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ホロ暮らし  作者: 御影 夕介
22/42

4-2 Nita Academy, Nita, Minato-ku,Tokyo

 勝ち負けにこだわるのをしえるがあまり好きではないのはわかっているが、芽緒はアイルに勝ちたかった。勝ちさえすれば、しえるは今のパーティにいるのが正しい、ということになると思ったからだ。


 アイルはたしかに強いが、ほかのメンバーもそうとは限らない。アイルと組むのは、微妙に格下で、バフをもらってようやく一線級というプレイヤーなことが多いし、腕が問われるのは補正が切れるタイミングだ。アイルにそこまでのスキルがないのは芽緒も配信で知っている。


 デバフに異様な才能を持つ紫音がいないのは大きいが、なんといってもこちらには歩玖がいる。しえるのEPLもパンダの経験もある。あとは自分がどう立ち回るかだが、足を引っ張らなければ勝てる見込みは十分ある、と芽緒は考えた。


 視線を感じて、ほかの生徒と目が合った。全然知らない学校の生徒は、何事もなかったように友達との会話に戻る。芽緒は自分の顔がだいぶ険しくなっていたせいだと思って、窓ガラスに映った眉間のしわを伸ばした。


 今日また、凛花に話しかけられたときの席に芽緒が座っているのは、おととい歩玖がしえるに「楽しんでみます」と言ったからだ。


 芽緒には、歩玖もしえるみたいになりたいと思っているように見えた。しかも、昨日のチャットでは一飛もしえるのおかげで外に出るのに慣れていけそうだと言っていた。芽緒はそういう手助けができるしえるは本当にすごいと思うし、自分もそうなりたい。


 だから、もししえるだったら、あの三人と仲良くするだろうと芽緒は思う。今度カフェに誘われたら、勇気を出して行ってみることに決めた。


 のだが、今日に限って三人はなかなか現れない。芽緒は待っているあいだ、この場所から戦えるボスもその他の日課も終わらせてしまったし、ここは騒がしいので勉強には向いていない。やることがないと、ついネガティブなことを考えてしまう。


 しえるが歩玖だけでなく、芽緒にも楽しんでほしいのは明らかだった。芽緒はしえるさえ楽しければいいが、そのためには自分も楽しくなくてはならない。そうでないと、たとえアイルに勝ったり、エアリアルプリズムへ行ったりしても意味がない。


 でも、芽緒は楽しむのが苦手だった。勝ち負けや白黒つけることばかり考えてしまう。前に、アイルが「しえるはアイルと一緒に遊んだほうが楽しい」と言っていたのを思い出すと腹が立つし、切なくなる。


 疑うわけではないが、しえるは意外と気を遣って本心を言わないときも多い。いつも楽しいと言ってくれているしえるは、本当はこんな自分といても楽しくないんじゃないか。


「あー、面倒くさ……」


 気が滅入るだけだし今日はもう帰ろう、と立ち上がって、芽緒は思った。


 あたし、なんで待ってたんだろ。自分から誘えばいいだけの話じゃん。人には言うくせに自分には甘いとか最低だわ。えぐだったら絶対そうするな。ゲームみたいに先手必勝の一撃必殺で行けばよくない? それなら得意分野だし。


 とは言っても芽緒は連絡先を知らないし、探したが塾にもいなかった。もしかしたらずっと店にいるのかと思って店の手前まで来て、この間、二階の窓に見えた凛花を無視したのを思い出して恥ずかしくなった。そのときも、自分はなんて弱くて嫌な奴なんだと思ったのだ。


 戦おう、と緊張しながら店に入ったが、三人はここにもいなかった。


 クラスのSNSによると、今は学校での作業がメインになっているらしい。たぶんそのせいだと芽緒の中で結論が出ると、なんだか力が抜けてきた。こんなことで張りつめていたのがばかばかしい。


 店内はゆったりして良い雰囲気で、芽緒としてはしえるのラ・クルールに比べると微妙だがお茶もおいしいし、けっこう心地良かった。三人が通うのもわかる。勉強しようかとも考えたが、たまにはぼんやり過ごすのも悪くなかった。


 久々に端末で音楽を聴いていると、しえると出会うまで部活で練習していた曲がとても懐かしく感じた。いろいろあってバンドを解散したが、今なら楽しく聴ける。芽緒はだんだん良い気分になってきた。自分だって、しえるのように嫌なことを乗り越えて楽しめるのだ。


「あ、今こちらの福引きやってるのでどうぞ」


 帰りに店員に勧められて、今どき紙の福引きなんて、と芽緒が思いながら引いたのは、四人まで清算が半額になるという太っ腹なクーポンだった。お小遣いには困ったことがない芽緒でもさすがに気になるし、お金の攻撃力が二倍になる武器だと考えると燃える。


