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ホロ暮らし  作者: 御影 夕介
18/42

3-3 Les couleur, Itoda, Yofu-shi, Tokyo

 しえるが「好きなの選んでいいよ」と言うものの、歩玖にはそれが一番難しかった。昨日のモンブランはおいしかったが、別に好きでもないのに同じものばかり頼むのもどうか、と歩玖がメニューを眺めて悩んでいると、しえるがくすくす笑う。


「ゴメンゴメン、ホントに苦手なんだね。試そうと思ったわけじゃないんだけど」


「あ、僕のほうこそすみません」


 歩玖がかわいそうだったのもあるが、しえるはエッグタルトを食べてもらう絶好の機会を逃さなかった。今日はこんなこともあろうかと、二つ取り分けておいてもらっている。


 昨日、ダンジョンが終わった後、しえると芽緒は歩玖を五百歳烏山まで送って、親に店のお菓子を渡していた。あいさつが長引いて話しているうち、歩玖が親から二人に勉強を見てもらったらどうだと言われたので、二人はすっかりその気になってしまった。


 しえるは、歩玖に本当に感謝しているので、夏休み中はアルバイトが終わった後店に来てもらって、そのときに勉強を手伝わせてほしいと申し出た。お茶代と電車賃も出すと言うしえるに歩玖の親はやんわり断ったが結局押し切られてしまい、しえるの本気度を知ることになった。


 歩玖によると、これで歩玖の両親のしえるへの信頼は強まったらしく、一飛の件もしえるの仲間なら大丈夫だろう、となったようだが、芽緒は歩玖の一家がちょっとおおらかすぎはしないか心配になった。


「んー! やっぱりおいしいな!」


 歩玖はしえるがおいしそうにエッグタルトを食べるのを見て、好きなものがあるってこういうことなんだな、と思って羨ましかった。たしかにおいしいが、自分はこんな風にはならない。


「迷ったり悩んだりとかって、あんまり楽しくないよね」


 急に言われたので、歩玖はとっさに正直に答えてしまった。


「あ、はい……」


「普通そうだと思うんだけどさ、ゲームって迷ったり悩んだりするのがすごい楽しいんだよね。ダンジョンとか敵とかって、基本的に私たちを困らせようとしてくるじゃん? なのに楽しいのって不思議じゃない?」


「そうですね。昨日のダンジョンとか敵も、けっこう苦労しましたよね。……それを乗り越えるのが楽しい、ってことなんですかね」


「たぶん、そうなんじゃないかな」


 歩玖は、しえるが何かを伝えようとして言っているのか、ただの雑談なのかわからなかった。でも、そんな風に思うのも、歩玖がしえるからいろいろ教わりたいからだった。


「そうそう、私、最初は【エッグタルト】って名前だったんだけど、芽緒ちゃんが呼びづらいみたいでえぐ子って呼ぶから名前変えたんだ。変な名前だと思ったでしょ?」


「え、そうだったんですか。なんだろうとは思ってましたけど……」


「芽緒ちゃんはもともとあにまるわーるどをやってて、ゴールデンウィークだったかな? EODとコラボした動物園のイベントがあってね。そこで初めて会ったの」


 そのイベントは、個人でも参加できるがパーティで参加すると【ニンジン侍】のウサギのぬいぐるみキーホルダーがもらえることになっていて、どうしても欲しかった芽緒が当てもなく一人で現地に来たところ、同じくパーティを探していたしえるに出会ったのだという。


「なんかすっごいきれいな子がいる! と思って見てたら話しかけてくれたからびっくりしたよ。私はまあまあやってた頃だったんだけどバイトはしてなかったから、近所でパーティ組める人探してたんだよね」


 しえるは春休みに別のイベントでアイルとダディに出会い、パーティに誘われたのだが、家が茨城で遠すぎるしアイルはまだ十歳だったので辞退していた。芽緒の家も近くはないが、人気なダンジョンが多い都心に住んでいるのでお互い都合が良かった。


「芽緒ちゃんと一緒にほかの人たちともパーティ組んだんだけど、あんまり予定が合わなくってね……。で、芽緒ちゃんがたまたま美容室でゲームの話したら、自分もけっこうやってる、って人がいて、それが紫音ちゃんだったの。その後、パンダちゃんが入ってくれたんだ」


