2-4 Duole East, Itoda, Yofu-shi, Tokyo
「あの……。これ、かっこいいんですか?」
「うん。間違いない」
芽緒は腕組みをして満足げだが、歩玖にはちょっとわからないセンスだった。
アバターである「あるく」は身長が2メートル近くになっていて、黒いロングコートのようなものを着ている。髪も腰くらいまで長く、動くたびにつやで光った。顔はまさしくゲームならではという超美形で、その瞳はどこか憂いを秘めている。
「……ちょっとやりすぎちゃったかも」
しえるは「あるく」単体は自信があったが、芽緒のアバターやパンダと並べるとつり合いが取れていないのが気になってきた。芽緒はしえるが弱気になっていると思ったらしい。
「復讐を背負ったルール無用の最強剣士なんだから、このくらいやらないと。バニラだと、ほかのパーティにナメられるしね」
みんなに合わせて移動中もアバターを表示することにした歩玖は、見た目にこだわるほうではないので何でもよかったが、少なくともこれが自分の分身とはとても思えない。
キャラの味つけが濃くなったという意味で、パンダが「バニラからレバニラになったね」と言ったが、誰にも伝わらなかった。
「えーっと、どっから説明しようかな」
店を出て、商業ビルの日陰に入るまでに、しえるは考えをまとめていた。
「ちょっとややこしい用語入っちゃうけど、難しいなって思ったら聞き流しちゃってね。最初はわかるとこだけ覚えとけば大丈夫だから」
歩玖は昨日自分で調べたときには挫折したが、しえるなら初心者にもわかるように教えてくれそうだと思った。
「まずは世界観ね。このゲームはMRだから、現実世界なのに架空の世界のものがミックスされるのが面白いところじゃん? で、そこにストーリー的な設定があるの。現実世界と架空の世界、ふたつはもともとバラバラだったんだけど、あるときなんと! なぜかひとつに合体しちゃったんだ」
その世界複合の謎を解くため、探求の旅をしているのがプレイヤーである「探求者」という設定だった。探求者たちは現実世界と架空世界が混ざり合った世界【ホロス】に存在するので、実際には何もない場所でアイテムを入手したり、ボスと戦ったりする。
「で、現実に存在しないものは全部、ポエジーっていう不思議なものでできてるの」
歩玖も何度か見聞きした用語だが、今のところ、独特な語感だということしかわからない。
「ポエジー……ですか」
「そ、ポエジー。ポエジーっていうのは、世界がひとつになってから発見されたものなんだけど、要するに目に見えない元素みたいなもので、アイテムでも技でも敵キャラでもダンジョンでもなんでも作れちゃうんだ。はっきりした設定はなくて、ポエジーって言っとけばなんでもアリかよ! みたいに言う人もいるんだけど」
歩玖はファンタジーには疎いが、ラストイレイザーや晶くんも「ポエジー」でできているというのがなんとなくわかった。たしかに現実ではあり得ない存在だ。
「つまり、ポエジーは材料で、強いアイテムとかボスとかダンジョンを作るには当然大量のポエジーが必要なのね。ゲームをやればやるほどいっぱい手に入るから、やめぐらさんみたいにめちゃめちゃ頑張る人はそれだけ強くなれるってわけ……ま、やめちゃったけど」
歩玖は、やめぐらがそれだけ頑張ったのにゲームが楽しくなくなって、しかも運営を憎むまでになってしまったというのはかわいそうだと感じた。かといって、復讐をしていいかどうかは別の話だとも思う。
「あと、ポエジーにはもうひとつ特徴があって、それは、人の心に反応する、っていうこと。敵キャラなんかは人間の悪~い心とポエジーが結びついて生まれるやつだから、安心して倒しちゃっていいよ。そしたらポエジーに戻るし」
歩玖は晶くんのことを思い出して、そんなに悪そうでもないのに、と考えたが、ゲーム上の設定なので仕方がなかった。
「ポエジーが材料で、人の心に反応するってとこまではいいかな? それがもうひとつの設定と深い関係があってね。プレイヤーの願う力が強ければ強いほど、ポエジーは力を発揮するんだ。その願う力のことは【夢幻力】って呼ぶんだけど」
しえるによると、しえるの高い防御力や、芽緒の強力な攻撃、紫音の弱体技やパンダの回復技など、そういった不思議なパワーはポエジーから引き出されているのだという。
「たしかに、そういう力は架空のものだけど、願う力だけは私たちのリアルなものだよ。EPLでパワーアップするのも納得! って感じしない?」
何かを願うというのがいまひとつピンとこない歩玖にはハードルが高いが、そう言われてみると、しえるがEPLが得意な理由がわかる気がした。
