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ホロ暮らし  作者: 御影 夕介
15/42

2-8 F-390, Aerial Prism, Holos

「いやー、いい眺めだねえ」


 コウノトリのアバターは、暮れなずむ夕空の街並みを見下ろしている。


「空を飛ばなくてもこんな景色が見られる時代になるとは、って感じだね。おイモちゃん」


 ひかりのアバターである、顔と手足がついたジャガイモがコウノトリに言う。


「ほんときれいですよねー。CGですけど」


「……それ言っちゃうと風情がなくない?」


「あ、すみません。つい」


 普段人と話すのは苦手なタイプのひかりだが、アバターのときは思ったことをすぐ言えてしまうので、ときどき一言余計になってしまうことがあった。


「エアリアルプリズムの中身も、あとはラスボスの出来上がりを残すのみ! やったぞ!」


「なんかけっこう無理言っちゃったので、プログラマーの方がすごい大変だとか……」


 ひかりは申し訳なく思っていたが、コウノトリは強気だった。


「おサルさんはすごい人だから大丈夫だよ。大変だとは思うけど、最高のものを作ろうと思ったらあるものは全部つぎ込まないと。人もお金も時間もやる気も。なんたって、ぼくが見たいものはその先にあるんだからね。終わりのその先に。ぼくは小さいころから不思議だったんだ。終わった物語の、その先はどうなっているのか? ってことがさ。それが今回のイベントのテーマ、【ドリームス・オブ・オーバー・ジ・エンド】なんだよ!」


「はあ」


 ひかりは、今はコウノトリとなっている八戸と最初に打ち合わせしたときからことあるごとに聞かされているが、言っていることが全く意味不明だった。


「も~、これまたシャキッとしない返事なんだから」


「だって私、イモですし……」


 意味は伝わっていないが、ひかりは八戸の熱量には共感していた。一年前にオファーされたときも、プロのクリエイターとはこういうものか、とひかりはかなり刺激を受けていた。藤山がプロデューサーに八戸を選んだのは、そういう理由もあるのかもしれない。


「おイモの姿もかわいいけど、ラスボスのときは間違えておイモで出てきたりしないでよね。みんなびっくりしちゃうよ」


「やだな~、いくら私が天然だからって、さすがにそこまでじゃないですよ。たぶん……」


「……怪しい。でも、ぼくはそういうおイモちゃんの面白いところも、もっとみんなに知ってほしいんだよねぇ」


「リアルで私ができるのはこれが限界ですよ。ゆぶゆぶみたいになれたら楽しいだろうな、とは思いますけど」


「そう? 残念だなぁ」


 もう六十代半ばだというのに、八戸の言い方は翌日の遠足が雨でキャンセルになった子供みたいだった。ひかりは笑ってしまいそうになる。


 八戸は、ゲームを人気にするために必要なのはプレイヤーと友達になることだ、とよく言っている。そのために自分でもプレイヤーとしてゲームをしたり、アイルなどの人気プレイヤーと一緒に配信したりしている。ひかりがダンジョン作りを手伝ったこともあった。


 ひかりもその考えにだいたい賛成ではあるが、ひかりは今や会社と契約し、お金をもらってダンジョンを作っている身だ。プレイヤーはもちろん外部に情報が洩れないようにしなければならない。そのために配信はもとより、SNSもほとんど凍結状態になっていた。


 そういう状況がひかりにとって不自由かといえばそうではなく、むしろ仕事に集中できる環境になっていた。それに、ひかりはものを隠す才能がずば抜けていた。この性格こそダンジョン作りの才能そのものとさえ思っている。


 なので、今回のイベントでラスボスとして登場してほしいという八戸の頼みも、自分は表舞台に出るタイプではないと断ろうとしたが、八戸はこんな風に言った。


「MRは、なりたいものになれる夢の世界だよ。ひかりちゃんは引っ込み思案かもしれないけど、おイモちゃんはダンジョンっていう作品でかなりおしゃべりでしょ。現実の自分と、クリエイターの自分を混ぜて考えてみるのはどう? ぼくは、良いポエジーが生まれると思うな」


