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ホロ暮らし  作者: 御影 夕介
13/42

2-6 Duole West, Itoda, Yofu-shi, Tokyo

 立ちふさがっていたのは敵のミミズだった。しえるがつらそうに歩玖に説明する。


「私、うにょうにょとかぐにょぐにょがめっちゃ苦手なんだ~……」


 ミミズはしえるの背丈より大きく、歩玖から見てもアニメっぽい描かれ方が気持ち悪いほうに転がっていて不気味だった。


「えぐ子さん、大丈夫? 逃げてもいいけど」


「……ありがと。でも、今は逃げるときじゃないかな。戦うよ!」


 しえるはミミズに立ち向かい、戦闘の意志を見せた。芽緒はその背中を頼もしく感じる。


「えらい。それでこそえぐ」


 ミミズは攻撃を繰り出すときや受けるときに気持ち悪い動きになったので、しえるは目をつむってしまいたくなったが我慢した。ミミズにとどめを刺した歩玖は、しえるは苦手なものなんてなさそうなイメージがあったのでちょっと意外だった。


「あー終わった! 早く外に出よ!」


 排水管はW館の目の前で出口となっている。しえるが足早に進むと、さっきのウサギがいた。


「あ、ウサギちゃんいたよ、芽緒ちゃん」


 パーティがウサギに近づくと、ウサギは懐から時計を出し、「間に合わない!」と慌てて走りだす。向かった先は鏡の迷路のようになっていて、ウサギは鏡で増えたり減ったりしながらいなくなった。


「待って、これ続編と混ざってない?」


 しえるも芽緒と同じように思っている。


「しかも、いつの間にか体の大きさが戻ってるね。ケーキ食べれるかと思ったんだけど……」


 歩玖も、ウサギを追って始まる物語を見たことがあったが、内容をあまり覚えていなかったので二人の話がよくわからなかった。一飛がしえるに尋ねる。


「えぐ子さん、このダンジョンって庸布の特徴入ってるの?」


 しえるは少し考えてから答えた。


「……たぶん、昔、庸布にアニメ会社のスタジオがけっこうあったみたいだから、それにまつわるダンジョンなんじゃないかな」


「へー、そうなんだ。多鷹と三摩の印象強いから意外」


 庸布には学校とアルバイトでいつも来ているしえる以外は、この近辺のことをよく知らない。歩玖は素直に勉強になったと感じていた。しえるによると、地域に密着しているダンジョンは評価が高くなりやすいらしい。


「あ、パンダ今、このダンジョン微妙だと思ってるってことでしょ?」


 芽緒が指摘すると、パンダは静かになってしまった。さらに芽緒から「反応がわかりやすすぎ」と言われると、ようやく返事をした。


「だって、俺バーチャルだからメジャーなダンジョン潜ることのほうが多いし……ふかしイモ作品とか」


 ふかしイモといえばしえるという感じになっているのが、歩玖にも雰囲気でわかった。


「ふかしイモさんのダンジョンじゃなくても、私はみんなと一緒ならどこでも楽しいよ!」


 芽緒はダンジョンに辛い点数をつけそうだったが、しえるがそう言ったので評価のことは忘れてしまった。


「あたしも、えぐが楽しければそれでいいわ」


 しえるは歩玖にも笑顔を向ける。


「僕も……楽しいです」


 歩玖は、ただ空気を読んで言ったわけではなく、本当にそう思っていた。自分のやるべきことを理解して、目標を達成できるというのはとても充実感があった。とはいえ、しえるのほうでは歩玖が無理をしていないかまだ心配だった。


 しえるはウサギが入った鏡の迷路を指で示す。


「あるくん、この鏡どうなってるかわかる?」


 パーティがいるところはW館の側面だ。歩玖がレンズで見ているのは、さっきまでのような現実世界のものではなく、いくつもの不思議な鏡の壁で、ゲームの世界らしい感じだった。鏡にはアバターが映っていて、歩玖は自分が動くと「あるく」も動くのでかなり違和感があった。


「でも、本当に鏡があるわけじゃないですよね。すり抜けたりしたらどうなるんですか?」


「通れないはずのところを通ったりすると、ゲームがいったんストップするよ。エリアの外に出ちゃったりしても同じだね。この手のダンジョンは、ダンジョンの障害物とリアルの障害物、両方に注意が必要だから気をつけてね。バトル中は特に要注意!」