「だから、夢幻力は【夢を現実にする力】って言われてるんだ」
あくまでゲームの中での話だけどね、としえるはつけ加えたものの、歩玖には現実世界の話のようにも聞こえた。
……夢とか、なりたいものとかないんですけど、大丈夫ですかね。
歩玖は言葉にはしなかった。これからみんなでゲームを楽しもうというときに言うことではなさそうだったからだ。楽しそうにほかにもあれこれ説明し終えたしえるには、別のときに聞いてみようと思った。しえるなら教えてくれるかもしれない。
「さーて、じゃあダンジョンに挑戦してみよう! どんなのがいいかな?」
晶公園でボスを探していたときのように、歩玖以外はそれぞれ画面のリストをスクロールしている。
「これ、この前入ってみたんだけど面白かったよ」
しえるがひとつ選び、みんなから見えるようにすると、歩玖が見ていた駅前のビルと広場が突然、お菓子の国になった。
テナントのイタリアンや雑貨屋がクッキーのタイルで覆われ、電灯がパラソル型のチョコレート、街路樹は色とりどりの飴細工になっている。行き交う人々は、有名なお菓子の会社のキャラクターに似ているようで似ていない微妙な姿に変化していた。
「なるほどね。えぐ子さん、パティスリーカフェでバイトしてるだけあるわ」
パンダはしえるのチョイスに納得という感じだった。
「……これはアレなの? 最後にパティシエ大王とかを倒すの?」
ネタバレしてもいい、と言う芽緒にだけ、しえるが小声で教える。
「虫歯菌だったよ」
「そりゃ絶対負けらんないね……」
画面にはダンジョンの評価の星の数やレビューなども表示されている。芽緒が赤いポインティングで示すのに全員が注目していると、「見た目はかわいい」「ありきたりだし庸布やEODである必然性がない。別ゲーでやれ」「俺は歯医者じゃねえ」などの低評価が目立った。
「……まあ、そういう意見も大事だよね」
しえるはこの手の趣味全開のダンジョンは嫌いではないが、レビューの内容ももっともだと思った。
「好みで言えば、あたしはこれかな」
お菓子の国は瞬時に姿を変え、今度は岩壁と荒野が広がった。ベンチや植え込みだったところには破壊された刀や斧などの武器が積み上げられていて、普通に歩いていた年配者や主婦たちは、鍛え上げられた筋肉がむき出しの武術家と化した。
「……@さんは動物出してくると思ったけど、筋肉も好きなんだ」
芽緒は一飛に誤解されてもかまわないが、一応弁解した。
「動物は【あにまるわーるど】もあるからね。筋肉っていうか、こういうやるかやられるかみたいな世界がなんかしっくりくる。今も受験戦争中だし」
しえるが歩玖に解説する。
「芽緒ちゃんはすごい勉強頑張ってて、将来弁護士になりたいんだって。いつかもし訴えられちゃっても、芽緒ちゃんが一緒に戦ってくれるよ」
「そうなんですか……すごいですね!」
歩玖は素直に尊敬したので、芽緒は少し照れてしまう。
「いや、別に……。ていうかえぐ、歩玖が訴えられるってどんな状況?」
二人は笑った後、ダンジョンの評価をチェックし始めた。「敵が強すぎて無理」「作った奴は鬼畜」などのネガティブなレビューの一方、「求めていた負荷」「脳筋の楽園」「ジ・エンド・オブ・マッスル」といった高評価らしきコメントもそれなりにあった。
さすがに上級者向けっぽい、と話していると、いきなり歩玖の目の前に白いウサギが走ってきた。
「まずい! 遅刻ちこく~!」
白ウサギは建物の角へ吸い込まれるように走り去った。驚いた歩玖は指でみんなに示す。
「今、なんかウサギが……!」
ウサギ耳の芽緒は、歩玖が思ったよりリアクションがうすい。
「……出たな、遅刻白ウサギ」
珍しくしえるのかわりに芽緒が説明を始めた。
「【今日のおすすめダンジョン】ってのがあるんだけど、それになるともらえる経験値とかポエジーとかレアドロップが増えるから、人気がなかったり出来が良くなくても選んでもらいやすくなるわけ。あと、今みたく選んでもないのにつかみの部分だけ脈絡なく始まったりね」
しかし、芽緒いわく「遅刻白ウサギ」「お姫様にぶつかる」「タンスやクローゼットの中が異世界」から始まるダンジョンは数が多いだけに要注意で、地雷率が高いベスト3となっているらしい。
とはいえ、評価は意外と良く、今日のおすすめでもあるし、芽緒の一番好きな動物がウサギだということもあって、歩玖の初挑戦はこのダンジョンに決まった。
「よっし! やってみよ!」
攻略スタートの演出とともに、しえるが先陣を切った。歩玖は、バトルは急に始まることもあるのでしえるより前に出ないように、と言われたとおりにして、一番後ろからついていく。