 それから、しえるが好きなふかしイモダンジョンや都内の観光地のボスなどを中心に攻略しているうちに、もう一年近くになるという。歩玖は、しえるは楽しそうに話していても、もうすぐパーティが解散になるのを残念がっているように見えた。


「……しえるさんは、なんでこのゲームをやろうと思ったんですか?」


 パーティが解散になった後、しえるはどうするつもりなのかも歩玖は気になっていたが、それは聞かないことにした。


「え? 私?」


 しえるは考えながら口の中のタルトのかけらを飲み込んで、ミルクティーをすすった。


「……中学卒業するとき、なんもすることない時期があってさ。CM見てなんか気になって、なんとなく、って感じかな」


 いつもすらすら話すしえるが少し話しにくそうだったので歩玖はまずかったと思ったが、しえるは続きを話すことで、気にしないで、と伝える。


「私、パパが野球好きだから、小さい頃から野球やっててね。クラブチームのみんなと甲子園目指してたんだ」


「甲子園ですか? すごいですね」


 歩玖はちょうど最近、ニュースで甲子園の予選を見たところだ。しえるは歩玖に、二年前まで同じチームだった男子がいいところまで残っていると教えてくれた。そう言われればしえるは運動神経が良さそうだったが、そこまでとは驚きだった。


「チームのみんなが大好きで、家族みたいに思ってたから、練習が死ぬほどきつくても頑張りたかったし、うまくなりたい! って思ってたのね。でも、今から考えると自分でも夢見すぎなんだけど、みんなで同じ高校に行けるって本気で信じてたの」


 しえるは中三までチーム内でも成績の良い選手だったが、高校でみんなとばらばらになってしまうのがあまりに嫌で、強豪校のスポーツ推薦のために頑張りたいと思えなかった。何のために野球をやればいいのかわからなくなってしまったのだ。


「野球は好きだし、楽しいけど、それだけじゃダメなんだなって思ったよ。自分の弱さを突きつけられた感じがして、なんか全部どうでもよくなっちゃった。自分と、野球っていう現実と、ちゃんと向き合わなきゃいけなかったんだけど、私はそうしなかったんだ。ホント大失敗」


 野球ではうれしいことや楽しいことがたくさんあったが、つらいことも多かった。かなり努力のいることだったが、しえるは経験を自分の味方にしたかった。チームに強さをもらったのだから、この失敗や嫌な自分とも戦って、乗り越えたいと思う。


「……でもまさか、ゲームが私にとっての、今までの野球みたいになるとは思わなかったよ。ま、野球もゲームって言うことあるけどさ。初めてEODをやったとき、すごい! こんな世界があるんだ! ってすっごく新鮮だったんだよね」


 もともとの凝り性や要領の良さ、好奇心の強さや行動力などもあって、しえるはEODが自分に合っていると感じていった。特にEPLシステムでは、まるで自分のために作られたのではないかと思えるほどに力を発揮できた。


「この前、EPLはエトス・パトス・ロゴスの略で、気持ちを込めると強くなれるって言ったじゃん? でも実は作ってる人たちも、こう、ってはっきり言ってくれてるわけじゃないの。そういうあいまいさを楽しんでほしいんだってさ」


 どれくらい結果が補正されるかという検証をしているプレイヤーのあいだでは、エトスはプレイマナー、パトスは感動、ロゴスは言動のもっともらしさと関係があるとされている。最新AI技術をこれまでにない遊びに使いたい、という会社肝いりの要素なのだが、賛否両論あった。


「私は昔のことは聞いただけなんだけど、もともとこのゲームは競争よりも、いろんなものを作って遊ぼう、って方向だったみたい。でも、バトル好きなプレイヤーがすぐ物足りなくなっちゃって、カウントで競うのが流行り始めたのね。まあそれも、ひとつの楽しみ方なのかな」


 EPLは時間を競うバトルでは圧倒的に不利だが、カウントだけで比べるなら有利な傾向がある。配信映えするプレイが人気という追い風もあって、運営主催のイベントはほとんどがカウント制メインだった。それはエアリアルプリズム出場権をかけたボス戦も例外ではない。


