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17.騎士団副団長

「ねえ聞いた?ここ数日、皇宮に狼が出没してるって」


「最初の目撃は騎士団の訓練所、2回目は裏門だってね」


「狼じゃなくて猪って聞いたわよ」


「しかも深夜にしか現れないらしい。怖くて夜勤なんてやりたくないよー」




狼あるいは猪。実はただの大きな野良犬だった。そういった噂話がここ数日皇宮で流れている。

最初の目撃者は騎士団員だった。深夜に自主練に鍛錬所に向かえば、闇に紛れた大きな影があった。

金色の双眸が闇夜に光り輝き、その姿は成人男性ほどの大きさだという。


それから数日おきに目撃者は現れ、時間帯は決まって日付をすぎた時間。噂話はあっという間にアスレイの耳に届き、深夜の巡回警備が強化された。


現時点で害はないが、仮に狼あるいは猪だとしたら、誰かが襲われる前に一刻も早く捕えなければいけない。昼間に騎士団による捜索も行われたが、手がかりは一切掴めなかった。



「それにしてもねぇ………あ!」



噂話に盛り上がった侍女達は視界の端から現れた影に姿勢を正し頬を染めた。



「それで、状況はどうなんだ。」


「はい。皇宮の隅々まで捜索を行いましたが、獣の気配どころか足跡、毛1本すら見つかっておりません。」



男性たちの会話に耳を傾けながらその姿を眺める侍女達。



「騎士団副団長のウィリアム・バードン様よ…!」



コツコツと規則正しい足音とともにやってきた銀色の鎧に青いマントを纏う男性。

燃える炎のような短い赤髪。左目は切り傷により閉じられているが、残されたもう片目は透き通った水色をしている。


ウィリアム・バードン。29歳という若さにしてバルシア大帝国、皇宮専属騎士団副団長の肩書きを持ち、その剣術は100年に1度の天才と称されている。


バルシア帝国民の女性が憧れる男性ランキングトップに入る人気度は年々上がっているが、そんなランキングが作られているなど本人はちなみに知らないようだ。



「あれ、ねぇあそこにいるのって皇女殿下…?」



ウィリアム達の歩く廊下の反対側から小さな影がやってきた。専属侍女のアンナを傍に控えたルティシアはふたつに結い上げた髪の毛を揺らしながら歩く。


「天使」「妖精が降りてきている」と侍女達の注目は今度はルティシアに集まる。ルティシアは彼女達の視線に気づけば、小さく微笑んで会釈をした。


うぅ、と心臓を抑え呻き声をあげながらお辞儀をし返す侍女達。



「今日も麗しい皇女殿下…!!」


「皇女殿下に微笑まれた今生悔いなしッ」



各々心の底からの本音を口にする。

そして、ひとりの侍女がはっ、と1つ気づく。



「これはもしや、我らが憧れの副団長と天使な皇女殿下のやり取りを見れるのでは…!?」



彼女の言葉に他の侍女達も思わず目をむく。こんな機会そうそう無い。さあどうだ、と真剣な眼差しをルティシア達に向ける。


ルティシアに気づいたウィリアム達は足を止め頭を下げた。



「こんにちは。」


「帝国の華に祝福を。」


「騎士団副団長のウィリアム様と、ブライアン様ですよね。」


「皇女殿下、私ごときの名前を…!は、失礼しました!ブライアン・ダルクと申します。」



帝国の宝である皇女殿下にまさか名前を覚えられていたなんて、これ以上の喜びはないだろうと幸せを噛み締めるブライアン。



「皆さまは毎日帝国を守るために頑張っている大切な国民です。この国の皇女としても、皆さまには感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。」


「皇女殿下……っ!勿体なきお言葉です…!」



ぶわっと涙が溢れそうになる。そんなブライアンを横目に、副団長のウィリアムも心無しか口角が微かに上がっていた。


皇女がここまで下の者に愛を持っているなど、他の国でも果たしてあるのだろうか。この光景を目にした人全員が、バルシア帝国に対する愛国心が、一層高まった瞬間でもあった。



「そういえば、団長さんには伝えましたが、本日の午後騎士団の鍛錬を見学することになりました。」


「見学、ですか?」



ウィリアムが少し驚く素振りを見せる。なんたって、汗臭く暑苦しいあの空間に、皇女がやってくるのだ。



「も、もちん鍛錬の邪魔をする気はありません!」


「邪魔なんてとんでもありません!皇女殿下がいらっしゃれば、全員の士気も更にあがります!」



まるで大型犬のようにブライアンに耳としっぽが生えたように見える。ぶんぶんしっぽを振り回すほどの勢いに、ルティシアは思わず笑いがこぼれた。




「可愛い…」



「え」


「え!?」


「まあっ」




思わず呟かれたそれは、本人でさえ無意識であった。3人の視線はウィリアムへと集まる。


数秒経って、ようやく自分が何を口走ったのか自覚したウィリアムは無表情を貫きながらも次第に冷や汗をかいてきた。逆にルティシアは僅かに頬を染める。



「ふ、ふふふ副団長が可愛いって……!」


「あ、え、えっと…」



固まるウィリアムに、アンナはむしろうんうん、とむしろ共感の頷きをするだけだった。



「(ルティシア様の可愛さは全世界の生き物を虜にしてしまう、これはもう世の真理なのです。)」



少し沈黙の空気が流れる4人。

遠目で眺める侍女達はそのやり取りに、悲鳴を必死に抑えていた。

ハンカチを咥え我慢するものもいれば、蹲り我慢するものもいた。



「…………午後、お待ちしております。」


「へ、あ、は、はい!お仕事のお邪魔してすみません、ではまた後ほど。」



まだ赤い顔が落ち着かないルティシアはなんとか声に動揺が出ないようにそう伝え、その場を去った。

ルティシア達の姿が見えなくなるまで、ウィリアムとブライアンは礼をし見送った。



「……ふ、副団長。まさか」


「見回りに戻る。」


「え、ちょ待って副団長!?」



そんな2人の姿もようやく見えなくなる頃には、見守っていた侍女達は目をギラギラと光らせた。



「あのウィリアム様も、まさか皇女殿下の虜になっていたなんて…!」


「無表情で隠してもバレバレです、私たちには分かります」



過激な愛情表現はなくとも、その表情の裏から皇女殿下への憧れと尊敬、そして暖かい眼差しが伝わる。


うんうん、と頷き合い興奮しあいながら話が盛り上がったところ、1人の侍女が慌てて走ってきた。



「やばい、侍女長がくるよ!」



まるで瞬間移動のように、各々持ち場に戻っては何事もなかったように仕事に取り組む。


それにしても今日はより一層仕事が捗る気がする。なにせ、パラダイスの空間を目にしてしまったのだ。そして憧れの副団長の意外な一面も。

うふふ、ふへへ、とニヤニヤしながら掃除を続ける侍女達。




「…何かしら、あれ」




その日、見回りをしていた侍女長曰く、渡り廊下担当の侍女達が妙にやる気あって、ニヤニヤしながら掃除していた光景が少し気味悪かったとかなにか………。







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