくしかない。自習室へ行こうか迷ったが、受付での手続きが面倒なので例の教室で始めた。


「あ」


「え?」


 芽緒と机何個ぶんか離れたところから、お互いにいるのを気づいていなかった薄荷が近寄ってきた。薄荷は芽緒のカバンについている「ニンジン侍」をじっと見て、もとの席に戻ると、ごちゃごちゃしたアクセサリーがついた自分のカバンを抱えてきた。


「同じ」


 薄荷はその中から「ニンジン侍」をつまみ上げて、芽緒に見せつけた。


「あ! 氷倉さんも持ってるの⁉」


「うん。くらみんか、みんとでいーよ」


 芽緒はとっさに何のことか考えて、呼び方のことだと推測した。


「じゃあ薄荷で……。あたしも芽緒でいいから」


 こんなところに「ニンジン侍」仲間がいたとは、と芽緒が思っているところへ、廊下から星菜が薄荷を呼びに来た。


「おーい薄荷、メシ食おうぜってちょおわー!」


 薄荷がなぜか芽緒と話しているので驚き、星菜は弾かれたみたいに教室には入れなかった。薄荷はやれやれ、という感じで星菜を助けるため腰を上げた。


「ちょっと行ってくる。待ってて」


「う、うん……」


 また芽緒を避けてしまって自責の念にかられている星菜の肩に、薄荷は手を置いた。


「めお、意外と親しみやすいぞ」


「何してんだよお前⁉」


 星菜はつっこみで調子を取り戻したので、もともと三人で弁当を食べるはずだった場所にいる凛花に「早く来い」とメッセージを送った後、二人で芽緒の隣で弁当を広げた。


「あのー……。牡丹さん、食べないの?」


 芽緒と星菜は緊張していた。芽緒はどちらかというと少食だし、食べれなくても予習したかったが、星菜がせっかく言ってくれているのを無下にはできない。


「あ、ありがとう。……土岐さん、一緒に食べてもいい?」


「え⁉ 当たり前じゃん!」


 星菜は力加減がわからず強めに返事してしまった。間が持たないので凛花に早く来てほしい。


「ごめん! 食べよ!」


 はあはあ言いながら来た凛花の弁当はぐちゃぐちゃになっていた。一回広げたのを包みなおし、急いで来たら途中で落っことしたという。


「ふふ……。おかしー」


 芽緒は笑ったが、自分でも上品ぶった感じになってしまったと思った。パーティ相手だったら軽口でも叩くところだ。とはいえ、そうと知らない凛花は芽緒が笑ってくれてうれしかった。


 四人は食べながらいろんな話をした。芽緒は、三人から弁護士を目指していることや、成績が良いことを褒められて、うれしいやら恥ずかしいやらという感じがした。そして、褒め返そうとしたが、三人のことなど何も知らなかった。


 三人は自分のことを見てくれているのに、自分は三人を見ようとしていなかった。芽緒は反省して、内心落ち込んだ。そのせいで、星菜が良い意味で「牡丹さんってやっぱしうちらと違うよなー」と言ったのも、悪いほうに受け取ってしまった。


 でも、話せて良かった、なんでもっと早くこうしなかったんだろう、と芽緒は思った。時間がいつの間にか過ぎて、昼休みはあっという間だった。


「誘ってくれてありがとう。……ほんと楽しかった」


「うん! また一緒に食べようね!」


 凛花たちに手を振られて、芽緒は教室の出口で別れる。


 芽緒はトイレに寄って、鏡を見た。昨日とは全然違う笑顔だ。本当に、しえると遊んでいるときのように楽しかった。いつもこんなに楽しんでいるのだから、しえるだって楽しんでくれているはずだ。前はどうしてあんな風に考えたりしたんだろう、と芽緒はまた笑った。


 でも、授業が始まって、英語のテキストを開いたとき、まるで崖から突き落とされたような気持ちになった。芽緒は、予習できなかったのは三人と話していたせいだ、と思ってしまった。そんな小さなことでなんで恨んでしまうのか。三人のせいではないと頭ではわかっているのに。


 まあいいか。次はやればいいんだし。長文を目で追いながらそう思ったとたん、テキストが丸く濡れた。芽緒は驚いて、よだれを垂らしてしまったと思い、手で口を抑える。でも、まだ同じところに何度も液体が垂れている。芽緒は不思議だった。泣いてなんかいないはずだ。


 しかし、目からは涙がどんどん流れていた。芽緒は戸惑った。そういえば、あのとき晶でもこうなった。別に悲しくないのにどうしてだろう、こんなのおかしい、と考えると、むしろ笑いそうになる。芽緒は、あたしそんな疲れてるかな、と自分に問いかけた。


 すると、「疲れてるよ!」と叫びたくなった。その後は、もう駄目だった。次はやればって何? と思う。次、次って、いつまでこんなことしなくちゃいけないの? ずっと終わらないの? 楽しいのはすぐ終わっちゃうのに、なんでつらいことばっかり続くの? もっとみんなと一緒に遊んでいたいよ……!


 芽緒は誰にも気づかれないように、泣きながらトイレに行って、また少し泣いた。涙がひいてから鏡を見ると、目が赤くなっている。こんなウサギみたいな目では、泣いたのがまるわかりだ。芽緒は帰ることにした。


 グラスをかけて帰っていると、ちょっとは落ち着いてきた。芽緒はぼんやりと、しえるもこんな風に泣くことがあるんだろうか、と考えた。でも、きっとないだろう。しえるは強いから、こんなことで泣いたりしない。


 芽緒は、自分としえるは違う、とはっきり言われてしまったような気になった。しえるは自分の都合が悪くたって、ほかの人に合わせるはずだ。でも、自分にはできない。同じようなことをしたくても、こんな風になってしまうのだから。


 あたしは、えぐみたいにはなれないんだ。そう考えて、芽緒はまた泣いた。

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