「今も続けてるのは、好きとか楽しいっていうのももちろんだけど、それだけじゃないって思ってる。ゲームでは、強くなればみんなを助けられるでしょ。でもMRだから、リアルでもみんなを助けられるように強くなっていけてる気がするの。それがうれしいからなんだ」


 話を聞いて、歩玖はしえるがゲームをしているときやパーティと一緒にいるときにとても楽しそうな理由がよくわかった。また、しえるが自分自身のことをよく知っていたり、いつもやりたいことがあるというのをすごいと思った。


「……じゃあ、やっぱり解散になっちゃうのは残念ですね」


「そうなの! あるくんにはせっかく入ってもらったのに、みんなが一緒なのはあとちょっとだもんね。なんか寂しい感じにさせちゃってゴメンね」


「いえ、そんな……。僕から言いだしたことですし」


 一番寂しいのはしえるさんじゃないですか、と歩玖には言えなかったのだが、しえるはそう言われたように感じた。それはもう、寂しいに決まっている。


「ま、いきなりだと芽緒ちゃんも紫音ちゃんも責任感じちゃうし、あるくんとももっと一緒に遊びたいし、そのへんは考えながらだね。それに私、中学のときと同じ失敗はしたくないって思うから、みんなと一緒に遊べなくなるかも、っていう現実とちゃんと向き合って、戦うよ!」


 先のことを考えているのと考えていないのと、そのどちらでもあるという顔で、しえるは窓の外の通りを眺める。外は夕方でも暑そうだが、ずっと店の冷房の中で働いていたしえるには、温かいミルクティーがちょうどよかった。


「あとさ、いつかは私だってやめちゃうときが来るよね」


 歩玖もそれはそうだと思う。しえるがアイルのように配信でお金を稼いだり、プロゲーマーになったりするつもりがないのなら、芽緒や紫音のように、進学や仕事や結婚を考える必要も出てくるはずだ。


「野球の次がゲームだったみたいに、その次に私がやることになる何かがきっとあるんだと思う。それが仕事なのか趣味なのか、全然違う何かなのかわかんないんだけど、実は、ゲームしながらずっとそれを探してるんだよね。だから、私とあるくんってちょっと似てるのかなって」


「え? 僕としえるさんがですか?」


 歩玖は、自分としえるは正反対くらいに思っていたので、考えたこともなかった。


「うん。あるくんは、やりたいことを探してるって言ってたじゃん? 私も、もっとできる何かがある、もっと何かしてみたい! って思うんだけど、それが見つからないから探してるの。今は、とりあえずゲームを一生懸命やってれば何か見えてくるかも、って感じ。どう?」


 どう? と聞かれても、歩玖にもしえるの言っていることに共感できるところとそうでもないところがあった。全部が同じでない、という意味では、似ていると言えるかもしれない。


「そうですね……。似てたらいいなと思います」


 しえるはにこっと笑った。


「じゃあ、あるくんも、新しい夢を探す仲間だね!」


「は、はい」


「新しい夢」以前の古い夢が歩玖にはなかったのだが、今はゲームを通して何かを探してみたい、というのがやりたいことだったので、夢探しというのはしっくりきた。


 ゲームと野球以外にも、しえるはお菓子が好きとか教えるのが得意というのがあるのだから、新しい夢もすぐ見つかるだろう、と歩玖は思った。目の前のことと向き合い、嫌なことも戦って乗り越えていくしえるなら、その気になれば何だってできるし、何にでもなれるに違いない。


 そんなしえるに似ていると言ってもらえたのが、歩玖にはうれしかった。しえるのように頑張れば自分にもできる、という希望を持てた気がする。自分にも、いろんなことを乗り越えた先に「新しい何か」を見つけられると思うと、なんとなく楽しんで探していけそうだった。


「あ、芽緒ちゃんからだ。あるくん、ちょっと出ていい?」


 芽緒のメッセージは、今すぐボイスチャットに入れるかというものだった。しえるはこれから歩玖の夏休みの宿題を見てあげるつもりだったので、芽緒の都合が良ければ参加してもらおうとした。


「あのさ芽緒ちゃ……」


「あ、えぐ! やめぐらの配信見た⁉」

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