 ひかりは世間知らずな自覚はあるが大人なので、ディレクションしてくれた八戸の顔を立てる必要があるのはわかっていた。しかし、それよりも、ひかりはもう想像力を働かせてしまっていた。


 自分が、ダンジョンのボスになれるとしたら。


 ひかりは一度楽しい空想を始めると、自分で止めるのはなかなか難しい。いつも、ダンジョンのアイディアや面白そうなギミックを考えていると、ほかのことが何も手につかなくなってしまう。


 ひかりにとって、自分が作ったダンジョンは我が子のようだった。自分が目立とうとは思わないが、ダンジョンやボスはみんなに見てもらいたいし、好きになってほしい。世間からアーティストとしてよく知られている八戸には、ひかりのその熱い胸の内を見抜くことができた。


「にしても、当初はやめぐらくんに会えると思ったんだけど残念だね。だいぶ怒らせちゃったみたいだし……SNSもブロックされちゃったし」


「う~ん……それは仕方ないかもですね。私も彼の気持ちはわかります」


 やめぐらは引退理由がエアリアルプリズムであることを配信ではっきりと言っていた。この件に関しては、ひかりにもいろいろと思うところがある。しかし、今ひかりや八戸が頭を抱えているのは、話題の「やめぐらカリバー」の存在だった。


「見ごたえのあるバトルにしたいし、ラスボスは相当強くしないと。調整大丈夫?」


「……正直、あんまり自信ないです。楽しいボスになるかどうか」


「おイモちゃんならやれるよ」


 八戸のそののん気さはどこから来るのか、ひかりは理解できなかった。でも、こういう人間だからこそ務まる仕事もあるのだろう。バランス調整に加えて、ひかりには不安なことがまだあった。


「……あと実は、うちの子がイベントの抽選に当たったみたいなんですよね」


 ひかりがぼそっと言うと、八戸は面白そうに笑った。


「へー、すごいね。なんて言ったの?」


「なにそれ? みたいな嘘はつきたくないですもん。良かったね、って言いましたよ」


「ぼくなら、なんで当てるんだよ! って言っちゃうな。おイモちゃんは隠し事がうまいや」


「大変なんですよ~、これでも!」


 ひかりは会社から情報漏洩の防止についてかなり厳重に言われている。EODはゲーム会社が中心に運営しているが、技術的な部分のほぼすべてを請け負っているのは、ひかりが所属する「ハコネ」という会社だった。


 ハコネは、日本のアニメやゲームで育った世界中の超一流エンジニアが集まってできた、比較的新しい会社だ。彼らは、徹底的な秘密主義のIT会社で育ってきてもいる。自由な発想を持ってはいても、情報を扱うプロとしての誇りは高かった。


 ひかりは技術者ではないが、ダンジョン作りの一芸でハコネにスカウトされた。家族にも仕事の内容を明かしてはいけないと厳しめに言い渡されたときには不安になったものの、制約自体は無いに等しく思えた。なにせ隠し事の腕を買われたようなものなのだ。


 しかし、まさかゲームと何の接点もなかった娘がEODを始め、自分のダンジョンを好んで遊ぶようになるとは、ひかりは夢にも思わなかった。


「人気ゲームクリエイターの証だと思おうよ。みんな通ってる道なんだしさ。それにバレたらバレたで面白くない?」


「え、絶対他人事だと思ってますよね?」


「ま~そりゃ冗談だってば。でも現実問題、【ケイヴトゥジエンド】で八位に入るなんて一般のプレイヤーじゃまず無理だし。アイルちゃんだって行けるかどうかってレベルだよ。さすがにお子さんそこまで強くないでしょ? って、おイモちゃんからは聞けないか」


