2-5 Duole East, Itoda, Yofu-shi, Tokyo
「とりあえず、ウサギちゃんを追っかければいいのかな?」
前のしえるに、二番目の芽緒がうなずく。
「このままベタで行ってほしいな。ウサギ殴る展開にならないといいけど……」
そうこう言っているうちに、パーティはウサギが消えた地点まで来た。しえるは立ち止まって、庸布にあまり詳しくないパーティのために辺りと画面を確認する。
「えーと……。デュオレが両方ともマップになってるね」
庸布駅は、駅を中心に広場があって、歩行者用の通りが南北に伸びている。その通りを挟んで、「デュオレ」という商業ビルが二棟に分かれて建っていた。それぞれ「E館」と「W館」と呼ばれ、正面の入口が向かい合っている。
ウサギはE館正面にいたときに現れ、建物左奥の角に走っていった。ダンジョンにはエリアが設定されているので、しえるははみ出ないよう気をつけながら、その角を曲がってみる。
「……わー! なんだこれ⁉ 景色が!」
歩玖は、しえるの感じからして、ウサギを追ってみたら別世界の入り口だった、というのを予想した。さっき試しに出してみた二つのダンジョンと違って、今は背景や人などが現実のまま見えている。おそらくそのギャップを強調するためだったのだろう。
しえると同じように、芽緒と、ドローンで進んだパンダも「あ! ……へえ~、なるほど」
「おー、そういうことね」と言っている。歩玖も同じところに入ると、キラキラした光が瞬き、景色が変わった。
「え……。これって」
建物やお店の看板、自販機などが、超高層ビルのように巨大化していた。歩玖はすぐ、自分の体が小さくなったように見せられているのだとわかった。実物のそれらは大きな石や草などに変えられている。
「これさ、えぐにはどう見えてんの?」
芽緒が尋ねると、振り向いたしえるは視力検査のように裸眼とレンズを交互につむった。
「でっかいのと小さいのが重なったりしてる。あとダンジョンのほうは、前のお店のままなのがあるみたい」
三人の話の内容から歩玖がわかったのは、このダンジョンは、まず大きな壁を建てて、そこに引き伸ばした写真を張りつけて作られたのだろうということだった。そのやり方ならダンジョン建設用のポエジーを節約できるという。
「ほかのプレイヤーにダンジョンを遊んでもらえると、ダンジョンエディターの人はポエジーをもらえるようになってるんだよね。なんか良いな、って思ってもらえれば、ダンジョンも人気が出るし、自分も強くなれるし一石二鳥! って仕組み」
しえるの説明を聞いて、歩玖はやめぐらのダンジョンの大きさが全国規模の大きさだったのを思い出した。ビル二つ分のダンジョンでも節約が必要なら、やめぐらの使ったポエジーはいったいどれくらいだっただろう。そう考えていると、ほかにも気になってきた。
「ふかしイモさんっていう人も、こういうダンジョンを作ってるんですか?」
しえるは、その質問を待っていた、という感じだったが、芽緒は説明を後にしてほしかった。
「えぐ! 前、前!」
とっさに前に向き直ったしえるは、車か自転車が来たのかと思ったが、何かが早いスピードで近づくと端末から警告音が鳴るはずだったので、考えをゲームに戻した。
「敵⁉」
周囲の人々など、移動するものはすべてトゥーン調のネズミに置き換えられていたのだが、目の前に近づいてくる二匹のネズミは明らかに目つきが悪いし、頭の上に体力ゲージや【トオカネズミ】というキャラクター名や個体のアルファベットが振られている。
最初に順番が回ってきた芽緒が画面を操作しだした。
「ウサギの原作はあんま関係ないみたいね。ネズミ好きだけど仕方ない……はっ倒す!」
芽緒が片方のネズミを攻撃すると、2000くらいのダメージが出た。ネズミはまだ倒れない。
「あ、ごめん歩玖、言い忘れてたけどこれ最高難易度だから、うちらは被弾したら死ぬよ」
「え……」
さらっと怖いことを言われてしまった歩玖にしえるが教える。ダンジョンは難易度を選べるが、本番までに歩玖にはできるだけ多くの経験値を得させておきたいのでそうしたのだという。体力がなくなるとキャラクターは「死ぬ」が、ペナルティはほぼないとのことだった。
「ちゃんと私の後ろにいれば、みんなはほとんど狙われないから大丈夫!」
そう言って、しえるが味方をかばう行動をしてから順番を回すと、歩玖の番になった。
「あ。どうしたらいいですか?」
歩玖に聞かれた芽緒は「リーダー、どうしよ」としえるのほうを見る。
「あるくんの好きにしてもらっていいよ……って言いたいとこだけど、どこまで覚えてるかな?」
歩玖は予習で覚えたシステムをおさらいする。
「えっと、最初は10カウント持ってて、使っても次は1戻るんですよね」
「そうそう。基本、カウントはバトル中に【アーツ】で使った分減るけど、自分の番が来るたびに1回復するよ。例えば、芽緒ちゃんが今のアーツで使ったカウントは3だから、次は8からだね。やりくりに慣れるまでは、使うアーツはいくつかに絞ったほうがいいかも」
