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18.謎の獣

今流れている噂。謎の獣が皇宮に出没しているという。初の目撃から既に2週間は経った。未だに手がかりは掴めず、捜索は難航している。


1人行動を禁じられているエドリック、セヌア、そしてルティシアには護衛が必ず2人以上つくようになった。

深夜の時間にだけ現れるとはいえ、日中に現れない可能性がないわけではない。



「(ルーク、ルーク?)」



ここ最近の悩みとして、ルークがいくら呼んでも来てくれない。もう3日も経つ。

ルティシアの思い悩む表情を心配しながらも、アンナは深く踏み込めなかった。

大丈夫だよ、とむしろ気遣ってくれたルティシアに、アンナは自分の無力さに腹たった。



「(今日もダメか…)」



もうあと少しで約束の騎士団見学の時間になる。支度をし、向かいながら心の中でルークに呼びかけ続けるが、それでも返事がこない。


噂の猛獣。狼という人もいれば、猪だという人もいる。正体はわからないが、狼と聞いてルティシアが最初にピンときたのはルークだった。


あの日、誘拐犯達を倒し助けに来てくれたルークの姿はまさに銀色の狼だった。そういえば、狼を目撃したという情報が入った日から、ルークはどこかよそよそしくなった気もする。


話しかけても上の空で、いつもの元気な声もどこかテンションが下がっているようにも聞こえた。狼の噂を聞いても、知らないの一点張り。本当にルークではないかもしれないが、前のルークだったらきっと好奇心でその噂に食いついていたのだろう。



「(ルーク、少しでいいから声をきかせてください。お怪我はしてないですか、元気でいますか?)」



そう問いかけても、ルティシアの耳にルークの笑い声が届くことはなかった。落ち込んだ気分を隠し、ルティシアは見えてくる騎士団鍛錬所に視線を移した。











「はぁっ!!」


「くっ……そこだ!!」




木刀を使った実践訓練の最中だった。ルティシアは邪魔にならないよう隅っこに控えていると、大柄な男性がすぐさま駆け寄ってきた。


茶色い髪と瞳。左の額から右の頬に縫い跡があり少し強面の印象があるその男性はルティシアの前に跪いた。



「帝国の華に祝福を。ようこそいらっしゃいました、皇女殿下。」


「本日はありがとうございます、カルガー団長。」



カルガー・モルア。皇宮騎士団団長であると同時に、アルディス公爵家の出でもある。アルディス公爵家の当主を兄に持ち、カルガーは平民の女性と結婚、その後騎士団長としての名を上げ、様々な功績をあげ、妻の姓、モルアに改姓し子爵の位を授かった。



「訓練のお邪魔をするつもりはありません。どうか、平常通りにしていただけたら。」


「お気遣いありがとうございます。しかし、皇女殿下のご来訪を部下共も楽しみにしておりました。せめて、殿下へのご挨拶だけはお許しください。」



ブライアンのあの喜びを思い出し、ルティシアは少し気恥しそうにしながらも嬉しかった。



「では、お願いします。」



団長は一礼をすると、さっそく団員達を招集した。鍛錬をしていた者たちは何事かと動きを止め視線を移せば、何人かが思わず声を上げそうになった。


鍛錬の中にはもちろん、さっきルティシアが会ったウィリアムとブライアンも含まれていた。ブライアンはぶんぶんとないはずの尻尾を振り回し目を輝かせる。



「集合!皇女殿下のご来訪だ!!」


「「「「「はっ!!!」」」」」



わずか3秒。全員1ミリもズレることない整列をしては、ルティシアの目の前に並んだ。


その勢いに驚きながらも、ルティシアは改めて皇女として彼らに挨拶をした。騎士団に訪れるのに、いつもより少し動きやすい膨らみのないドレスはシンプルで、よく馴染んでいた。



「騎士団の皆さま、突然の訪問失礼します。第一皇女のルティシア・フィネ・イルネールです。」



7歳にして大人の貴族も顔負けのカーテシーを披露する。思わず感嘆の息が漏れ、見とれる騎士団。

皇女の初デビュタントまで、その御顔を見れる機会は中々ない。そもそも騎士団の訓練所、宿舎や食堂がある場所は、ルティシア達が住む建物と真逆の位置にあるため、初めてルティシアを目にする人がほとんどだろう。


天使やら女神やら、噂を聞いて好奇心に溢れていたが、いざ目の前にすれば言葉すら失う。それらの言葉では表しきれない輝かしさとお人形のような美しい顔立ち、波打つ銀髪に皇族の証にもなるサファイアをイメージさせるぱっちりな瞳。



「まだ未熟な皇女ですが、なるべく自分の目で見て、この国を知っていきたいと思い、本日お邪魔させていただきました。どうか、いつも通り訓練していただけたらと思います。」



その口調や言葉遣いからして既に賢さが滲み出ている。第一皇子は帝国一の天童、第二皇子も劣らずの賢さを持ち、さらに第一皇女までもが皇室の器に相応しい愛国心と賢明さを持っている。



「皇女殿下の御心、感銘をお受けしました。バルシア大帝国皇宮騎士団の名に恥かけぬよう、精一杯鍛錬して参ります。」



カルガーの挨拶で締めとして、騎士団は再び鍛錬に戻った。

彼らの後ろ姿を見ながら、ルティシアも壁側に控えた。少し離れた横には護衛が2人。アンナもルティシアの横に控えている。


厳しい指導の声、気合いの溢れた掛け声、精を出したその鍛錬の姿を見ると、彼らが帝国を守る矛であり盾でもある事実がひしひしと伝わってくる。




__ガサガサ…




「…ん?」




そんな中、近くの草むらが不穏に動き出した。最初に気づいたのはルティシア。続けてアンナと護衛たちもその違和感に気づくと、アンナは咄嗟にルティシアを自身の背後に隠した。


1人の護衛が前へ剣を向け、もう1人も剣を出しルティシア達の傍を守る。


違和感を感じたカルガーが指導の声を止めそっちに視線を向けば、他の団員達も草むらの方へ視線を向ける。





ガサガサ、ガサガサ、と今にも何かが飛び出しそうな気配に緊張感が増す。


その瞬間、誰よりも早く飛び出したのはウィリアムだった。




「ウィリアム!!!!」




カキーーーン、と大きな音が響き、一瞬のことに誰もが動けなかった。


真っ黒な毛並み。金色の双眸。

その図体はおよそ2メートル。




「……る、ーく……?」




ぼそ、っとその名を呟いたルティシア。




「ガルルル…」




彼らの目の前に現れたのが、まさに噂されていた狼であった。








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