 しえるは迷路でところどころ迷いながらもパーティを先導する。方向音痴の歩玖は、一人では絶対クリアできないと思った。


 このエリアの敵たちは、カードに手足が生えたような姿だった。各々の表面に、トランプのように属性のシンボルマークが描かれていた。一戦を終えて、しえるが歩玖に教える。


「属性は六種類で、火、水、風、土、光、闇だよ。それぞれ有利と不利があるから、敵に合わせて装備とかアーツを変えてね、ってことなんだけど……」


 この話はちょっと長くなりそうだし、歩玖はそもそも変えるものを持っていないということで、説明はまたの機会となった。


 カードたちはかなり厄介な敵だった。体に書かれているマークの色は属性の種類、数は使ってくるアーツのカウント数を表しているのだが、鏡に映った敵が実像なのか虚像なのか見分けにくく、どのカードがどの属性のアーツをどのくらいの強さで放ってくるかわかりづらかった。


「あーもう、行動順覚えるの面倒くさいな!」


 芽緒は相手の弱点に合わせて六つの属性の攻撃アーツを使い分け、カウントを計算して器用に戦っていたが、もともとせっかちだし面倒が嫌いなので、「このクソダンジョン!」と言いそうになっていた。


「さすがに9とか10が連続で来ると受け切れないかも!」


 歩玖はしえるの意図を汲んで、マークが多いカードを優先して倒していった。歩玖の活躍は大きく、芽緒と連携すれば攻撃される前に敵を倒してしまうこともできた。


「あるくさん、ハンパないわ……。ゲームの才能あると思うよ」


 パーティでゲーム歴が一番長いらしい一飛に言われると説得力があって、歩玖はうれしくなった。


 鏡の迷路を抜けるとまたウサギがいて、やはり急いだ様子で薄暗い廊下の奥へ消えた。廊下には左右にいくつものドアがあって、ひとつひとつの横にポスターのようなものが張られている。


「あ、W館が映画館だからかな」


 しえるは何度かこの映画館に学校の友達と来たことがあった。廊下をまっすぐ進めば正面の広場に出て、いよいよボス戦となる。


 芽緒はウサギが気になっていた。


「映画に遅れてるってこと? でも一人で見に行くかな?」


「行く行く。友達いない人だっているんですよ?」


 一飛に言われ、芽緒は少しきまりが悪かった。


「いや、あたしも基本一人だけど……」


 芽緒はゲームのときくらい学校や塾のことは忘れたかったので、それ以上何も言わなかった。

しえるが画面に注目する。


「でもさ、こうやって見てるとホントの映画館の中みたいだね」


 これまでは視界に映る人が光の塊として描かれていて、鏡の中で反射する光のように見えていたが、今は実際の人物がそのままゲーム画面の中にいる。歩玖も、見ているのが画面なのかリアルなのか混乱しそうになったが、みんながアバターなのでゲーム内だと判断できた。


 左右のドアが開き、敵が襲ってくる。敵の姿はどこかで見たことがあるような感じで、行動も映画のキャラクターをモチーフにしているようだった。弁護士志望の芽緒はやはり気になる。


「え、これギリギリじゃない? 大丈夫?」


 しえるはドア横のポスターをよく見てみる。


「ぼかしてあるからわからないようになってるけど、モロにアレだよね……」


「ある程度仕方ないかもしれないけど、ネタバレとかキモい挙動してきたら即通報ってことで。まあ、今までのを見る限りたぶん大丈夫でしょ」


 歩玖は二人から、AIの規制があるにしても、怖すぎたり下品すぎたりなどの表現がダンジョンにあった場合は運営に知らせるように言われた。でもどう見分けたら良いかわからなかったので、その都度聞くしかないと思った。


 スペクタクルからファンタジー、ホラーまで、だいたいのジャンルを網羅した敵が登場した。原作の内容に触れるか触れないかすれすれだが、内容を知っている人は相手の弱点を突けるという仕掛けになっている。