「まあ、やってるとこ見たことないので何とも言えないんですけど……。話聞いてる限りでは絶対無理ですね」


「なら心配ないんじゃないの。万一のことがあっても現場では画面しか見ないんだからさ。どうせ顔隠すよね?」


「はい。いつものこの子で行くので」


 ひかりは、装着している開発モニター用のヘッドマウントディスプレイを指でとんとん叩いた。といっても、八戸にはジャガイモが自分を指さしているようにしか見えない。


「美人さんなのになぁ……。もったいない」


「録画してるのでセクハラで訴えます」


 八戸は大げさに「やめて!」と両手を振る。ひかりは、アバターでなければこんなことは言えないと思った。


「ふー」


 通話を終え、ディスプレイを外すといつの間にか汗をかいていた。ひかりはエアコンの温度を少し下げる。あてがわれている機材は最新なのでそこまで発熱しないはずだが、やけに暑く感じた。


 ひかりには、片づけなければいけないことが山ほどある。バランス調整の件だけでなく、少しでも完成度を上げるため、ダンジョンやキャラもまだ詰めていく必要があった。しかも開発者としては全くの素人なので、スタッフとの意思疎通は相当気を遣った。


 窓の外は黄昏時になっている。ひかりはこの時間の家々や街灯の灯りを眺めるといつも、友達の家で初めてゲームのダンジョンを見た日の帰り道を思い出す。自分もこんなダンジョンを作りたい、と思った、あの衝撃と感動は今も忘れられない。


 今の仕事は、あの日の願いが叶った、夢の仕事だ。二人と会社は違うが、あの藤山や八戸と仕事をしている、と過去の自分に聞かせたらどういう顔をするだろう、とひかりは思う。


 ひかりは、窓に映る自分の顔はにやにやしていると思ったが、思いのほか疲れ気味に見えて、すぐにカーテンを閉めた。


「ただいまー!」


 娘に「おかえり」と返し、ひかりはキッチンへ向かう。手先が器用でないので料理はそれほど得意ではない。でも、材料をエディットするという面では誰にも負ける気がしなかった。今日もスーパーで集めたポエジーがしっかり豚の生姜焼きとなっている。


 ひかりが生姜焼きを出そうとすると、何かに気づいたように「あ」と言われた。


「え、どうしたの?」


「いや、ちょっと……。なんか、からあげのお腹だったみたい」


「なんだ~、先言ってくれればよかったのに。からあげかぁ……」


 いつも目の前にディスプレイがある時代だというのに、肝心なことは伝え合えないものだ、とひかりは思った。そう言われれば、自分もからあげを食べたかった気がしてくる。


「今日さ、すっごい良いことがあったんだ」


 ひかりは口に入れたままうなずいて、続きを聞く。


「あ、ゴメン、ゲームの話なんだけどね、めっちゃ強い子がパーティに入ってくれることになって!」


「ふーん。アイルちゃんみたいな?」


 ひかりはゲームの話のときは、いろいろ聞かされて知っているという設定を守っている。自分から話さなければボロを出すことはまずない。それに、隠し事には絶対の自信がある。


「アイルちゃんも強いけど、もう次元が違うっていうか、反則っていうか……。もちろんずるっこじゃないんだけどね。私が旅行行くとき、アイテム探してるって言ってたの覚えてる? それを見つけたのが、なんとその子なの!」


「ふーん」


「って言っても伝わらないか~。ママにもわかるように説明するとなると……難しいなぁ」


 ひかりが怖ろしかったのは、やめぐらカリバーの持ち主がしえるのパーティに入った、ということ自体もそうだが、これだけ動揺するべき驚愕の事実を聞いても、一切感情を表に出さずにいられる自分だった。


 本当は心の中で、「ウソでしょ⁉ なんでよりによってしえるが……!」「詳しく説明して!」「私が運営の人って知ってて言ってるわけじゃないよね?」「しえるが私と戦うことになるかもってこと⁉」「もし、しえるに正体がバレたら……」と思っている。


 だが、全く実感がわかない。


 まるで架空の世界で起こっていることのように。

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