「四人か……」


 四人といえば当然、芽緒はパーティを思い浮かべる。使える系列店にはレストランもあるようなので、週末の遠征の後、みんなの都合が良ければ食事に誘おう、でもパンダは食べないから一人余る、紫音は遠すぎる、となれば現宿の日か、などと考えながらクーポンをしまった。


「……あ」


 芽緒が出ようとしたまさにそのとき、三人が入ってきた。


「あ! 牡丹さん⁉」


 凛花は驚きと期待のまなざしで尋ねる。


「……今から⁉」


「ごめん、帰るとこ」


 なんてタイミングが悪いんだ、と思うと、芽緒は自分に苛立ってしまった。晶のときといい、最近こんなことばかりだ。あの日だって、しえると紫音を呼んでお泊り会なんてしていなければ、歩玖より早かったかもしれない。全部自分の計画性のなさのせいだ。


「じゃあ、また今度ね!」


「……うん。じゃあ」


 凛花はそれでも誘おうと思ったのだが、芽緒は早く帰りたそうだし、星菜と薄荷も心の準備がいりそうなのでこの場を切り上げた。


 芽緒はもういないのにまだ気まずい三人はテーブルにつく。星菜は今日でコンプリートなので、トロピカルミックスジュースと生キャラメルという変な組み合わせと決まっていたが、注文どころではなかった。


「やべー……。マジでなんでいるんだよ……。あたし、顔に出ちゃってたかな」


 凛花は星菜の手を握る。


「とっぽのせいじゃないって! 入れ違いだったんだもん、仕方ないよ。でも私もびっくりしすぎちゃったかも……」


 二人とも「最悪だ……」とうつむいていたが、そういうのを気にしない薄荷は今まで学校でやっていた店員用のアクセサリー作りの続きを始めた。あまりに二人がくよくよしているので、薄荷なりにアニメやゲームで学んだ持論を展開する。


「やれやれ、乙女心がわかってませんな。こういうのは、押して駄目なら引いてみろ! っしょ」


「なんでお前に言われなきゃなんねーんだよ……。でもまあそうかもな。あたしは引きすぎだったわ。避けてたの反省する」


「そうだね。……私もしつこいのやめる。さりげないほうがうれしいもん」


 凛花は、星菜から「でもじゃあいつ誘うんだよ」と言われて、悩みながら「……とりあえずなんか頼も!」と先送りにした。


 キャラメルをジュースで流し込みながら、星菜は凛花に尋ねる。


「ひめ、聞いていい? そこまでして牡丹さん呼びたい?」


「ごめんね、私のわがままに付き合ってもらっちゃって」


「あたしは別にいいけどさ。向こうの都合だってあるわけだろ」


「えっと……。そうなの。だからほんとに私のわがままなんだ」


 凛花は初等部の頃、仲良しグループがいたのだが、凛花がほかの子と仲良くしようとするとグループの子たちは良く思わなかった。凛花がいろんな子と仲良くし続けていると、グループからは外されてしまい、グループとは今に至るまで疎遠になっていた。


「はあ~⁉ 誰そいつら⁉ 最低だな! 何組⁉」


「と、とっぽ落ち着いて……。あの子たちの気持ち考えてなかったから私が悪かったの。でも、誰かと仲良くできるなら、ほかの誰かとも仲良くできるはずだよ。私はそうしたい」


「そのせいで誰かに嫌われても?」


「嫌われないようにはしたいけど、だとしても。これが今、私にできる全部だから、しなきゃって思う」


 星菜は今年初めて凛花と同じクラスになって、よく話すようになったのも最近だが、ときどき凛花は芯が強いと思わされることがある。凛花はわがままと言ってはいるが、自分では正しいと強く思っているのは間違いない。


 今の話からして、凛花はこの三人だけで関係性を閉じてしまいたくはないはずだ。凛花が話したのは、星菜や薄荷なら味方になってくれると信頼しているからだ、と星菜は感じた。


 星菜はいつも、自分が迷惑をかけてみんなが離れてしまうのが怖かった。だから、部活も怪我をしたときに早めに引退したのだ。凛花が文化祭の仕事に誘ってくれたから新しい目標を持てたし、幼なじみの薄荷もいるので、この三人でいるのはとても楽しい。


 でも、星菜が三人だけでいたいと望むのは凛花には窮屈だろうし、さっき自分が最低だと言ったグループの子たちと同じになってしまう。自分はなんて心が狭いんだろうと思うと、星菜はなんだか泣けてきて、涙が流れそうになる。


 とはいえ、薄荷にとっては泣き虫の星菜が泣いているのは日常茶飯事だった。


「え……。なんで泣いてんの? キモ。ひめりん引いてるけど」


「引いてない引いてない! ごめん、とっぽ……。変な話しちゃったから」


「……いや、悪い、大丈夫。あたし、こんなんだから牡丹さんに嫌われちゃうかもしれないけど、ひめに協力するって決めた。みんなで最高の文化祭にしようぜ!」


「うん! ありがとう」


 なんだかよくわからないが盛り上がっているので、薄荷も「おー」と合わせておいた。

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