「……つい水属性で凍らせちゃったけど、ちょっとトラウマシーン思い出しちゃったじゃん」


 アクション系の映画をよく見るという芽緒はそう言いながらも面白がっているようだった。家族のレジャーといえば旅行で、映画はあまり見ない歩玖は、だんだん原作のストーリーに興味がわいてきた。


「なんか、僕もこの映画見てみたくなってきました」


 パンダが歩玖に振り返る。


「あるくさん、順調にこのゲームにハマってきてるね。このダンジョン、デュオレの宣伝の人が作ったんじゃないの?」


 しえるが「あー、あるかもね」と言って、歩玖にコラボ系のダンジョンについて話す。


「EODに限ったことじゃないけど、宣伝とか町おこしのために、商品とか地元の名所をゲームでPRしてるのって見たことあるでしょ? 謎解きとかギミックのバランスってけっこう難しいみたいだから、ふかしイモさんみたいに上手な人が起用されたりするんだよね」


 歩玖にはその説明で、途中からなぜかふかしイモの話になってしまうほどに、しえるがふかしイモ好きだということがよくわかった。


「あ、気づいた。しえる~!」


 モブキャラクターのように見えていた二人の女の人が急にしえるに話しかけたので、歩玖はびっくりした。しえるは名前を呼んであいさつする。


「え、どうしたの? 部活?」


 会話から、庸布高校の同級生だと歩玖にもわかった。「なんか縦に並んでたから絶対ゲームだと思って声かけようか迷ってたんだけど」「ちゃんと見えてるから声かけてよ~」などと話している。


 しえるはすぐ話を終えるつもりだったが、芽緒が気をきかせてゲームを中断状態にしたので、「ゴメンね」と言って二人のほうへ離れていった。四、五分だったが、芽緒が「誰?」と聞きたそうにしているので、やはり歩玖には長く感じた。


「ゴメン、お待たせ~。クラスの子でさ、さっきクルールに来てくれてたんだけど、私がいなかったからって……」


「へえ……」


 芽緒は面倒くさいものが嫌いだが、わかっていながらどうしても自分が面倒くさくなってしまうことがあった。しえるは二人が言っていたことを芽緒に話してあげたかった。


「芽緒ちゃんのことすごいかわいいって! かわいいっていうか、ホントはかっこいいとかきれいとか言ってたんだけど、かわいいも言ってたよ」


 そんなに誉め言葉を並べられると、芽緒もさすがに口元が緩んでしまう。


「い、いいよ別に。どうせお世辞でしょ」


「お世辞じゃないよ~」


 芽緒は身長も高いし目立つ容貌なので、歩玖もお世辞とは思えなかった。さっきから、視線を感じるとその人が見ていたのは芽緒だったということがよくあった。そして、芽緒が注目されたおかげで今の二人から子役みたいと言われずに済んでよかったと思った。


 映画っぽい敵たちをみんなで倒して進み、廊下の行き止まりに着いた。実際にはW館正面の広場となっていて、ここにはブロンズか何かでできた、装飾されたオブジェがある。オブジェの高いところにある丸い球のようなものが、ボスとしてミックスアップされていた。


「出たな、定番の謎オブジェ」


 芽緒の家の近所には、公園や公共・商業施設によくあるこういうオブジェが多いので、そこにミックスアップされた敵たちとほぼ毎日戦っている。オブジェが表すものと関係があったりなかったりするが、芽緒はそのあたりはあまり興味がない。経験値をくれれば何でもよかった。


「どんなボスだろうね。始めちゃっていい?」


 しえるはパーティに確認して、ボス戦をスタートさせた。


「あ~! 間に合わなかった……!」


 イベントが始まると、廊下のつきあたりにある閉じたドアの前で、ウサギが落胆して膝をついた。ドアの上にはキャラクターが座っていて、タマゴのような姿をしていた。しえるはどことなく見覚えがある。


「いたな~、ああいう子。ホントはなんて名前だっけ?」


 頭に【エンプティ】と名前が出ているタマゴは、芝居がかった口調で話しだした。


「映画はもう始まってしまったよ。途中から入ることはできない。けど、ボクは君にもっと面白い夢を見せてあげられる」


「もっと面白い夢だって? ぜひ見せてくれよ!」


 芽緒は単純なウサギを心配した。


「あー! だめだめ怪しすぎる! 絶対やめといたほうがいいって!」

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