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ホロ暮らし  作者: 御影 夕介
16/42

3-1 Nita Academy, Nita, Minato-ku,Tokyo

 芽緒が帰ろうとしたら、ちょうどにわか雨が降りだした。


「マジか……」


 予定が狂ってしまった。塾から家までの道のりにいるボスキャラたちは帰ってからバーチャルでも倒せるが、微妙に経験値が少なくなるし、家では勉強に集中したい。考えている時間ももったいないので、芽緒はしかたなく休憩室になっている教室へ移動する。


 できれば芽緒はあまりここには来たくなかった。この教室は生徒たちのたまり場になっているからだ。二、三のグループが話す声を聞き流しながら、芽緒は窓辺の席についた。


 芽緒は別に一人でいるのが苦痛ではないが、こういうところにいると、どうしても周りをしえると比べてしまう。もちろん、良くないのはわかっている。


 でも、芽緒はそれほどにしえるを尊敬していた。


 しえるは芽緒よりひとつ年下だが、芽緒からすると、しえるのほうが大人だった。頭も良いし、心身ともに強い。以前、芽緒はしえるが甲子園を目指してかなり野球を頑張っていたと聞いて、とても驚いた。そして、そういう経験値の高さが強さの理由なのだろうと思った。


 芽緒はよく、自分もしえると比べることがある。芽緒は、自分はしえると違って、勉強や習い事のピアノやギターやバレエの経験を何にも生かせていないと感じている。幸い勉強は一番手ごたえがあるので弁護士という目標ができたが、自分に合っているかはまだわからない。


 しえると初めて出会ったときこそ、芽緒は自分のほうがお姉さんだと思ったし、性格やプレイスタイルもちょうど補い合える関係だと思っていた。でも、いつからか芽緒はしえるに頼りきりになっている自分に気づいた。


 原因ははっきりしていて、明らかに受験のストレスだった。芽緒は今はゲームと勉強をぎりぎり両立できているが、来月のイベントが終わったらもうゲームをやめるつもりだ。しえるとこんなに頻繁に会うことも、もしかしたら一生ないかもしれない。


 だから、芽緒はしえるを絶対にエアリアルプリズムへ連れて行きたかった。一番の友達の願いを叶えてあげたい。それが、自分の自由な子供時代の最後を飾るのにふさわしいと思っていた。


 「最強の武器」を手に入れたのが歩玖だったのは芽緒も予想だにしなかったことだが、仲間になってくれたのは本当にありがたい。本当にありがたいのだが、アタッカーしかできない芽緒は歩玖の登場によって、立場が危うくなってしまった。


 紫音や一飛、なによりしえるが気遣ってくれているのでなんとかやっていけるが、内心はぼろぼろだった。でも、これ以上心配させるわけにはいかない。そのためにはもっと強くならなくては。ゲームでも、リアルでもだ。


 こんな風に考えていると、しえるにいっそう憧れる。芽緒から見ると、しえるはいつでも優しくて強い。失敗しても負けない。挑戦をあきらめない。芽緒が時々「えぐみたいになりたい」と言うと、しえるは冗談と受け取っているが、苦しいほど真剣で、切実だった。


「あの……。牡丹さん?」


 芽緒は無心でボスと戦っていたので、誰かが近くにいたのに気づかなかった。向かいの大きな会社のビルの入り口にあるよくわからないトルソにミックスアップされた、鬼とも妖精ともつかない謎のクリーチャーへの攻撃をいったんやめ、グラスを外す。


「何?」


「えっ⁉ いや、えーと……」


 忙しいのでつい返事がきつくなって、初めて会ったときの歩玖みたいな反応をされてしまった。同じ失敗を繰り返すなんて、と芽緒は焦る。


「姫田さん、ほんとごめん! ちょっと考え事してて……」


 凛花の顔がぱっと明るくなったので、芽緒はほっとする。


「ううん。私もいきなり声かけちゃってごめんね」


 普段話さない凛花が声をかけてきたので、何か用があると思って芽緒は待っていたが、何も言いださないのでじれったかった。


「姫田さんも雨宿り?」


「え? そうじゃないけど。あ! やっぱそう!」


 いや、それどっち? と芽緒はつっこみを入れたかったが、そういうノリは素のキャラを知る人がいないと無理だった。


「あのさ、よかったらみんなでお茶しない?」


「ごめん。せっかくだけど今日忙しくて」


「あ……。そうなんだ……」


 瞬殺がクセになってしまっている芽緒は即答したのを後悔した。カウントがたまっているとつい「攻撃10」を繰り出したくなるとはいえ、もう少し言いようがあったはずだ。


「じゃ、また明日ね!」


 凛花が教室を出て行ったとき、凛花といつもいる二人の姿が芽緒からも見えた。三人とも芽緒とは学校も塾も一緒だが、正直言って、芽緒はこの三人組が苦手だった。


 芽緒はこれも悪いとは思っていたが、どうしようもなかった。もう何度か誘われているが、勉強とゲーム以外に割ける時間がほとんどないのに遊びに誘われても困るだけだし、そもそも自分たちも勉強しなくていいのかという話だ。


