1-1 Akira Park, Akira, Shinagawa-ku, Tokyo
空中にマーカーが現れる。
ガラスのようにきらめいて、歩玖に目的地を示した。
「はあ……」
歩玖は息をついた。ちょっと休みたかったので公園を探していたのだが、調べたら目の前だった。ほっとした、というひと息でもあり、自分の方向音痴も相当だ、というのでもあった。
ステンレスの表札には「晶公園」とある。ナビが同じテキストを乗っけているのを確かめてから、歩玖はスマートレンズの画面をオフにした。
ずっと熱いコンクリートの中を歩いてきたので、歩玖は公園の自販機で冷たい物を飲みたくなった。少し迷ってから、さっき地図に宣伝で出てきたスポーツドリンクにして、木陰のベンチで涼む。
「もう少しうまく教えてあげられたらな……」と、歩玖は飲みながら反省した。
歩玖は、晶に一人で暮らしている祖母に、見守り用のスマートグラスを渡してきたところだ。大庭家は旅行好きなので、留守にしているあいだ祖母にもしものことがあったら大変なことになってしまう。でも、祖母は思い出がたくさんある家を離れたくないらしい。
古い携帯しか使えない祖母に、歩玖はグラスの使い方を教えた。ディスプレイの操作はタッチパネルとほとんど同じなのでまあまあわかってくれたようだが、こういうものに親しみがない世代に教えるのは、歩玖にはけっこう難しかった。
歩玖は特に苦手なものはないが、これという得意なものもない。何かをするように言われてもあまり嫌がらないが、自分から何かをしたいともそれほど思わない。夏休みに入ったばかりの今、かなり暑くてもこうしてお使いに来ているのは、そういう性格だからだった。
でも最近、歩玖は今までと何かが違うような気がした。
これまでは人の言うことをすんなり聞いて、感謝されたり褒められたりすればとにかくうれしかったのだが、このところはなんだかもやもやする。それがどうしてかわからないので、変な気持ちだった。今も、お使いをしてきたのは確かだが、どうしてもしっくりこない。
自分には「自分がない」から、というのが、歩玖なりに考えたその理由だった。
もちろん、まったく感情や意見がないわけではない。いつも人に流されてしまうので、自分では何がしたいのか、何ができるのかがよくわからないのだ。
自分のことがもっとわかれば、このもやもやの正体や、やりたいことがはっきり見えてくるのだろうか。そう思って、歩玖は今とりあえず気になっている、ウェアラブルディスプレイの使い方をわかりやすく教える方法を調べることにした。
歩玖はレンズに、右手を見てグーパーにするとディスプレイがオンになるよう設定している。レンズに透明な画面が出て、景色と重なる。表示された検索ボックスに視点を合わせながら、視界内の人差し指を引き金のように引く。そうすれば、両手を伏せるジェスチャーをしなくてもキーボードが出てくる。
「あれ?」
歩玖は画面ではなく、その奥にある公園のモニュメントが気になった。レンズに、それを調べるようにという意味の「?」マークが出てきたからだ。お店などに近づくと出てくる宣伝とは違う、とすぐわかった。
このメッセージは、ゲームからのものだ。
歩玖がときどきやっているMRゲームではよく、こういう公園にある像や、観光地にある歴史的な建物などがミックスアップされていて、チェックするとアイテムを入手したり、敵キャラクターを出現させて挑んだりできる。
歩玖はゲームに熱中するタイプではないが、旅行でいろんな所へ行くことが多いので、せっかくならということで端末にMRゲームを入れていた。
公園の一角にある小さな円形の広場には、柱のような三本のモニュメントが立っている。その中心には実際には何もないが、レンズの中では、光を放つオブジェクトがあった。
近づいてよく見ると、そのオブジェクトは剣で、両刃の先が地面に突き刺さっている。
「あー……」
歩玖は別に驚かなかった。現実ならあり得ないが、このゲームではよくあることだった。
MRMMOである【ジ・エンド・オブ・ドリームス】は、実際の世界とファンタジーの世界をミックスさせた冒険を楽しむゲームだ。MRゲームの多くに共通しているが、このゲームでも、プレイヤーがオブジェクトを作って、ゲーム内の世界にかなり自由に置くことができる。
そして、プレイヤーが考えることは世界中同じだった。みんな憧れのストーリーのオマージュをしたがるのだ。中でも「地面に突き刺さっている剣」はメジャー中のメジャーで、数えきれないほどの数がある。
また、区別しやすいように場所や作成者の名前をつけられ、例えば「雷門カリバー」、「鈴木カリバー」、「ピサの斜塔カリバー」などと好き勝手に呼ばれていた。
歩玖は、この「晶公園カリバー」も、今まで何本も見てきた、いわゆる「Xカリバー」と同じで、きっと誰かがなんとなく作ったものだろう、と思った。だいたいは刺したい場所に刺すことだけが目的なので、アイテムとしての価値はまずない。
歩玖はあたりを見回した。ほかに欲しい人がいるようなら譲ってあげようと思ったのだが、オブジェクトに気づいて立ち止まるような人はいない。それなら、と歩玖は自分がもらうことにした。
これといった趣味はない歩玖でも、遠出するたびにこのゲームでご当地のアイテムを手に入れるのはそこそこ楽しみにしていた。ゲームはほとんどやらないので使うわけではないが、記念にはなる。
歩玖は、現実世界に混ぜ合わされた架空の剣を手に入れようとした。
すると、歩玖が思ったより派手なエフェクトで光の波がほとばしり、剣が地面から切っ先を現した。ゆっくりと浮かび上がって留まると、さらに光線を集めて輝きだす。
「まぶし……」
両目のレンズが演出を終え、真夏の陽を浴びるモニュメントのあいだに描き出されたのは、女の子のような姿のキャラクターだった。
「フン……。よくここまで来れたな」
キャラクターのボイスは歩玖がポケットに入れている端末からわりと大きめに聞こえてきたので、近くで遊んでいた小さい子たちがちらちらこっちを見てきた。いきなりイベントが始まるとは思っていなかった歩玖は、慌ててイヤホンを取り出す。
「……ここに辿り着くまで、何度このゲームをクソだと思った? 何度このシステムがくだらないと思った? 何度、この運営は腐ってると思った?」