歩玖は今、しえると芽緒が作って「攻撃1」「攻撃3」「回復2」というわかりやすい名前をつけたアーツを持たされている。アーツはカウントの消費量が多いほど効果が強力になるが、多いほど作成するのが大変らしい。アーツの内容そのものが強い場合はさらに困難だという。
「って言っても、歩玖には関係ない話だけどね。あたしの攻撃10を攻撃3で超えちゃうんだから」
芽緒は嫌味になったらまずいと思って、「攻撃10」のアーツを作成するのに相当な時間がかかったことまでは言わなかった。
「こういう時は、倒しやすいやつから片付けちゃうのがセオリーだよ。芽緒ちゃんが弱らせたネズミを狙ってみたら?」
しえるの提案どおり、歩玖は「攻撃1」のアーツをネズミに使用することにした。
「はい、やってみます」
駅前で人が多い場所などはジェスチャー操作が制限されているので、歩玖は画面のパネルで操作した。
「ヂュー……!」
ネズミは野太い感じの断末魔を残して倒れる。出たダメージはやはり2000程度だった。芽緒はダメージの感想を言う。
「まあ、こんなもんか。あたしの二、三倍は期待できる、と」
しえるには芽緒がショックを受けているのがわかったが、芽緒はプライドが高いタイプなのを知っているし、歩玖に気を遣っているようなので、表に出すつもりがなさそうな以上、今は何も言わなかった。
「イベントではボス戦でどれくらいカウントを使ったかで競うことになってるよ。接戦になると、けっこう1カウントが勝敗を分けるんだよね~」
歩玖がアーツの選択ミスをしないように気をつけようと思っていると、残ったネズミがしえるの兜をかじってきた。ネズミは大きいので、しえるは上半身が飲み込まれているように見えるが、しえるが微動だにしないのでシュールだった。
一飛がしえるの体力を回復させた後、芽緒が残りのカウントをすべて消費してもう一匹を倒し、バトルは終了した。
「先に進もっか。準備オッケー?」
しえるの確認に、芽緒が挙手する。
「やっぱ紫音のデバフがないのは痛いわ……。歩玖にはできるだけ敵を一撃で吹っ飛ばしてもらえると助かるな。えぐが落ちたらおしまいだから、あたしも回避できるようにしとく」
芽緒が装備やアーツの編成を変更しているあいだ、歩玖は画面の端のところに♡Violet♡の名前があるのに気づいて不思議に思った。
「これ、紫音さんがいなくても名前が出るんですか?」
「うん。パーティには控えメンバーっていうのがあって、登録しておくとすぐ交代できるようになってるの。だから、紫音ちゃんが今急に参加したくなったら、ここに来なくてもパンダちゃんみたいに参加できるんだよ」
一飛はなんとなく申し訳なさそうに言う。
「まあ、誰かにドローン飛ばしてもらったりカメラ共有してもらったりしないといけないから、全員現場か全員バーチャルに揃えたほうがやりやすいんだけどね。えぐ子さん、いつもありがとうございます」
「いやいや、私こそいつもケガ治してもらったり生き返らせてもらったりしてるし」
話しているうちに芽緒の準備が終わり、パーティはダンジョン攻略を再開した。
マップ上では、現実で言うデュオレE館を壁づたいに周ってからW館に移動し、また周って正面に出るコースとなっていた。ただ、今画面に映っているのは巨大化したE館なので、見た感じでは距離がありすぎてとてもW館に移動できそうにない。
E館南東の角への道中では、ネズミやアリ、トカゲなど地面にいそうな生き物をモチーフにした敵たちが襲ってきた。どれも童話っぽい風貌だったので怖い感じはしないが、最高難易度だけあって初心者の歩玖にとっては凶悪な強さだった。
「でもすごいよあるくん、私たちも相当やってるほうなのに戦力になってくれてるもん。ホント、あるくんがいてくれてよかったよ」
三人をかばってアリの集団に囲まれてしまい瀕死になったしえるは、回復してもらいながら歩玖に言った。
「いや、マジで助かる。紫音と同じか、それ以上貢献してるよ」
トカゲを倒そうとしたが切れたのは尻尾だけで、強烈なカウンターを喰らって二回ほど体力がゼロになってしまった芽緒も歩玖を褒める。
「あるくさんのおかげで、えぐ子さんだけ回復してればいいから楽だわ。片手で仕事できそう」
どの敵からも狙われなかった一飛だが、芽緒からは「ゲームに集中しろ」と責められてしまった。
「いえ、そんな……」
歩玖は謙遜したが、内心かなりうれしかった。今までこんなに褒められたり、喜んでもらったりしたことはあまり思い当たらない。
「これは、エアリアルプリズムにも行けちゃうかも!」
しえるもうれしそうに、E館からW館へ移るポイントへさしかかる。画面で見えているE館には巨大な排水管があり、その中を通ればW館へ行けるようだ。中は薄暗く、地面には水が流れている。
しえるだけは片目で現実の世界を見ているので、先頭にぴったりだった。ただ、見えていても何かにぶつかってしまうことはあるし、ちゃんと気をつけてさえいれば、障害物を警告してくれるCGのほうが安全な場合もある。
「うわー!」
「ひゃっ!」
しえるが急に立ち止まったので、芽緒はぶつかってしまってから、背中の前をのぞきこむ。
「……あー、出ちゃったか」