 凛花は文化祭実行委員で、文化祭で開くカフェの参考のために、連日三人で決まった店にお茶に行っては、研究という名目であれこれ食べ比べや飲み比べをしているらしい。芽緒はそういうどっちつかずな感じも共感できなかった。行っても気まずくなるだけだ。


 芽緒はこれ、と決めたら集中したいタイプだ。ゲームのプレイスタイルもアタッカー一筋で、プレイヤー多しといえどもカウント全消費の攻撃アーツを全属性分作成しているのは芽緒くらいと思われるほどの極めようだ。もちろん、背中を預けられる相手も前提にある。


 芽緒はグラスをかけ直しながら思った。


 お互いに必要としてないんだもん。仕方ないじゃん。あたしは何もしてあげられないよ……。




「ひめも懲りないよなぁ。牡丹さん困ってたろ」


 星菜はパフェに入っている輪切りのバナナをスプーンですくいながら凛花に言った。


「え……やっぱ困らせちゃったかな」


「司法試験ってアホみたいに勉強しないと受かんないらしいぞ。大学受験と並行して勉強してんだから文化祭なんかやってる暇ねーよ。邪魔しないほうがいいって」


 凛花は芽緒とそこまで話したことはないが、事情は聞いたことがある。星菜も直接聞いたわけではないものの、芽緒の学校での成績や塾でのテストの順位などから芽緒が相当勉強しているのは知っていた。


「そうかぁ……」


「しかも牡丹さんってさ、うちらとジャンル違くね? めちゃきれいだしかわいいし頭いいしおしとやかだし……。ってかみんな自分が牡丹さんと釣り合わないって思ってどうしても避けちゃうから、それでいつも一人なんだろ。かわいそうだけど」


「うーん……。でもなぁ。私みたいに、ほんとは仲良くしたいって子多いと思う。高校最後の行事なんだし、文化祭きっかけにしてみんなでもっと思い出作りたいよ」


「だから、それが余計なお世話かもっつってんの」


 凛花はしゅんとしてしまった。星菜もできれば凛花の力になってやりたいが、芽緒に対する嫉妬がないではない。それに、肝心の芽緒にとって迷惑だったら凛花のはただのわがままだ。


 パンケーキを箸で細かくしながら食べていた薄荷が急に言いだす。


「牡丹さん、コスプレ似合いそう。何着せる?」


 つきあいの長い星菜は、薄荷のオタク趣味があまり好きではなかった。


「聞いてねーよ、お前には」


「でもさっきゲームやってた。あの手の動きは絶対ゲーム。間違いない」


 薄荷と同じく、凛花もあのときの芽緒はグラスで勉強しているのとは違うように見えていた。


「牡丹さんってゲームとかやらなそうだけど……。でも、なんか好きなものとかわかれば話題にできるかも! くらみん、何のゲームかわかる?」


「さあ。知らね」


 言い出しておいて無責任な薄荷のパンケーキを、星菜は一切れ奪う。


「使えねー奴にはこうだ」


「あ! ねこ作ってたのに!」


「食いもんで遊ぶな。つか全部シェアっつってんだろ。早いとこメニュー全制覇しないと。……いや待て、ねこ顔パンケーキはアリだな! いいぞ薄荷」


「えへ。褒められた」


 凛花たちは七月に入ったくらいから少しずつこの店のインテリアや店員のサービスやメニューを調べ始めた。元陸上部の星菜は「全メニュー完走マラソン」を目標にしていて、外食チェーン傘下のためかかなり種類が多いが、達成までもうひと息というところまできていた。


「とにかくさー、ひめ。牡丹さんにかまうのもいいけど自分の心配もしろよ。準備も勉強もあんだぞ。あたしは予習する」


 そう言って星菜はレンズとノートを使い分けながら勉強を始めた。薄荷も気を良くして別の作品を作っていたが、すぐ飽きてグラスでゲームをしている。凛花は勉強する気になれず、ふと外に目を移した。


「雨、止んでたんだ」


 空は暗い雲と明るい陽が混ざって、蒸し暑そうな路地のアスファルトの水たまりに映っていた。虹でも出ていないかと思って、凛花がテーブルから身を乗り出すと、向こうから歩いてくる芽緒を見下ろせた。


「あ、牡丹さんだ」


 芽緒は歩きながら手を動かしているが、ゲームか勉強かただの調べものか、凛花にはよくわからなかった。でも、とにかくその姿をかっこいいと思う。


 凛花は一人でいるのが苦手だった。いつも誰かと一緒にいないとなんとなく不安になってしまう。今のように仲良しの三人でいるのは好きだ。でも、甘えてばかりいるのも良くない。


 ふらふらしがちな凛花は、自分と違ってまっすぐ夢に向かって進んでいる芽緒に憧れがあった。芽緒のことをもっと知りたいし、ほかの人にも芽緒のことをもっと知ってほしい。


「牡丹さ~ん!」


 芽緒がちょっとだけ顔を上げたように見えて、凛花は大声にならないように手を振る。


「やめとけって。こっからじゃ気づかないよ」


 芽緒はグラスで気づかないようだった。後ろ姿が見えなくなって、凛花は、芽緒がいつも一人なのには、星菜が言っていたことのほかにも何かあるのだろうと考えていたのを思い出し、心の中で言った。


 ……牡丹さんのためにできることが、私にはきっとあるはずなんだ。

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